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    「どうやらげとうすぐるのむすこのようで」


    誰も何も出てこない。

    気がついた時、私は5歳の男の子だった。
     泣かず笑わず無口で、なんでも良くできて聞き分けの良い。まるでロボットのようだと母にずいぶん心配され、周囲が気味悪がるほどに甘やかされていた。母はそのことには気づいていたが、私に子供らしいわがままや理不尽な言動を期待しての態度だったようにも思う。母は、私が普通の子であることをそうして確かめたいようだった。それでも、女子大学生までの記憶がある私には、なかなか難しい期待で、欲しいものを聞かれるたびに、申し訳なく思うばかりだった。スマホやタブレット、パソコンなんて欲しがったらそれこそ5歳とは思えないようなことをしてしまうだろうし、私はただ精神年齢が高く、多少の人生経験記憶があるというだけで、天才などではなかったので、そんな風に思われたらその先が辛いとも考えていた。
     父親はいなかった。母は名前すら口にしない。でも知りたいとは思わなかった。父親の情報は今二人きりの私にはどうでも良く、むしろ母に一人で育てる苦労をかけるだなんて、ろくでなしだと思い知りたくもなかった。ただ、母の手作りのお守りが一つ渡された。
     もう少し大きくなったら父親を調べて養育費でも分捕ってやる。そんなことを考えるくらいには、母は働くことも人間関係を作ることも下手で、どこぞの裕福な家の出の人間だろうとなんとなく思っていた。
     そんな僕の世界は、平和だったのだ。
     母と二人の生活は、色々と大変なことも、母が辛そうなこともたくさんあったが、二人で完結していた。それを危ういと思う時もあったけれど、今はそれで良いと思っていた。生きることが大切だったのだ。幼稚園に通うことも、前世の記憶は新しい記憶に上書きされて、徐々に僕になっていく。精神年齢の高さはどうにもならないみたいだったけど、幼い言動をすることに戸惑いがなくなり始めた僕に、母も安心したようだ。
     裕福ではないけれど、母と二人で過ごす生活は悪くなかったし、大きくなったら、子供の頃の無口さの理由も話してみようと思ったのだ。この人なら信じられる、と、僕と向き合おうとする母に思ったのだ。

     そしてそれは6歳の僕の誕生日の日だった。

     何歳になっても誕生日のケーキというのは嬉しいもので、奮発してホールを買ってくるね、と約束してくれた母は、バス停にいなかった。迎えに来てくれなかったのを不思議に思って少し待っても来ない。心配する先生に大丈夫だと言い、自分のアパートまで走って帰る。
     予感がしていた。
     何かが終わってしまったような、取り返しがつかないような、そんな予感に、ドアノブを掴んだ自分の手ががたがたと震えているのにびっくりした。
     ドアには鍵がかかっていた。念のため、と渡されていた鍵を差し込むと、うまくいかなくて何度か落としてしまった。
     こわい。
     どうしてか分からないまま涙目になりながら、ドアを開けて足を止める。
     息が詰まった。呼吸をすることも難しい悪臭に後ずさる。
     血の匂いだ。そして──内臓の、匂い。
     部屋に充満しているその匂いが恐ろしくて足がすくんで動かない。
    「ママ……?」
     返事はない。ないことなんて頭の片隅で分かっていたけど、でも信じられなくて、ふらりと足を踏み出す。
    「ママ…………?」
     そっと靴を脱いで、ゆっくりと部屋に入ろうとした僕は、何かが視界を塞いだのに目を瞬いた。大きい何かが邪魔をしているんだ、と思ったゆっくりと顔を上げて──。目が、あった。
     目があったのが二つだけじゃなかった。何をみているのかわからなくてもう一度見た僕は、ひっと喉が引き攣る。
     細い目がいくつもいくつも僕を見ていた。馬のようにながいながい黒い顔についていて、その全部が僕をみている。にやけているように細められるそれは、確かに動いていて、ぎょろりとそれぞれが別方向を見ては僕に向き、なにかの冗談みたいだった。
    『けひっ』
     甲高い声が響く。肉が詰まったようなだぶだぶとした手が伸びてくるのを見つめる。言葉が通じないことなんて分かりきっていた。存在から邪悪さを感じることなんてあるんだ、なんて、どこかのんきに考えた僕は自分の死に鈍感だった。走って逃げれば、そもそもドアを開けなければ、予感がした時に引き返していれば、違った未来があったかもしれない。でもただ黙ってそれを見つめていた。黒くて分からなかったが、こいつから血の匂いがする。ぐわり、と開いた口の中に見えた不揃いの汚らしい歯には血がついていた。
     あ、死ぬんだ。と、その太い指が僕の顔にのばされるのを見て思った。
     こわい。
     目を見開いて、堪えきれない恐怖に侵された瞬間、いつも首から下げていた服の下のお守りから妙な感触がして、僕はぞっとする。
    「ひっ!?」
     妙に柔らかい毛のあるものがするするっと胸から首に上り、服の隙間から出て飛び出してくる。なんだ、と思った瞬間、目の前でばつん! と大きな体に穴が空いた。
    「え……?」
    『ぎ、ぇ』
     尻餅をついて床に無様に座り込む。
     見ている先で出てきた黒い影は、ばつん! ばつん! と体に穴を開けていく。穴だらけになったそのバケモノは、ゆっくりと倒れながら霧のように消えていった。
    「…………」
     体の中から出てきたのは、小さなりすにも見える変な動物、のようなものだった。それは床の上に立ち顔を洗う仕草をし、首を傾げる。
    「…………おまえは?」
     黒い姿と、尻尾が煙のようになっていること。目がないことからこっちも同じようなバケモノだろうとは思うが、悪意が感じられない。
     そのりすは、僕に向かって走ってくるのにびっくりして後ずさると、顔にぶつかってきた。
    「うっ!?」
     そのまま爪のある小さな前足が唇にかかって、口の中に入り込んでくるのにひっと鳥肌が立つ。
    「う!? う、ううー!!!うぐっ! げほっ、おえっ!」
     そのままつるりと喉の奥に入っていってしまったりすに、ぞっとしながらなんとか吐き出そうとした僕は、なんだか体に馴染んでしまったような感覚に目を瞬いた。
     お腹の中で暴れる様子もない。というか質量を感じない。
     それどころか──。
     握った右手を見た僕は、視界の端に入り込んできた赤い色に思わず顔を上げる。
     その時見た光景は、きっと永遠に忘れることなどできないだろう。
     変わり果てたその姿は、もはや母と判断することも難しい有様だった。
     動けなくなった僕は、開きっぱなしのドアを不審に思ったお隣さんに助けられることとなる。その人にもトラウマを植え付けてしまったことを申し訳なく思うけど、仕方のないことだ。
     こうして、僕の平和な世界はここで終わりを迎えてしまった。
     始まるのが地獄だなんて思いたくもないけれど、でも、あれ以来見えるようになってしまったバケモノ達の目から逃れて生きていかなくてはならなくなった。
     事件が全て終わり、引き取り手もなかった僕が児童養護施設に行くことが決まったその日。
     最後の聞き取りをしにきた警察の人に、部屋にあったと木箱を渡された。
     中にはお守りがもう二つと、手紙が一つ。読めるかい? と心配してくれる警察の人に頷いて、封を開ける。
     そこに書かれていた言葉に、僕は硬直した。
    「惇へ。ママになにかあった時のためにこれを残しておきます。
     あなたの父親は、夏油傑という人です。
     困った時には、ここに連絡してください」
     ちょっと意味が理解できなくて3回くらい読んだ。
    「ここに書かれている連絡先ねえ、呪術高専なんだよね。多分書き間違いだと思って連絡しなかったんだけど、連絡してみるかい?」
     心配そうな警察の人に、僕は鏡に映った自分の姿を思い出す。
     黒髪黒目。何故か母がそうするように言った左だけ垂らされた前髪。ちょっと細い目。
    「げ、げとうのむすこ…………」
     呆然と呟く僕を警察の人は首を傾げる。
    「ま、さか、ここって──」
     ぐるりと見回しても、別に何かあるわけじゃないが、思考の整理にはなった。6歳の誕生日にして判明したこの世界、僕が転生した世界は、どうやら呪術廻戦の世界だったらしい。
    「う、うそだ……」
     がくりと膝をつくは小説の中だけの話じゃないようだった。僕は廊下に膝をついて手紙をにぎったまま両手を床につく。
     大丈夫かい!? なんて慌てる警察の人の声が聞こえるけど、でもちょっと待ってほしい。言わせてくれ。
     夏油傑に息子がいるなんて聞いてないけど!?
     何やってんだあの男! と言う思考の隣で、となると、あのりすはなんだろう、と疑問に思う。お守りが手作りだったことを思い出すと、あのりすは、もしかして母のものだったのだろうか。夏油傑が呪力のない人間にコンタクトを取るとは思えないし、母も何らかの呪術師だったのかもしれない。飲み込んじゃったのは呪霊操術なんだろうか、なんて冷静な思考が言う。いや、あれはあのりすが勝手に飛び込んできたのだけど、というか。
    「し、しぬじゃん……」
     僕がこんな世界で呪術絡みのことをしたら絶対に死ぬ。間違いない。どう考えても登場人物たちのようなバイタリティを持ち合わせていないし、そもそもか弱い女子大学生だし。違う。ショタだし。
     それに0巻から13巻までの記憶、それもうっすらしかないけれど、今っていつだろう?
     どちらにしても僕の年齢を考えると、夏油傑がもはや呪術師側にいないだろうことは想像がついた。
     未来のことを色々考えようとして、そろそろもうキャパオーバーだった。僕が6歳の子供じゃなくてよかった。子供だけど。あまりにも
     このまま床に寝転がって駄々をこねたい。
     そういうわけにもいかずに、僕はがんばれがんばれと自己エールをしながらなんとか立ち上がると、ひとまずおろおろとしている警察の人に、大丈夫ですと言ったのだった。
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