緩やかで少し長い坂道を登る。頂上にある桜の木からは花びらが風になびいて舞い踊り、この時期にしては暖かな気温が鼻孔をくすぐった。
この春に引っ越してきたばかりの僕はまだこの土地について詳しくはない。せいぜいアパートと大学とスーパーの往復だけでとりわけ遊びに行くこともない。友だちと呼べる人も未だにおらず、授業で隣になった人と話すことが稀にあるくらいだ。必然と自室に引きこもる時間が増える。しかし、壁の薄いアパートは住人の生活を簡単に伝えてくるのだ。静かに落ち着ける時間はほとんどない。
僕と同じ時期に引っ越してきて物音すらほとんど聞こえず不在のことが多い隣人のおかげでかなり快適に過ごせている。だが、かれこれ顔を合わせる機会はあるもののくらいで関わりはない。
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