ルビーの薔薇 二月になると百貨店もスーパーも赤やピンク色のコーナーが目立ち始める。
世の中……というか、主に女性陣が浮足立っているように思えた。
バレンタインという季節行事で自分がソワソワしたという記憶は特にない。むしろ一カ月後のホワイトデーのことを考えて、頭を抱えていたような気がする。ホワイトデーに手作りのチーズケーキをなんの意図もなく返してしまったせいで、年々バレンタインにもらうチョコの量が増えてしまったのだ。強面の自覚はあったが、女子と疎遠だったわけでもない。そんな学生生活を送れたのは料理ができたからなのかもしれない。
「これでいいか……」
一年で一番板チョコが売れる季節に、チョコではなく信乃が好きそうなおかきを買い物カゴに入れる。コウの家に行く前にふらっと立ち寄ったスーパーでも華やかなハートがそこら中に飛び交っていた。
コウの分の明太子味のポテトチップスも入れ、お菓子コーナーを移動する。一際ファンシーな装飾された場所に差し掛かった時。
「今年はなに作る? ガトーショコラ?」
「生チョコもいいよねー」
女子高生たちの明るい声が聞こえる。瞳はキラキラと輝いていた。贈る相手は義理か、友か、それとも想い人か。誰へ送るかは分からなかったが、随分と楽しそうな雰囲気にふと足を止めた。塩気しかないカゴに一つくらいは甘い物を入れてやってもいいかもしれない。
そういえば、黒崎も来ると言っていたなと、アイツが食いそうな物を物色する。
「あ……?」
そして、目に留まったのは一輪の薔薇。気高く、凛とした花。バレンタイン限定と書かれたポップがなくとも、この季節にしか置かれていないことを想像させる高尚なピンク色の花びら。花弁は本物のように精巧に作られていた。
——ルビーチョコレートねぇ……。
ポップに書かれた説明欄を眺める。どうやら茶色のチョコレートに食紅を加えたものではないらしい。
薔薇といい、チョコレートの名前といい、どこかの誰かを彷彿とさせた。吸い寄せられるように、手が伸びる。
値段的には最も高いな買い物だ。しかも、数人でバラバラに分けることもできない。
おそらく食べるのは一人だけ。
「……まぁ、たまにはいいか」
チョコをこの時期に渡せばどういう意味になるかを考えなかったわけではない。男同士の上、友や義理という逃げ道もあるのだ。ぎこちない空気になれば、冗談だと言って茶化してしまえばいい。そう安易な方向に考える。
「……おい」
手に取ったチョコをカゴに入れた瞬間、陳列棚の切れ間から棘のある声が鼓膜を揺らした。
どうやら薔薇ご本人がお出ましのようだ。