出会いの朝 まずい、乗り遅れたくない。必死に走って駅へ向かった。が、それがよくなかったらしい。
「……やべ」
定期が無い。鞄に引っ掛けておいた筈の定期は、今は何処にも見えない。これは、確実に落とした。仕方無く戻ろうと踵を返すと、すぐ後ろに人が居ることに気付いた。
「あっ、あの!」
これ!と差し出されたのは、定期。
「あっ」
やはり落としていたらしく、拾ってくれたのだろう彼も少し息が上がっている。わざわざ走ってくれたのだろうか?悪いことをしたな…。
「ごめん、ありがとう。助かった」
「いえ、どういたしまして」
何かお礼にならないか、と鞄を探ろうとしたけれど、そこで電車が見えて慌てて改札を通った。
「君もこの電車?」
「あ、はいそうです」
「そう、ならちょうどいいか。ちょっと話してもいい?」
戸惑い気味の彼と隣り合って車内に滑り込み、とりあえず遅刻は免れそうだとホッとする。
「ごめん、改めて定期ありがとう。遅刻しなくて済みそうだ、助かったよ」
「なら、よかったです。…目の前で落としたから、追い掛けなきゃって思って」
「ああ、それは慌てただろ。ごめんな」
ふるふると首を振って笑う、赤い髪に青い瞳が綺麗だと思った。
「えーと…あ、これ。もしよかったら、貰って」
「えっ」
少し前に貰ってポケットに入れっぱなしにしていた、セイレーンが看板を務める某コーヒーショップの割引クーポンを渡す。
「俺使わないから」
「え、あ、でも…」
ガタン、と揺れて電車が止まる。彼が降りるのはこの駅らしく、何か言いたげにしながらも降りていった。振り返った彼に窓越しに手を振る。俺もあと少しで降りなければならないし、そこから更に走らなくてはならない。その前に少し元気を貰った気がして、案外今日はいい日になるかも知れないな、とドアに背を預けた。