6月13日 自分の誕生日を指折り数えて、とうとう当日を迎えた。
俺にとって誕生日は「美味しいものを沢山食べられる日」で、ガキの頃からクリスマスや正月と並んでビッグイベントだった。
お袋とコバルが作ってくれたカレーとケーキは最高だ。いつもの倍の量を家族みんなで食べて、無くなったら「ごちそうさまでした!」と手を合わせる。満たされて笑顔になる。
それから、シャワーを浴びて着替えてギルドに向かう。
誕生日に仕事があるのも悪く無い。ロナルド達が祝ってくれるからだ。プレゼントはガチめのものだったり笑いをとるものだったりするけど、マリアがくれたニホンオッサンアシダチョウは最近で一番デカかった。
「今年は腕の人の『腕』に見立てたアイシングクッキーを作ってみたんだ。口に合うといいがね」
「わー、すごい! マジで俺の腕だ……!」
「な、すげーだろ? アイシングんとこアームの色にするの苦労したんだぜ?」
「はぁ? 若造は何もしとらんだろうが」
得意げなロナルドにすかさずドラさんのツッコミが入る。
「ヌヌヌイ!」
「したよ! あ、味見とか!!
「味見はジョンの特権だバカ造!」
ドラさんが焼いてくれるクッキーも俺の楽しみの一つだ。みんなに沢山お礼を言って、見廻りに何個か持っていくことにする。プレゼントは明日の昼まで預かってもらって、足取り軽くギルドを出た。
それから、23時30分。
俺の誕生日終了まであと30分を切った。見廻りルートの違うロナルド達と別れる間際、「そんなに気になるなら行けば?」と言われた。
「いや、でも、あっちも忙しいかもだし……うん」
「んー、まぁ彼も大概ドドドド貧弱だからねぇ」
「お前がいうな」
スナるドラさんをぼんやり見ながら、最後に交わしたRINEを思い出した。確か——3日前だ。
「じゃ、また後で」
「あ、ああ。また後でな」
そう言いながらも、気持ちはあの人のいる場所に向いていた。気が付いたら走っていて、研究所の明かりが迫ると同時に心拍数が上がっていく。
誕生日は楽しいし嬉しい。
でも、それとは別に俺はずっと待っている。あの人からの捻くれたメッセージを待っている。待っていたけれど、今年は何も無くて、それが思った以上に気になって。
約束事で縛り付ける気なんかないけど、単純にあの人の『気紛れ』を楽しみにしていたけど、多分俺はもう「貰えたらラッキー」なんてレベルはとっくに飛び越えてるんだ。
俺は、あの人が好きだ。
23時55分。
さっきカズラさんに事の次第を聞いた。三徹が祟って倒れたのが今日の夜中。つまり6月13日の夜中だ。
仮眠ベッドで眠っているヨモツザカさんを見ながら、死ななくてよかったなぁとか、こっちからメッセージすればよかったなぁとか、歪な後悔ばかり浮かんできた。輸液が繋がっている腕は細くて真っ白だ。
「——こんばんは、ヨモツザカさん」
ピクリとも動かない。
「俺の誕生日もうすぐ終わっちゃうんで、会いに来ました」
仮面の無い顔は青白くて、呼吸は静かだ。
「誕生日プレゼント、貰っていきますね」
俺は、強欲になろうと決意して。
ヨモツザカさんの、物言わぬ唇を奪った。
見廻りを終えてギルドに戻って、夜明け前に家に帰った。昼までたっぷり寝てから、また慌ただしく家を出る。今日は非番だけれど、ギルドに預けていたプレゼントを引き取りに車を出した。
持っていたクッキーはあの人の机に置いてきた。
『おすそわけです』と意味深に一筆添えたけれど、見てくれただろうか。目を覚ましているだろうか。
(手伝いがてら、様子見に行ってみようかなぁ)
そう思った矢先、RINEの通知音が鳴った。
——『君の腕はなかなか美味いな』
「……ははっ」
あの人に会いたくて堪らなくなって、戻り道の方向を変えた。
道の途中には、ドーナツ屋がある。