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    nikomi_gohan331

    @nikomi_gohan331

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    nikomi_gohan331

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    6月の伏せ恋で出す予定の本の冒頭です!
    付き合ってない友達の伏虎にまつわる、SF(ちょっとふしぎ)な話です。

    ⚠女体化

    詮無い話


    俺は今、落ちている。それも随分と長い距離を、頭から真っ逆さまに。
    見渡す限り闇の中、バタバタとはためいて身体にまとわりつく制服が、風を切る両耳の冷たさが、「落ちている」という状況に対して必死に警鐘を鳴らす本能のすべてが、自由落下を如実に伝えてくる。このままだと、あと何秒か後には頭がひしゃげることだろう。何を悠長に構えているんだという話だ。──ここが現実世界であるならば。
    状況からして、間違いなく敵の術式にからめとられている。この落下の体感は幻だろう。そう断じられる理由は、現状呪力が全く練れないからだ。
    最初は大いに焦った。式神を呼び出そうにも、いつもなら自分の延長線上にある影がぷっつり途切れてしまっているようで、練った呪力がそのまま指先から逃げていく。放出ではなく体内の巡りに集中してみても、それがしれっとどこからか拭き取られていくような感覚がして、しかも漏れ出ていく穴の場所も分からないときた。
    そこで考え方を変えた。焦っても藻掻いてもどうしようもないなら、それ相応に居直るしかない。そういうやり口でこちらの消耗を誘う意図があるのなら乗るだけ無駄だ。交流会の時に腹に植え付けられた特級呪霊の種子も、対処しようとする宿主の呪力を食って成長するものだった。今回もその類のものならば、チャンスまで温存して一気に叩き込む方が得策だ。
    これが相手の領域の中なら針の筵もいいとこだが、生憎そんな大層なものだとも思えない。領域の真骨頂は術式の底上げと攻撃の必中だ。だから引きずり込んだ時点で勝ち確なのに、今のところ俺はなんの攻撃を受けていない。五条先生みたいなバケモノでもない限り、文字通り骨身を削る短時間勝負の一手だ。今の漫然とした状況ほど無意味なことないだろ。それにただでさえなんでもありになる領域の中で、中に入れた対象の術式を奪うなんて、明らかに縛りの足し引きが釣り合わない。だからこれは領域ではない、と思う。
    なら抜け道はあるはずだ。例えば落とすということに意味があるのなら、落ち切った瞬間に呪力の没収が消えるとか。ならこの穴の底に指が触れた瞬間、そのまま影を繋げてダイブすれば、少なくとも落下のインパクトは往なすことができる。捕らえた対象を落とし続けることが目的ならその狙いはなんだ? 発狂による自殺とかか。まどろっこしいが、相手の呪力切れを待つ消耗戦になるだろう。打って変わっていきなり直接的なダメージを与えてくる可能性もあるが、こっちは身を守る術を奪われているんだし、それなら最初からシンプルな火力勝負でくるだろう。これもやっぱり現状と噛み合わない。
    そんな理由で、もうしばらく、俺はこの嫌に生々しい空気の抵抗や浮遊感に身を任せている。


    この落下の感覚自体、もしかしたら俺の身にリアルに起きていることなのかもと疑ってはみた。……リアルに、というのは語弊があるかもしれない。俗に言う「走馬灯がよぎる」ってヤツを、今まさに体感しているんじゃないかと考えた。人生ののダイジェストとは程遠いが、この暗闇と落下の感覚は、なんらかの理由で死を悟った頭が生み出した幻と捉えることもできるからだ。
    それなりに身体を酷使している身ではあるものの、そうだと言えるような体験をしたことはこれまで無かった。全身に強い衝撃が走って、おびただしい量の血が鼻と口、追加でばかすか開けられた腹や太腿の穴から大洪水を起こす。失血で引き波になった思考はそのまま返ってこない。意識の片隅で「これは死ぬな」と思ったあと、ブレーカーが落ちたようにブツンと五感の全てが消える。直近で二回ほど死にかけた心当たりがあるが、経験に基づく今際の際の感覚はこんなもんだ。
    もし今も死にかけてるんだとしたら、今回に限って違うだなんてことがあるんだろうか。痛みを感じず穏やかに事切れたかったなら、八十八橋や渋谷でだって適応されてろよ。第一にそんな致命傷を負うような状況でもなかった気がして、ますます違和感が募った。可能性の提示と反証、自問自答を繰り返している。
    ──そもそもの話だ。俺は、なんでこんなことになってるんだ? 呪霊、もしくは呪詛師といつ接敵した? こうなる前、俺は何をしていたんだ?
    途端に冷汗が吹き出してきた。特定の思考にマスキングがされている。この場所における一秒先の対処には頭が回るのに、こうなるに至った経緯だけが霞がかかったように思い出せない。重要な何かを忘れている気がする。いや、確実に思い出さなきゃならねぇことがあるはずだ。
    頭が痛い。寝不足と眼精疲労と脳震盪が同時に起きて、なおかつ米神を万力でギリギリと圧縮されているようだ。目の前に広がる闇の外に意識を向けるほど、どんどん痛みが増していった。頭蓋骨の中で脳みそが沸騰しているんじゃないか。痛い。吐きたい。耳までイカれてきたようで、ピーだのゴーだの多種多様な耳鳴りがしている。三半規管を壊れてきているんだろうか、耐えきれずに吐いた。顔面が吐瀉物まみれになったし、ついでに鼻血も出ている気がするが、もうそれどころじゃない。
    痛みのあまり視界が明滅した。真っ暗闇で何も見えるはずがないのに、ちぐはぐな一瞬の景色が次々に目に映る。
    五条先生が恩着せがましいツラでおごってくれたアイスのパッケージが、レアなバージョンだったこと。任務帰り、最寄り駅で見た空は嫌味なほど快晴なのに、人身事故で電車が遅延しているという構内アナウンスがあったこと。もうモンエナが効かないと笑っていた、運転席の伊地知さんのクマ。共有スペースの台所で、自慢げに餃子を焼く二人と一匹の先輩達の背中。散々悩んで騒ぎながら、高いスニーカーを買う釘崎が持っていた財布の色。
    記憶が一枚のパズルの絵だとしたら、ピースの断片達が豪速球で脳を通り抜けていくようだ。馴染みの顔、見知った風景。逆になんでこんな些末なことが? と思うようなシチュエーション。誰がいつなにをした、という順序立てたエピソードではなく、一瞬一瞬の場面が泡のように浮かんでは弾けていく。
    駆け巡る走馬灯もどきの中に足りないものがある。アイスを食う時に棒をかじるクセがあって、アナウンスのモノマネが似てないようで似ていて、他者への気遣いでできたような人間性をしていて、目を離したらすぐ隣からいなくなる大馬鹿野郎の姿だけが見当たらない。
    あぁ、割れるように頭が痛い。目を凝らして薄桃色の髪を探すのも億劫になるほどだ。だからどこにいるか返事をしろ。朦朧とする意識の中、己の中に焼き付いて離れない人間の名前を口にした。
    「虎杖……」
     瞬間、目の前が白く爆ぜて俺は意識を失った。




     1


    「起きて」
    肩口に添えられる温度に、ゆさゆさと身体を揺すられる。柔らかいそれは一層眠気を誘って仕方ない。肩骨の尖りを四本の指に包み込まれる。鎖骨に当たる一際柔らかいものは母指球だろうか。嫌だ、まだ寝ていたい。この手に穏やかに構ってもらえるのならば。
    「ねぇねぇ、さっき起きたばっかじゃんか。それか寝直すならベッド行きなって」
     今寝転んでいるのはソファだろうか。背中を支える質感は布っぽくて、ふかふかで寝心地ががいい。閉じた瞼の薄い皮膚が暖かな陽に照らされている。吹き込む風がぬくい身体をさらりと撫でて、余計な熱をさらっていった。普段昼寝はあまりしないが、これはあまりに理想的な環境だ。おーい、なんて吐息交じりの笑みが俺に再度覚醒を促すが、まどろみの浅瀬から離れるのが惜しい。軽く唸りながら顔を背けた。
    「……起きねぇな。まぁでも最近忙しそうだったしなぁ」
    とすん、と軽やかに背面の布地がたわんで、それと同時に瞼越しの光がかすかに弱まった気がした。俺が眩しくないように、日光を遮る位置に座ってくれたようだ。さっきからしきりに「起きろ」と言ってるくせに。それがあまりにらしくて笑いそうになった。
    「あ、寝ぐせ。……ふはっ、ビクッてした。くすぐったかった?」
     額に指先で触れられる感覚に思わず身体を硬くすれば、犯人はくふくふとおかしそうに笑った。潜められた声が鼓膜を揺らす。鈴を転がすようないつものトーンは今は落ち着いていて、甘やかで気遣わしげだ。相変わらず独り言が多いヤツだと思う。
    高専の寮は壁が薄いから部屋で一人で喋ってるのが丸分かりだ。内容は聞き取れないまでも「なんか騒いでるな」と、毎度毎度様子を見に行きたくなる。行ったら行ったで、やれ晩飯の味付けが致死量のしょっぱさになっただとか、やれ給湯器がぶっ壊れて水しか出ねぇだとかで、消費を手伝ったり風呂を貸したりと面倒に巻き込まれるんだが。
    「……さっきから思ってたけどさぁ、恵起きてるっしょ? 寝てる時って唾ほとんど出ないから飲み込む必要がないらしいんだけど、恵さっきから何回も喉仏動いてんだよね。よって嘘寝! ほら、起きて!」
     その言葉を聞いた瞬間、眠っていた本能が毛を逆立てた。これは見過ごしてはいけない違和感だ。跳ねているのであろう俺の髪の毛をさらりと撫でつける手に、からかうような言葉に、強烈な違和感を抱く。
    ここはどこだ? さっきまで俺は落ちていたはずで、だとするとここはまだ敵の術中の可能性が高い。これは落下の最中に味わったマスキングだ。何かを想起する時に本来連続して開けられなければならない脳内の引き出しに、意図的に鍵がかけられていた。だが整合性の歯抜けに気づいてしまった今は違う。閉ざされていた回路が繋がっていく。
    アイツの声はこんなに高くない。男の中では高い部類かもしれないが、さっきから話しかけてくるこれは間違いなく女の声だ。アイツは誰より信頼できる仲間だが、こんな恋人みてぇなバグった距離感で接してくるヤツじゃない。なにより、アイツは俺を「恵」なんて下の名前では呼ばない。
    この隣に腰掛けている人間は、虎杖悠仁じゃない。
    「うわ! ビックリした‼」
     ぽんぽんと軽く胸板を叩かれた瞬間、その手首を掴んで目を見開いた。視界に飛び込んでくるのは見知らぬ天井で、否が応でも不利な戦況になることは明らかだ。右手で包んだ手首は想定よりずっと細くて、改めてコイツは虎杖じゃないことを確信する。幻覚なのか呪詛師本人なのかは分からないが、とにかく叩くしかない。
    「い……ッ、痛いって、放して恵……!」
    「クソ、邪魔くせぇ!」
    そのまま引き寄せて蹴り飛ばそうとしたが叶わなかった。呪力の没収は継続中らしく、肉体強化を前提とした体術が使えない。加えて相手が抵抗らしい抵抗をしなかったせいで、結果として上体に女を倒れ込ませただけで終わってしまった。
    視界にピンクの髪色が映る。けどそれは見慣れた短髪ではなく、柔らかくウェーブした女の長髪だった。柔らかい手触りの身体も、痛い、離して、と連呼する高い声もいい加減うんざりだ。ふざけやがって。猿真似だとしても、虎杖を騙られたことに腸が煮えくり返っている。
    お望み通り手を放して突き飛ばしてやれば、女は簡単に床に転げ落ちた。例え男女の性差があろうと、呪力込みなら女でも素の膂力で男に勝てる。なのにあっけなくすっ飛んでいったってことは、恐らくコイツも呪力が使えていない。単に術式にステータス全振りされてるタイプか、もしくは縛りで術式行使中はそれ以外がままならなくなるタイプか。どっちにしろ好都合だ。お互い呪力が使えないなら、肉弾戦に分があるのは俺の方だ。
    「いったぁ……。どうしたの恵、怖い夢見てた? 大丈夫?」
    「うるせぇ喋んな、反吐が出る」
    「は……? なんでそんな喧嘩腰なの? あたし何かした?」
     ソファから立ち上がって、畳に敷かれた毛足の短い白い円形ラグに座る女を見下ろす。怪訝そうな表情でこちらを見上げる顔は、嫌になるほど虎杖にそっくりだ。髪の毛と同じ色の上がり眉、ネコ科の動物に似た大きなつり目、小ぶりな鼻、よく広がる口。違うのは輪郭が華奢になっていることと、顔に傷一つないこと、十五歳より若干年を取っていることだ。二十歳前後くらいだろうか、詰めの甘いことだ。
    いつだったか、釘崎が「虎杖って目鼻立ちだけ見れば割と可愛いのよね、輪郭が死ぬほど男だけど」と言っていたのを思い出して、なおのこと嫌な気分になった。クソ、なにが「あたし」だ。三文芝居にも満たない、お粗末過ぎるなりすましに奥歯を噛んだ。こんな術式、速攻で看破してやる。
    「オマエ、羂索についてる呪詛師か。それとも混乱に乗じて好き勝手やってるバカか」
    「え……っと、ごめん、何の話?」
    「いい加減ツラ見せろ、もう虎杖を騙る必要はねぇだろ」
    「……虎杖はあたしだけど。てか、なんで名字呼び? いっつも名前で呼んでんじゃん」
    見慣れたようで見慣れないツラを前に術式のタネを探る。自分のフィールドに引き込んだくせに、なぜツラを割らないのか。速攻で術式の開示をすりゃあいいものを、現状ズルズルと引き延ばしているところを見るに、できない理由があるらしい。時間経過で効力を発揮するのか、はたまたロールプレイを満たすことで完成するのか。どちらにせよ喋らせて長引かせるだけ不利だ。
    一番手っ取り早いのは、間違いなくコイツを殺すこと。呪力なしの徒手空拳なら選択肢は一つ、首を絞めるのがベストだろう。──初めてこの手で実感を伴って殺すのが、曲がりなりにも虎杖の顔をした人間だなんて。悪趣味にも程がある。いや、それも込みで狙ってんのか? なんにせよ、俺はコイツを到底許せそうにない。
    そこまで思い至ったところでふと気づいた。俺の記憶の欠落は、少なくとも渋谷以降からだ。109の前で魔虚羅を呼び出して死にかけたこと。──それがきっかけで、大勢の民間人が死んだこと。羂索が死滅回游を企んでいること。──それに津美紀が巻き込まれていること。虎杖を高専に連れ帰ったこと。──やっと俺の隣に帰って来たこと。死んだ街を照らす月や星の光を、意志を取り戻したアイツの目の輝きを、俺は鮮明に憶えている。
     ──だからこそ、戸惑いが生じてしまった。俺を見上げる色素の薄い虹彩は、俺の知っている虎杖のものと同じに見える。そういう術式なんじゃねぇのか、っていうのは百も承知だ。五条先生の六眼のように正確に呪力を識別できるわけじゃない。まして今は呪力そのものを没収されているせいで、女のそれも上手く見えやしない。──けど。
     目の前の女は、立ち向かう力なんて無いはずなのに、逃げもせず怯えもせず、けれど自分ができうる万全を果たそうと腹に決めている目をしている。窓ガラスをブチ破って突っ込んできた時も、荒廃した夜の渋谷で俺の言葉に応えてくれた時も、虎杖はこの目をしていた。自分が惚れ込んだ目だ。コイツは「正しい」ことをするだろうと、いつだってそう信じさせてくれる。
    この目に見据えられると、頭の奥底が激しく警鐘を鳴らす。この女に殺意を抱いて実行しようとすることを、深層意識が必死に食い止めている。成りすましでも幻覚でもなく、これはオマエが守りたいと思っている虎杖悠仁なんだと、本能が叫んでいる気がした。ありえないことだ。さっきの頭痛がぶり返してくるようで、脚がたたらを踏みそうになる。
    「──ねぇ、もしかしてさ。同じ『伏黒恵』でも、この世界の恵じゃない恵、とか?」
    「……はぁ?」
    「いったん状況を整理しようよ」
    お互い睨み合った膠着状態を不意に破ったのは、女の言葉だった。
    おもむろに動いたかと思えば、突き飛ばされて床に頽れたままだった体勢を変えて、あぐらをかいて腕を組む。やけに神妙な顔と、着ている白のTシャツに黒のスキニーパンツのラフさ、突拍子もない発言、全てがミスマッチだ。この危機感があるような無いような空気に、余計に虎杖を見出してしまう。
    「まず、信じてないっぽいけどあたしの名前は虎杖悠仁で、そんでオマエは伏黒恵。そっちはあたしのことを『虎杖悠仁に成りすましてる誰か』だと思ってキレてるし、あたしも今さっきまで普通に会話してたヤツが知らない人みたく豹変してビビってる。ここまではOK? そんでそのバチバチな態度の感じ、嘘とか演技とかじゃなく本当にあたしのこと知らないんじゃないかと思ったわけ。あー、違うな、多分あたしじゃない『虎杖悠仁』を知ってるんだよね? だから偽物なんだって警戒してるんでしょ。あと、さっきからちょくちょく知らない言葉使うじゃん。だから定義とかよく分かんないけど、パラレルワールド? とかマルチバース? ってヤツから来た『伏黒恵』なのかなって。分かんないけど。いかがでしたか?」
    「……クソみたいなまとめブログの真似やめろ」
    「ふは、その間の感じやっぱ恵だなぁ」
     真剣な顔で一息に喋り上げたかと思えば、俺が絞り出した返事であっという間に破顔した。順応が恐ろしく早いところも虎杖っぽい。組んでいた腕を後ろ手について、そっちはどう考えているんだ、と小首を傾げて見上げてくる。
     ──コイツの言うことは、一理あるにはある。俺は端から何者かから術式で攻撃を受けているもの、それによって幻覚を見せられているものとして考えていた。だがそうだったとして、何一つ手掛かりがないことに加えて、向こうの狙いが全く読めない。これ以上ないほど有利な状況なのにも関わらず、何のアクションも起こさないことも腑に落ちない。落ちる寸前の記憶が戻っていない以上、現状が敵意によって構成されたものだとすることも早計なのではないか。可能性とすれば、回游ひいては羂索に対抗するための用意や特訓だとか。なら絶対に虎杖は俺の近くにいたはずだ。
     さっきコイツが言ったパラレルワールドの考えは、呪術的に見ればかなり歴史の浅い概念だ。だが「あったかもしれない選択肢を多重的に存続させる」という特性に注視すれば、そういう術式があっても不思議じゃない。何が言いたいかって、細かいことは抜きにして、その場合目の前の女は虎杖悠仁であると言える。もしそれが「『女だった場合の虎杖悠仁』を上書きされた虎杖」だったら? それを殺すってことは?
    ダメだ、どうしてもコイツを殺さないで済むような考え方にシフトしちまう。そんな甘っちょろい考えで生き残れるわけがねぇ、常に最悪を考えて行動すべきだ。こう考える頭の傍らで、目の前のコイツは虎杖なのではないかと強く断じる自分を信じてみたい、とも思ってしまっている。天秤がどちらに傾いているのかなんて、自分でも呆れるほど明白に後者だ。──さっきから頭痛が酷い。
    「オマエの言う通り、俺はオマエじゃない『虎杖悠仁』を知っているし、隣にいたはずなのに引き離されている」
    「そうなんだ、じゃあ心配でトゲトゲすんのもしゃーないね。……ねぇ、もしかして具合悪い? 顔色ヤバいよ」
    「オマエを信頼したわけじゃねぇ、けど、害するつもりも今のところない……。っ、とりあえず──、」
    「うわっ! ちょ、恵⁉ 大丈夫、恵──!」
     視界がぐらりと揺れて、頭をしたたかに打つ。倒れ込んだラグのゴワゴワした繊維を頬に感じながら、俺は今日二度目の失神をした。





     結論から言おう。この世界について何も分からないし、何の手出しもされなければ俺からできもしない。ついでに言うと呪力も回復しない。
     もうかれこれ五日はここにいる。
    ここにいる間、調査とトライアンドエラーを行ってはみた。幻覚の類なら、構築できる範囲には限りがあるはずだからだ。だからその際があるのか一日中ひたすら移動してみたり、別々の場所で虎杖とビデオ通話をして景色を写してみたりした。が、認識や目に映る世界にエラーやバグが起きるわけではなかった。
    なんとか呪力だけでも復活しないものかと、ガキの頃を思い出して腹の中で呪力を練る練習をしてみたり、玉犬達との繋がりを辿ってみようとしたが、こっちも変わらず不発だった。
     いつどんなアクションがあるか分からない以上、油断したところを背後からザクリ、なんてことにならないように、いつでも誰にでも警戒は怠らなかった。だが、不気味なことにそのアクション自体が皆無ときた。
    そこから分かったこともいくつかある。
    一つ目に、俺がいるこの場所は宮城県仙台市であること。日本の地方都市であろうということはなんとなく思っていたが、虎杖から基本的なことを教えてもらう最中にそう言われ、色々移動する中での駅名やなんかで確認した。
    二つ目に、俺はこの世界の「伏黒恵」の身体に、精神だけが入り込んでいるような状況であること。失神した後、起きてすぐ鏡でまじまじと見た「俺」の顔は、この世界の虎杖と同じく若干大人びていて、身長もいくらか伸びていた。この時点で精神や魂に干渉されていることが確定したので、自分の身体が今どうなっているのか内心気が気じゃない。
    三つ目に、虎杖やこの世界の「俺」は非術師であるということ。俺が口走った言葉に対して「知らない言葉」と宣った通り、虎杖は呪いに関する知識が皆無だった。虎杖に聞いてみたり携帯や持ち物を調べてみても、呪いに関わっていたような証跡は出てこなかったから、これは「俺」も同様だと言えるだろう。しかも話を聞く限り、虎杖だけじゃなく、釘崎や五条先生、他にも見知った顔が、ごくごく普通の一般人として暮らしているらしい。そもそも世界のルールが違っているものとして、呪力や呪霊の概念が存在しない線も考えうる。
    ここがどんな場所なのか、どうしたら戻れるのか、何が脱出の鍵になっているのか。目下のところ、それを探りながら虎杖と暮らす日々を送っている。
    「『伏黒』~~! 朝ごはんできたから持ってって~~!」
    「今行く」
     カーテンが引かれた薄暗い部屋の中、寝巻のスウェットを脱いでいると、台所の方から声がかかった。それに返事をして手早く着替える。肌寒い廊下を過ぎて居間の襖を開けると、朝の陽ざしと炊き立ての米のいい匂いが満ちていた。
    そのまま畳張りの居間を斜めに横切って、少し動きの渋い擦りガラスの引き戸を開けた。すると、シンクに向かって洗い物をてきぱきと片づける虎杖の背中がある。自分の記憶の中よりも小柄なそれにギャップを感じるが、ここ数日で見慣れたこの朝の風景は、どうあっても嫌いになれそうにない。
    「はよ」
    「おはよー。ご飯どんくらい食べる? あ、あと目玉焼きに何かける派?」
    「普通で頼む。いつも醤油だけど、オマエに合わせる」
    「はいよ、あたしも醤油!」
     朝の挨拶を済ませて、さっき声をかけられた通り、朝飯をちゃぶ台まで運ぶ。今日はハムエッグ、作り置きの煮豆、キャベツと玉ねぎの味噌汁だ。虎杖が盛ってくれた白米と麦茶のピッチャーも併せて、お盆に載せて運ぶ。コップと箸を持ってきてくれた虎杖を待って、一緒に「いただきます」と手を合わせた。
    「味噌汁美味いな」
    「分かる、春キャベツと新玉ねぎの組み合わせ最強」
    「今日の予定は? バイトか?」
    「んーん、今日はシフトないよ」
     穏やかに会話のラリーを続けながら、できたての食事を口に運ぶ。汁椀の中に揺蕩う春の甘味に口をつけて、出来栄えの良さ満足げに笑う笑顔が柔らかだ。これまでもこの世界の「俺」と二人、こうして何百回と同じ食卓を囲んでいたんだろう。
    この世界の虎杖は、どこにでもいるごくごく普通の女性だ。
    歳は二十歳になったばっかりの大学二年生。今は春休み中らしい。身長は虎杖から十センチ引いたくらいで、女性的なボディラインをしつつも筋肉質な体形をしている。砲丸をピッチャー投げで三十メートル飛ばす、なんてことは流石に無理だが、運動神経は抜群らしい。それを活かして、普段の居酒屋バイトに加え、もう少し稼ぎたい月は運動系サークルの助っ人をしてるんだとか。
    その他、顔や性格、趣味嗜好は驚くほど虎杖と同じだった。闊達で愛嬌があって利他的で、それでいて譲れないことには誰より頑固。高校一年生で育ての親の祖父と死別してから、親戚の過保護な兄貴分に世話を焼かれながらも、祖父の遺した家で一人暮らしをしてきたらしい。
    もちろん違うこともある。それが「俺」の存在だ。
    この世界の伏黒恵は、虎杖の彼氏らしい。高校一年生で付き合い始めて、同じ大学に進学したのを機に虎杖の家で同棲を始め、そろそろ五年の記念日を迎えることになる。──にわかには信じがたいような、それでいて腑に落ちるような、なんとも言えない気分だ。虎杖に対して恋愛感情を抱いたことは全くないが、なんというか、近くにいて心地いい存在だという点ではアイツの右に出る人間はいない。虎杖の隣は息がしやすいんだ。だからなんとなく納得してしまった。携帯の家計簿アプリの中に「指輪」という貯金の項目があった時は、流石に死ぬほど動揺したが。
    「ねぇねぇ、せっかくだしさ、今日お花見行かね? 近所で桃がめっちゃ綺麗に咲いてるとこがあんのよ。あ、それとも今日も調べごとする? 『伏黒』に付き合うよ」
    最低限の情報として「俺と虎杖は同性の友達である」ということは話したし、戸惑っている俺の機微を察してくれたんだろう。下の名前で俺を呼んでいたのを、今は名字で呼んでくれている。他にも一緒だった寝室を分けたり、同じように接しろと言ってくれたり、意識的にパーソナルスペースを広くとったり、俺に対してできる限りの配慮をしてくれている。
    こういう虎杖の細やかな気遣い、同じ肉体ならばと「俺」の箸や歯ブラシを使う時の気まずさ、これに直面するたびに後ろめたさを覚える。世界五分前仮説よろしくこの世界が「そういう設定」の幻だったとしても、自分が虎杖を損なわせている状況は想像以上に精神にくる。
    「連日俺に付き合わせっきりで悪いだろ。今日はオマエの予定に合わせる」
     だから虎杖の提案に乗った。引き続き調査は必要だろうが、今日明日で理屈や対処が分かって解決できるような状況でもない。コイツが求めている「伏黒恵」じゃなくて申し訳ないが、せめてもの埋め合わせがしたかった。
    「ホント⁉ んじゃ、張り切ってお弁当作んね! おかずのリクエストある?」
    「今飯食ってるし、なんも思いつかねぇ」
    「確かに!」
     きゃらきゃらと笑う顔を前に、俺は煮豆をつまんだ。





     春の暖かい日差しと冬の冷えた風が混ざる、閑静な住宅街。車の来ない交差点の赤信号を、虎杖と並んで待つ。結局、午後から天気が崩れるかもしれないとのことで、昼時を待つことなく花見に出かけている。
    何の気なしに喋っているつもりだろうが、さっきから白線の上だけ踏んで歩いているのがバレバレだ。虎杖が少し大股で歩くと、パーカーのフードと胸の前に提げたボディバッグがその分大きく揺れた。小学生かよ、と笑ってやりたくなる。
     実際、今から白い線以外歩いたらアウトのゲームしようぜ、と言われたことはある。あれは写ルンです片手に、釘崎と三人で渋谷を練り歩いた時だったか。歩き疲れて空気がダレ始めたタイミングでの提案だった。やらねーよガキかオマエ、とツッコミを入れたくなった。がそれより前に、アンタの脚力ズルじゃんハンデつけなさいよ、と謎に釘崎が乗り気になったせいで、結局やる羽目になったんだ。
    「さっき、側溝のところで足踏み外してた。アウトじゃねぇのか」
    「あそこ白線少ないから、三回までなら落ちてもセーフなんだよ」
    「なんだそれ」
     信号が青に変わった。等間隔の白色の上を、とっ、とっ、と軽やかに赤のスニーカーが跳ねる。スキニージーンズに包まれた脚は、生まれたての小鹿みたいにしなやかだ。自慢げに謎ルールを語る笑顔は春めいた化粧で彩られていて、涙袋に塗られた偏光のラメがきらきらと踊る。
    「伏黒、ふしぐろー?」
    「あ──。悪ぃ、ぼーっとしてた」
    「分かる、こんだけポカポカしてると眠くなるよね。午後から天気悪くなるとか、本当なんかな。あ、あそこの家布団干しちゃってる。濡れる前に取り込めるといいなぁ」
     他愛のないことを話しながら、半歩先を歩く虎杖についていく。遠くから聞こえる子どもの楽しげな声、はためく洗濯物、道端の花壇に咲く花。抜けるような青空の下を歩きながら、虎杖がそれらについて話すのに相槌を打つ。
     この世界は、一体何を意図しているんだろうか。この五日間で何度も考えていることを、再度頭の中で反芻する。
    これが幻覚だとしたら、これだけ大規模なものを展開している時点で相当なことだ。まして別分岐した世界に飛ばすなんて、膨大な呪力が必要になるはず。術師にしろ呪霊にしろ、それこそ特級クラスの話になってくるんじゃないか。五条先生並みであればできそうな気がしてくるが、そんなのが野良でフラフラ放置されてたなんて、いくら上層部が雁首揃えた無能だとしても考えたくない。それに何度も言うが、俺の呪力没収までやってのけてるなんて、一体どこで帳尻を合わせているんだ。
    「──クソ、頭痛ぇ」
    「それ、ちょくちょく言うよね。低気圧とか低血糖とかかな、大丈夫? 帰ろっか?」
    「いや、問題ない」
    「そう……? しんどかったらちゃんと無理せず言ってね? あ、そうだ、飴あげるから舐めな。ちょっと楽になるかも」
     心配そうな顔でボディバッグを探った虎杖が、コンビニでよく見るミルク味の飴を握らせてきた。飴はすぐ噛んでしまってコスパが悪いのと、喉が渇く感じがするのが嫌で普段は食わない。けどせっかくの気遣いを無下にするのもなんだし、気休めになればと思って、金色の包みを破って口に放り込んだ。からからころころと歯に当たる物体は、ミルク味というのも相まって死ぬほど甘い。
     この頭痛についても考えものだ。初日のように気絶するレベルのものは無いが、こうなった経緯や理屈に考えを巡らせるとズキズキと痛み出す。これも術式による記憶のジャミングなのかもしれない。目障りなことこの上ないが、逆に捉えればそこに答えはあるということだ。一刻も早く思い出さなくては、と逸ったせいか、せっかくもらった飴をかみ砕いてしまった。
    「伏黒、ついたよ!」
    「おぉ、すげぇな」
    「ね、すごいっしょ⁉ うわーー、めっちゃ綺麗!」
     住宅街を抜け、ゆるい坂道を上り、遊歩道をしばらく歩くと、そこは現れた。
    小高い丘を覆うように、一面に桃の花が咲いている。枝が天を向いているもの、しだれているもの。赤色、白色、ピンク色。パッと目に入るだけでも、様々な咲き方をしているのが分かる。タイトルがなんだったか忘れたが、昔読んだ本に『庭園の桃花は繚乱たり』という一文があったのを思い出した。それがピッタリ当てはまるような、心の底から綺麗だと言える景色が広がっている。
     歓声を上げながら、小走りで花に駆け寄っていく虎杖の背中を追う。やがて並んだ頭二個分下にある顔は、きらきらとした喜色で綻んでいた。大きな目を近くでよく覗き込んでみたら、鏡のように花が映り込むんじゃないか、なんて思ってしまう。
    「オマエの髪色、見失いそうなくらいそっくりだな」
    景色に浮かされていたのか、気がついたらそんな小っ恥ずかしいことを口走っていた。いや、なんだそれ、口説いてんのか。柄じゃないにも程がある言葉に、自分で引いている。身体やシチュエーションに引きずられてるとか。曲がりなりにも「伏黒恵」は虎杖の彼氏らしいし。色々言い訳を考えてみたが、時間差でじわじわと羞恥心が込み上げてくる。クソ恥ずい。
    「マジ? 見失わないでよー? 迷子になったら困っちゃうから、あたしが」
    「……その文脈、どっちが迷子になってどっちが困るんだ」
    「あたしが迷子になるんだよ」
    「オマエかよ」
    「あはは!」
     だが、こっちが内心で悶えてることなんて置き去りにする笑顔で、軽やかに自然に受け流された。伏黒は迷わなさそうじゃんか、なんてケラケラと爆笑している。──ふわふわと柔らかくなびく、桃の花々と似た色合いの髪の毛のことを、同じくらい綺麗だと思ったのは決して嘘じゃないんだが。
    「あ、ねぇねぇ、これなんていうか知ってる?」
     ひとしきり笑われた後、虎杖が一本の木を指差して聞く。これ、と言われた先にあったのは、赤い花と白い花、どちらも枝に成らせた枝だった。
    「源平咲き、っていうんだったか。何でそうなるのかは知らねぇけど」
    「ふっふっふ……、では教えて進ぜよう。ずばり遺伝子の突然変異! です! 色素が上手く遺伝できなかった花が白くなっちゃうらしいよ。人間が手加えてやって、接ぎ木でも作れるらしいけど」
    「へー」
    「ウソ、反応薄くない?」
     散策しながら、軽口を叩き合う。この会話のテンポやノリは虎杖そのもので、でも地面を踏み締める歩幅が明確に違くて。ちぐはぐなノスタルジーに浸りながら歩を進める。どうやらこの先に、辺りを一望できる展望スペースがあるらしい。
    「じゃあ、豆知識第二段ね。桃ってさ、厄除けとか不老長寿のシンボルらしいよ」
    「不老長寿は実の方じゃねぇのか」
    「マジ……? くそ、ドヤ顔で披露したのに逆に恥かいたわ」
     そうこうしているうちに、目当ての場所についた。
    開けた視界の眼下には、俺たちが歩いてきたであろう住宅街が広がっている。転落防止の柵が設置されてるが、大人の男なら易々と跨げるような気休め程度の高さだ。スペースの端の方には、錆び始めている双眼鏡が置いてある。一回百円。なんというか、風情がある。弁当を持ってきてここで食べたら、なかなか良かったんじゃないか。少し汗ばんだ身体に吹き抜けてくる風を受けながら、辺りを見渡した。
    「全然似てねぇよ」
     ──ふと、虎杖が呟いた。
    「は……?」
     次の瞬間、目を覆うほどの突風が吹く。桃の花びらを盛大に巻き込んだそれは、一瞬で視界の全てをピンク色に染め上げてしまった。咄嗟に腕で目をかばうが、それで精一杯で一歩も動けない。もう片方の腕で虎杖が立っていた辺りを探ったが、手は空を切るばかりで見つけられなかった。
    暴力的なピンクと、耳鳴りにも似た風の音の中、とことんまで温度をなくした二の句が響く。
    「『俺』なんて、さっさと死ななきゃなんねぇ特大の厄ネタだろ。こんな綺麗じゃないよ」
     ──これは異常だ。まんまとやられた。まさか今、そういう方向性で仕掛けてこられるなんて! どこかにターニングポイントがあったはずだ。いや違う。何かは分からねぇが、始まってしまった以上もう遅い。
     今響いているこれは、俺の知っている「虎杖悠仁」の声だ。
    高さは女性のままだし、信じられない程に自虐的な色を乗せていたが。それでも間違いなく虎杖の言葉だ。淡々と、それでいて苛烈に、罪悪感を滲ませる悲痛な声。それは聞き慣れているはずだ。──二人で高専から出発してから、ずっとそんな調子で喋っていたんだから。
    「クソ……っ、虎杖! どこだ!」
    嫌な予感がする。全身の細胞が総出で「ヤバい」と叫んでいるような、これから起こる何かに対する強烈な忌避感。心臓が側頭部にあるような、強烈な脈動と痛みを感じる。チカチカと星が散る目で闇雲に進みながら、必死に虎杖の姿を探した。
    「……ッ、虎杖!」
     ──いた!
    動かしまくっていた左手が、華奢な造りの手首を掴んだ。痛いと思われようが今は構っていられない。すっぽりと包み込めてしまうそれを引っ張って、どうにか自分の手の届く範囲に連れ戻そうと力を込めた、刹那。
    ぐらり、と視界が歪む。足がもつれて虎杖の方に倒れ込む。膝の上辺りに鈍い痛みが走った。これは、さっき「大したことない」と思った柵じゃないのか。なら、この先にあるのは。反射で右腕も前へ出すが、支えになるものを掴むことはできなかった。
    全身を嫌な浮遊感が包む。脳みそが圧縮されて、吐き気を伴うレベルの頭痛がする。これは落下の前触れだ。五日前に体感した、あれの前触れ。
    「伏黒はこっち来ちゃダメだよ」
     花吹雪の向こうで困ったように笑う声を最後に、薄桃色の視界がブツリと途切れた。
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