深夜高速人をダメにするソファの定員は一名だったはずだ。しかし、我が家にはラブソファなどを置くスペースはない。必然的に、強引に二人羽織状態で座ることとなる。
僕の背後で、土方さんがビールを呷る。畏れ多くも、僕は土方さんを背もたれにさせてもらっている。僕はこころもち肩を丸めて焼酎のお湯割りをちびちび飲む。
「野球、好きだったのか」
「見る専ですけどね。でも、剣道部と兼部できたなら野球部も考えましたね」
ふぅん、と土方さんは紫煙で返事をした。耳に息がかかる。思春期から脱したばかりの若造には刺激が強い。
テレビでは、年に一度の日本シリーズが行われている。どちらのチームも贔屓ではないが(強いて言うなら東京のチームを応援している)、お祭りに参加するのはいい気分だ。
白いユニフォームの投手が三者連続三振で紺色のチームを打ち取り、中継はCMに入る。
聞き覚えのあるメロディが流れてきた。
CMでは、小太りの男性歌手がサラリーマン役を演じている。世界大会でも活躍したラグビー選手の練習の合間に、サラリーマンは毎日を懸命に生きている。どうやら、サラリーマンとラグビー選手は学生時代同じチームに属していた設定らしい。
曲がサビに入り、特徴的な歌詞が耳に入る。
『生きててよかった そんな夜を探してる』
涙が頬を伝う。感動を呼ぶような演出なのは理解しつつも、つい巻き込まれてしまう。
小さくしゃくり上げる僕を、土方さんは覗き込んできた。
「どうした」
「好きな、歌が」
「結構昔の曲だろ、これ」
土方さんは知っているらしい。
「なんかの機会に聞いて、忘れられないんですよね。聞き取れた歌詞から曲名も調べて」
とりとめなく喋る僕の頬を滑る涙を、土方さんが指で拭ってくれる。
「『生きててよかった』、か。――そう言える人生になるといいな」
その他人事っぽい響きに、僕は泣き濡れたまま振り返って、土方さんの顔を見る。
「何言ってるんですか、あんたは俺と年齢差が気にならなくなるまで生きるんでしょ?」
「…そうだったな」
土方さんは笑う。
胸の中で、記憶にないはずの感情が叫ぶ。
(この人を離すな。俺はこの人に生きててよかったと思わせる生を送らせたい)
制御できない感情が、目からこぼれる。土方さんはそんな俺の頭を抱いて、子供にするように撫でてくれる。
「好きです」
「知ってる」
「守らせてください」
「できるもんならな」
茶化すでなく、俺の不安や矜恃をそのまま受け止めてくれる人。
やり場のない感情を抱えたまま、唇を重ねる。精神安定剤のような、触れるだけのくちづけ。重い銘柄の味がする。
「落ち着いたか?」
「はい、なんとか」
俺は体勢を整えて、改めて土方さんの胸に寄りかかる。筋肉はあるが細身の胸板、長い腕と大きな手に包まれて、安堵する。
CMが終わり、中継が再開していた。少し冷めたお湯割りを口に含む。胸の芯に火が灯る。
今を大事にしなければ、未来はない。たとえば今の感情をぶつけるように抱いても、たぶん気持ちよくはなれない。
紺色のチームのピッチャーが投球するのを見ながら、俺も煙草に火を点けた。俺の銘柄は、土方さんのものよりは軽い。
「あったけぇな」
尖った顎が俺の肩に置かれる。
「僕もあったかいですよ」
そう返せば、土方さんは笑った。