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    fuyutsugu_

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    シルセベワンドロワンライ/アイドルパロ
    ツイステッドワンダーランドではないどこかの世界線。全部幻覚です。

     時刻は深夜零時。柔らかな布団に潜り込み、まさに夢の世界へ旅立とうとしていたところ――ヴ、ヴ、とシーツ越しに控えめな振動が伝わってきて瞼を開いた。
     ぼんやりとふやけた頭のまま、手探りで手に取ったスマートフォン。その深い闇をタップすれば暴力的な光がまっしぐらに目を突き刺してくる。ぐら、と脳が揺れる感覚。閉じようとする目を根性でこじ開けて通知を見れば、飛び込んできた文面に一瞬で眠気が吹き飛んでしまった。

    『新曲の発売を記念して、プライベート動画を大公開!シルバー・セベク編♥』

     もう一度、ぐわ、と脳が揺れた。これは夢だろうか。突然の供給に心が追い付かない。
     確かに明日(もう今日だ)は自分が推しているアイドルグループの新曲発売日だ。初回限定版A・Bと通常版の三種を、店舗ごとに異なる特典目当てに四セット予約している。初回限定版にはミュージックビデオのメイキング映像もついていて、推したちの普段の気の抜けた様子が見られる、あわよくば推しカプの絡みがあるかもしれない、と楽しみにしていた。彼らは自分たちがファンからどんな目で見られているのか露知らず、平気で、公共の場でいちゃいちゃを見せつけてくるのだ。ビジネスBL?いや違う。これはオタクの色眼鏡ではない、はず。
     そう、まさに期待していた推しカプの『爆弾』をこのタイミングで浴びるなど、全く予想していなかったのだ。――勘弁してくれ、明日仕事なんだが。
     助けて、何で今?大好きだからこそ推したちの供給が怖い。こんな夜更けに一体何を見せられるのか。せめて事前告知をしてくれていたら――脳内に次々と溢れてくる言葉は止まらない。今すぐ仲間のいる青い鳥に助けを求めたかった。きっとみんな同じ心境のはず。タイムラインに集合している屍たちの姿が目に浮かんだ。文字だけど。
     自分も早くこの爆発しそうな感情を言葉にして、騒いで、発散しなければ。しかしまずは――問題の、動画を見なければならない。
     震える指で通知をタップすれば、瞬時に飛んだ先はマジカメの公式アカウント。投稿のいちばん上を見ると更新時刻は一分前。既に相当な数のコメントがついていた。ああ、すごいなオタクたち。顔も知らない有象無象。これが私の同志たちだ。この夜を共にする獣の群れ。
     脈が早い。耳の奥がごうごうと鳴っている。まだ公式アカウントを開いただけなのに、これでは先が思いやられてしまう。見れば、投稿された動画のサムネイルに推しの姿があった。ドアップ。なにこれ、最高に格好いいじゃないか。

     ――そうして、早くも覚悟を決めた。どうせ今夜は眠れない。



       ❖ ❖ ❖



    「シルバー!あの動画は一体なんだ!!!!」

     某所、撮影スタジオ。
     早朝からスタッフが準備に駆けまわっているところへ、スタジオ全体を揺らすほどの怒号が響いた。先日入社したばかりの新人は飛び上がってあたりを見回していたが、古参のスタッフはもう慣れたものである。この大声は、今をときめく四人組アイドルグループ「ディアソムニア」の最年少、セベク・ジグボルトのものだとわかっていた。

    「動画?一体何のことだ。それより朝から騒々しいぞ。スタッフの皆が準備をしてくれているんだ。ボリュームを落とせ」
    「う、うぐ……」
     ディアソムニアのコンセプトは『王と護衛』。――絶対的センター、グループの王たるマレウス・ドラコニアと、その護衛たち。活動を始めて数年経つが、古参のファンですらそのコンセプトの意味を未だによくわかっていない。実のところ、マレウスは本当に某国の時期王であり、他の三名も代々護衛を務める一族であるのだが、それは公になっていない情報なのだ。
     グループの『設定』として、リリアが師匠、シルバーは兄弟子、セベクは弟弟子である。そして生まれた某国でもその設定と全く同じように育ってきたため、シルバーとセベクがグループの『営業』で見せる兄弟弟子としての振る舞いは恐ろしいほど自然だった。
     『騒々しい弟弟子を諫める兄弟子』という図は、ディアソムニアの双璧と呼ばれる二人のお家芸とも言える。だからカメラや観客のいないこういった時でも、シルバーに真っ当な指摘を受けて、セベクがぐうの音も出なくなってしまうのは致し方ないことだった。
     セベクはシルバーの指摘を素直に受け止め、声のボリュームを落とした。

    「……昨日、公式のマジカメアカウントにアップされた動画のことだ。見ていないのか?」
    「ん、公式動画?ちょっと待て」
     シルバーはパンツの後ろポケットからスマートフォンを取り出すと、たぷたぷと操作を始めた。機械に明るくない男は、以前使っていたガラケーが二つに折れたことをきっかけに近ごろ最新の機種に変更したばかりで、暗証番号を入れるのももたついている。
    「ああ、これか」
     シルバーはようやく該当の動画を発見したらしく、躊躇なく再生を始めた。結構なボリュームで流れ出す音楽に、セベクは居心地悪くあたりを見回す。幸い、まだマレウスとリリアは現れていない。

    『シルバー、何を撮っている?動画か?』
    『ああ、見てくれ。機種を変えたら画質がとても良くなった』

     スマートフォンから自分たちの声が流れてくる。動画が再生されている手の中を覗くと、画面にはどこかのソファに座りカメラを凝視しているシルバーが大写しになっていた。アイドルだというのに自撮りに慣れていない様子で、まるでお父さんからのビデオレターのようだ。
     画面の中のシルバーがどこにいるのかなど、セベクにはわかりきっていた。見慣れたソファ、見慣れた背景。

    『貴様の使用モデルは相当古かったからな。相変わらず物持ちの良いことだ』

     そこへ、シルバーの後頭部からカメラを覗き込むようにセベクの顔が現れた。両手に一つずつ、湯気の立つマグカップを持って。ペアである。
     セベクは風呂上りらしく、普段であれば一分の隙も無くセットされている髪は下ろされ、無防備で年相応に見える。二人の間には、どこかほわほわと緩んだ空気が流れていた。
     この動画を見れば、例えファンでなくとも理解するだろう。二人が共に暮らしていて、ここは二人の家なのだということを。しかし、これはファンにもメディアにも公表していない情報だった。
     兄弟弟子という設定であれば、同居していてもおかしくないかもしれない。しかし本当のところ――二人は恋人同士なのだ。ディアソムニアが結成される前、故郷の谷にいたころからそうなのだから、もう付き合いは長い。

    『そういえば、おやじど――リリア先輩が二人の動画を送れと言っていた。今いいか』
    『構わないが――一体何に使うんだ?』
    『さあ。新居を見たいんじゃないか?』
    『なるほど、そうか!スケジュールが合わずまだお呼びできていないからな。そういうことなら、一通り部屋をご案内しよう!』

     二人はごく最近引っ越しをしていた。アイドル活動が始まってから元々セベクが一人暮らしをしていたところへシルバーが転がり込む形で共に暮らし始めたが、やはり単身用の部屋では手狭だということで今回このマンションに移ることにしたのだった。
     セベクはマグカップをローテーブルに置くと『まずはリビングからだ!』とはしゃいだ。一人暮らしが長いセベクでも、新居というのはやはり嬉しいらしい。シルバーはそんな弟弟子を見て眉をハの字にして微笑み(これがファンの間で有名な後方彼氏面である)、撮影をインカメから外カメラに切り替えた。

    『リリア様!こちらがリビングです。ソファとラグにはこだわりました。シルバーが寝落ちてもいいように、肌触りの良いものに!』
     セベクはまるでテレビ番組のリポーターのように、カメラに向かってわざとらしく長毛のラグを撫でている。その太陽のような笑顔に、シルバーは『また仕事が増えてしまうな』と独り言ちた。
    『そう言うが、セベクもよく一緒にごろごろしているじゃないか』
     顔は映っていないが、シルバーの声もどこか弾んでいる。
    『う、うるさいぞ!……そら、次はキッチンに行こう』
     羞恥から頬を染めたセベクは、顔を隠すように小走りでキッチンへ向かった。足元でぱたぱたと鳴るスリッパの音が可愛らしい。映っていないが、セベクの好きなワニさんスリッパである。

    『リリア様、こちらがキッチンです。以前より大分広くなりました。料理もしやすいです!』
     コンロは三口で、シンクも広々!と続けるセベクは、すぐにでも通販番組を始められるだろう。声の大きな弟弟子にはぴったりだ。
    『俺が料理をしていると、セベクは隙あらば背後から手を伸ばしてつまみ食いしようとします』
     そう茶々を入れると、セベクは『何⁉︎』と声を張り上げた。
    『き、貴様っ!リリア様に言うことではないだろう!シルバーだって、僕の料理中は横でひな鳥みたいに口を開けて待っているくせに!』
     セベクは頬を膨らませ、カメラの背後にいるシルバーを睨み付けている。その顔は兄に甘える弟そのもので、とても微笑ましい。シルバーの笑い声が上がった。

    『さて、残るは――寝室か?』 
    『そうだな。あちらです、リリア様!』
     カメラはキッチンからリビングを通り、ひとつの扉の前で停止した。セベクがドアノブを掴み、微かな音を立てて扉が開かれる。『暗いな、何も見えない』画面を見ながらシルバーが言うと、セベクはスリッパを鳴らして部屋に入り、電灯のスイッチへ手を伸ばした――。



    『ご視聴ありがとうございました!次回の更新をお楽しみに!』


     そこで軽快な音楽と共に画面が切り替わり、ポップな字体が現れる。動画はまだ続いていた筈なのに、明らかに不自然なところで切られていた。シルバーは思わず首を傾げてしまう。

    「セベク、ここで終わりなのか?もっと先まで撮っただろう」
    「終わりだ。長かったから切ったんじゃないのか」
    「……?」
    「それよりシルバー!問題はどうしてこれが公式マジカメにアップされているのかだ!貴様、あ、あんな気の緩んだプライベートな動画を、僕の許可なしにスタッフに送ったのか……⁉︎」
     セベクは頬を紅潮させ、拳を握りしめてぷるぷる震えている。確かにこの動画はごくプライベートなもので、ファンに見せるためのものではない。そもそもファン向けであれば、二人の家では撮影しなかっただろう。要らぬ火種を生む必要はない。
    「そんなことはしない。あれは親父殿にしか……」
     シルバーは朧げな記憶をどうにか掘り起こした。一週間ほど前に撮影したこの動画。確かにリリア以外には送っていないはずだ。
    「ならばどうして公式アカウントにアップされている⁉︎」
    「いや、それは俺にも――」


    「おぬしら、ま~たいちゃついておるのか。ビジネスBLにも限度があるぞい」
     そこへ、数名のスタッフを引き連れたリリアとマレウスが現れた。ハイブランドに身を包み、他を寄せ付けない雰囲気の二人から滲み出る芸能人オーラは凄まじい。ただのアイドルには到底見えない。リリアは「くふふ、ビジネスじゃなかったのう」と笑いながら、顔を隠していた大きなサングラスを外した。
    「リリア様!マレウス様!おはようございます!」
    「おはようございます」
    「うむ、二人ともおはようじゃ」
    「おはよう。敬礼はいい、楽にしろ」
     深い海のようなマレウスの言葉に、場の空気は一気に引き締まった。背後ではスタッフたちが衣装を準備したりメイクのセットをしたり、忙しなく動き始める。
     リリアは眉根を寄せ、殊勝な顔をしてシルバーとセベクの手を取った。
    「二人とも、すまんのう。実はの、わしに送ってくれた新居の動画、手が滑ってうっかりプロデューサーに送ってしまったんじゃ。あやつは曲者じゃからの、二人があまりにも愛らしいのが悪い、と許可なく使ってしまったらしいんじゃよ」
     今度わしがビシィ~~ッと言っておくから、許してくれんか。
     他でもない師匠だ。瞳を潤ませながら上目使いにそう言われてしまえば、許す以外の選択肢などなかった。
    「なるほど、そういったご事情でしたか!それであれば全く問題はございません!」
    「まあ、致し方ないですね。ファンの反応が怖いですが……」
    「おお~~わしの息子らはほんに良い子たちじゃの。ほれ、ハグしてやろう。ぎゅ~~」
    「わっ、リリア様……!」
    「親父殿、馬鹿力……痛いです」
     敬愛するリリアの腕に抱かれ、兄弟弟子は骨が悲鳴を上げても笑っていた。
    「ほれマレウス!物欲しそうな顔しとらんでおぬしも来んか」
    「ふ――仕方ないな」
     シルバーとセベクを力いっぱい抱き締めるリリア。それに覆い被さるマレウス。ぎゅうぎゅうと抱き合い、いつしか相撲の様相を呈してきたところで、スタッフから「そろそろメイクお願いしま~す」と声が掛かる。ディアソムニアのこんなじゃれ合いも、スタッフには見慣れたものだった。
     その見た目からクールな印象を持たれることの多い彼等だが、ファンやスタッフの間では四人が家族のように仲睦まじいことは周知の事実だ。そのギャップこそ、ディアソムニアの人気の秘訣である。それに一度でも触れた人間は「なにあの四人、尊い……」と一瞬で釘付けになり、雑誌を買い、テレビを見、ライブに通うようになるのだ。今回のような動画など、ファンの好物以外の何ものでもない。
     ディアソムニアは時間と金銭を費やして応援してくれるファンを愛していたし、自分達の活動を通して彼女らを元気づけられるこの仕事を天職だと想っている。遠くない未来、いつかは国に帰るのだとしても。

    「今日の撮影はシルバーとセベクからであろう。衣装テーマは何じゃったかの」
    「ええと――魔法学校の学生、と聞いています」
    「ほう。ま~た凝った設定じゃのう」

     それじゃ、楽しいお仕事を始めるかの♪
     リリアの号令に頷き、皆で衣装に袖を通す。魔法使いのようなスタッフたちの手を借り、メイクをし髪をセットし、そうして変身していくのだ。愛するファンの待つ――アイドルという姿に。




       ❖ ❖ ❖




    ――ねえ、シセ担息してる??

     ――†┏┛墓┗┓††┏┛墓┗┓††┏┛墓┗┓†

    ――何あの動画。シセ無理矢理鼻に突っ込まれて嗅がされたんだけど??

     ――匂わせどころじゃないw推したち知らぬ間に同棲始めてたwwww

    ――寝室ひとつなんかい。

     ――ていうか一瞬映った、あれさ……

    ――うん……

     ――薄暗かったけど、あれどう見ても……ダブルベッドだったよね……?


     青い鳥のタイムラインは阿鼻叫喚の地獄絵図。「結婚おめでとう」「式には呼んで」「嘘、呼ばないで」「マウント乙」「末永くお幸せに」等々、こうしてしばらくシセ界隈は荒れに荒れた。そのお陰か、新曲は過去最高の売り上げを叩き出すことになる。

     全ては、プロデューサーであるマッスル紅の思惑通りであった。
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    fuyutsugu_

    DONEシルセベワンドロワンライ/アイドルパロ
    ツイステッドワンダーランドではないどこかの世界線。全部幻覚です。
     時刻は深夜零時。柔らかな布団に潜り込み、まさに夢の世界へ旅立とうとしていたところ――ヴ、ヴ、とシーツ越しに控えめな振動が伝わってきて瞼を開いた。
     ぼんやりとふやけた頭のまま、手探りで手に取ったスマートフォン。その深い闇をタップすれば暴力的な光がまっしぐらに目を突き刺してくる。ぐら、と脳が揺れる感覚。閉じようとする目を根性でこじ開けて通知を見れば、飛び込んできた文面に一瞬で眠気が吹き飛んでしまった。

    『新曲の発売を記念して、プライベート動画を大公開!シルバー・セベク編♥』

     もう一度、ぐわ、と脳が揺れた。これは夢だろうか。突然の供給に心が追い付かない。
     確かに明日(もう今日だ)は自分が推しているアイドルグループの新曲発売日だ。初回限定版A・Bと通常版の三種を、店舗ごとに異なる特典目当てに四セット予約している。初回限定版にはミュージックビデオのメイキング映像もついていて、推したちの普段の気の抜けた様子が見られる、あわよくば推しカプの絡みがあるかもしれない、と楽しみにしていた。彼らは自分たちがファンからどんな目で見られているのか露知らず、平気で、公共の場でいちゃいちゃを見せつけてくるのだ。ビジネスBL?いや違う。これはオタクの色眼鏡ではない、はず。
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