しゃべらねぇで、場地さん…!②「す、すんません……。あの、俺……場地さんに命令されると、身体が勝手にその通りにしちまうみたいで……」
「は……? どういう事だ……?」
「信じらんないっすよね。俺もそうです。でも、さっきから場地さんの言葉通りに、身体が勝手に動いちゃうんです」
そう話す千冬の表情は、とても冗談を言っているようには見えない。
場地はガシガシと頭をかくと、一呼吸置いてから、口を開いた。
「……そこから立って、俺のとこまで来い」
特別難しい事ではない、端的な命令。
けれどその言葉は千冬の身体を支配して、いとも簡単に布団から起き上がらせた。
そしてベッド代わりの押入れから足を下ろし畳の上に立つと、今度は一歩ずつ場地との距離を詰めていく。それが何故だか恥ずかしくて、千冬は顔をうつ向けた。
じわじわと縮まっていく距離を感じながら、畳が映る視界の端に場地の足が映ったところで、身体の支配がふっと解ける。
完全に自由になった身体に突き刺さる場地の視線。それがどうにも居た堪れずチラリと顔を上げれば、場地と視線が絡み合う。
「……来ました……、けど……」
「みてぇだな」
場地の瞳が、興味深そうに千冬に絡みつく。
「……これくらいじゃ、信じられないっすよね……」
その瞳に信じてもらえるとは思えず、千冬はたまらず目を反らした。
けれど場地はその言葉をすぐさま否定する。
「いや、信じる」
「え、でもこんなの、全然嘘つけるじゃないっすか」
「お前は俺に嘘つかねぇだろ」
「そ、そうっすけど……」
「なら問題ねぇだろ」
「……っ」
場地からの信頼が嬉しくて、つい頬が緩んでしまう。
そんな千冬を見て、場地もニッと笑顔を作った。
「つか、千冬が不安になってる原因が分かって良かったわ」
「……っす」
安心したと笑う場地の姿に、嬉しさと恥ずかしさの両方が千冬を包み込む。
今は何も命令されていないはずのに、頬が勝手に火照るのを感じた。
「つっても、この後どうすっか。紙に文字書いて話せばいいのか?」
「……とりあえず、場地さんの言葉が原因なので、声が聞こえる範囲に居なきゃいいんじゃないですかね……」
「でもお前、一緒にいれる時間は減らしたくねぇんだろ?」
「っ!!」
先ほど言わせられた言葉は、場地の頭に残ってしまったらしい。
忘れていて欲しかったと思わず両手で目を覆う千冬。
とは言え、その気持ちは嘘ではない。
「……そうっすけど……、でも、仕方ないっていうか……」
「なら俺も一緒にいてぇし、別の方法考えねぇ?」
「え……、は、はい!」
また面倒だと言われるかと思っていた千冬は、すぐさま大声で返事をした。
「声がデケェっての」
「す、すんません。嬉しくて、つい……」
「そんなんで嬉しがるなよ。ダチなら当然だろ」
友達が困っていたら助けるし、一緒に悩む。それを当然と言う場地に、千冬はますます尊敬の気持ちを膨らませた。
「えっと、じゃぁ、もう少し命令を聞いちまう条件を調べたいっす。もう一回命令してもらっていいですか?」
「あ? まぁいいけどよ……」
口が悪いだけで命令をしているつもりが無かった場地は、なんとも微妙な気持ちになる。改めてそう言われると、少しは口調を気にした方がといいのだろうかと、なれない悩みを抱えた。
「後、やっぱり本当に場地さんの言葉が原因かハッキリさせたいんで、俺があんまりやりそうにない事を命令して下さい」
「千冬があんまやりそうにねぇ事か……」
「あ、俺が恥ずかしくない範囲でお願いしますね」
「注文が多いんだよ」
顎に手を当てて唸りながら、場地は何を言えばいいか頭を捻る。
とは言え、マイキーと違って手もかからないし、いつも素直に返事をして、先に気を使ってくるような千冬だ。なかなかに難しい。むしろ場地としては、もう少し対等に好き勝手言って欲しいくらいだ。
「あ」
「何か思いつきましたか?」
「あぁ、思いついたぜ」
場地はそう言って、ニヤリと笑った。まるで悪戯を企むような顔に、千冬が顔を強張らせる。
そしてその予想は的中した。
「千冬ぅ、俺に我儘言ってみろよ」
「?!」
予想していなかった言葉に、千冬は思わず息を飲み、目を見開く。
「なんすかそれっ……! 嫌っすよ!」
「なんでだよ。俺らダチじゃねぇの?」
「我儘言うのが、ダチってわけじゃないでしょう!」
我儘なんて口にして、万が一にも場地に嫌われたくはない。
千冬は下唇をグッと噛み締めて、キツく口を閉ざした。どの程度で命令の効果が切れるか分からないが、絶対に耐えきってみせると気合は十分だ。
けれど場地はそれが気に入らない。
眉間に皺を寄せ、思い切り口を曲げて千冬に詰め寄った。
「お前、俺の言うこと聞いてばっかだろ。遠慮されてるみたいで面白くねぇんだよ」
尊敬する相手への態度で面白さを考慮する必要がどこにあるのかと、千冬は頑なに口を閉ざす。
「お前そう言うところマジで頑固だよな。そもそもお前が言い出したんだから、さっさと言え」
至近距離で言われた言葉が、より深く千冬に突き刺さる。余計に強く身体が縛られるような感覚に支配され、千冬の意思に反して、固く閉じた唇が解けていく。
「んっ……」
それでもまだ諦めずに、千冬は口を閉ざそうと力を入れる。けれど身体は全く言うことを聞かなかった。
我儘なんて言って幻滅されたくない。
そう固い意志を持っていても、不思議な力の前には何の役にも立たなかった。
「……たまに……」
いよいよ抵抗する体力が朽ちてきた千冬の口から、ぽろぽろと言葉がこぼれ始める。
「……俺を誘わないで……、喧嘩しに行っちまうの……嫌です……」
「あ? 何で?」
理由が分からずそう聞けば、千冬は赤く色づいた頬を隠すように俯いた。
「……俺は……、いつでも、場地さんの隣で役に立ちたいので……」
今にも消え入りそうな声音で理由を話す千冬に、場地は思わず目を見張る。
そしてたじろぎながら、渋い顔で頭を掻いた。
「お前……、マジでめんどくせぇ……」
「っ!! 場地さんが言わせたんすよ! 俺は言いたくなかったのに! なのに、めんどくせぇって……」
やっぱりと思う千冬の眼に、じわじわと涙が溜まっていく。
その様子に場地は狼狽え、申し訳なさそうに眉を下げて顔を覗き込む。
「いや、悪かったって。だから泣くなよ、な?」
場地は千冬の手を掴み自身の方へ引き寄せると、その頭を優しくポンポンと撫でてやる。
「……」
「拗ねんなよ。お詫びに何でもひとついうこと聞いてやるから」
「別に……」
「遠慮してねぇで、ほら、言えって」
だから、命令されたら身体が勝手に動いてしまうと言っているのに。
無邪気に言ってくる場地は分かっているのかいないのか。
どちらとも分からない場地の言葉にまた身体を支配された今、千冬がグッと歯を食いしばろうと無駄だった。
「次に喧嘩するときは……ぜってぇ、俺のこと連れて行ってください……」
「ん、分かった。約束な」
場地ににこりと微笑まれ、千冬は顔を真っ赤に染め上げながら、悔しそうに唇を噛み締めた。