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    4話。本当の父(げとうすぐる)が迎えにきました。

    「優は感情を出すのが下手だよね」
     僕が律守を呼び出したのを見た悟にそんなことを言われてその顔を見上げる。僕の首が痛くなると思ってくれたのかしゃがんでくれた悟と目を合わせる僕に、悟は続ける。
    「呪力は負の感情を引き金にコントロールするものだ。律守を呼び出すのは、過去の経験でうまく出来てるけど、律守に呪力を回せてない」
     この前呪霊をうまく倒せなかったのは、そういうことなのかな、と思いながら尋ねる。
    「どうすればいいの?」
     悟は笑みを浮かべた。
    「遊園地、行かない?」


    「うわあああああ!!!」
     上から急に垂れ下がってきた長い髪の女に隣の悟にしがみつく。リュックがずどん、と重くなって僕は息をつめた。驚かされると分かっているのに、本気でびっくりしてしまう。やってきたおばけ屋敷は、クオリティが高いことで有名なんだよと悟が言ってたことを思い出す。
    「ほら、呪力出し過ぎ」
     笑っている声にいらっとしながら、なんとか落ち着こうと息を吐いても周囲の暗さと、おどろおどろしいBGMに悟から離れられない。しがみついたままの僕に、歩けないよ。と笑う悟に涙目になった顔をあげる。すると注意されたのでサングラスを外している悟はじっと僕の顔を見下ろす。
    「…………もう出る?」
     甘やかさないでほしい、と思いながら首を横に振った。
    「大丈夫……」
    「じゃあ行こうか」
     手を握ってくれる悟に、身長が高いから高いところに手を伸ばす感覚だけど、悟は少し屈んでくれてるようだった。甘やかされている理由がよく分からないと思いながら、いつも甘えてしまっているのは僕だな、とも思って反省する。まだ出来ることが少ないのがもどかしい。そんな僕の内心を読んだかのように、焦らなくていいよ、と頭をわしゃわしゃと撫でられた。
     呪力の訓練、というのは、律守をリュックに入れて呪力を一定に保つ、というものだ。律守は呪力を込めると重くなったり、大きくなったりするらしく、このお化け屋敷の入り口で、スタッフに驚かされた時にリュックが重くなりすぎて尻餅をついてしまった。このおばけ屋敷は半分人間が驚かせてくるらしく、びくびくとしながら歩く。怖すぎる。握る手を不安でぎゅっと掴んでいると、隣の悟はどうしてか機嫌が良さそうだった。僕がこんな怖い思いをしているのに。と恨めしく思いながらも、訓練だと自分に言い聞かせた。
     最後の部屋で、妙な人間に追いかけられて半泣きになりながらなんとか脱出すると、リュックから出したハンカチで涙を拭ってから深々とため息をついた。
     腰を折るようにして身をかがめて悟が聞いてくる。
    「怖かった?」
     うん、と頷くと、そっか。ごめんね。なんて言われて首を横に振った。
    「別にホラー映画でも良かったんだけど、今日は僕、時間があったから、優と出かけようと思ったんだよね」
    「珍しいね」
     僕の言葉に悟は苦笑するような笑みを浮かべる。
    「まあね。いつも一人で家で待たせてるお詫び。次は乗りたいものに乗っていいよ」
    「…………」
     取り敢えず遊園地の地図を開いて眺める。絶叫系に乗りたい気分じゃないし、コーヒーカップとかメリーゴーランドは悟と一緒に乗るの? マジで? みたいに感じてしまうので、乗りたいものが特になかった。
     困って悟の顔を見上げる。
    「ジェットコースター行く? ここのグレートハイテンションGXって有名だよね」
    「やだ……」
    「おっ、優の嫌だ珍しいね」
     楽しそうな悟に、悟が楽しいのなら乗っても良いかな、と迷いながら、何か目につかないかときょろきょろとすると、レストランエリアが近くに見えた。キッチンカーやオープンテラスのカフェやレストランがあると地図には書かれている。
    「休憩する?」
     僕の視線を察したらしい悟に頷くと、テラス席のひとつを陣取り、地図に載っているお店をチェックする。
    「甘いものも結構あるね」
    「これは?」
     四角い紙皿にアイスの乗ったパンケーキの写真がある。
    「うまそう。優それでいいの? 僕に合わせてるでしょ。それ」
     そう指摘されてちょっと詰まった。バレているのは恥ずかしい。
    「食べたいものとかあまりないから悟の食べたいもので良いよ」
     地図から顔を上げた僕に、悟はテーブルに頬杖をつく。
    「良い子で困っちゃうね。わがままくらい覚えなよ。僕、お前くらいの時はもっと生意気だったよ」
     そうだろうなあ、なんてやんちゃそうな悟の過去を思い返す。と言ってもそんなにはっきり覚えているわけじゃないけど、多分イメージは間違ってないと思う。言ったら怒るかなと思って内心でちょっと笑った。悟の自由さは僕にはないものだから、かっこいいなと思う。
    「じゃ、食べきれないくらい買ってくるから、ちょっと待ってて」
     そういうと颯爽と歩き出してしまった悟のコンパスは長く、あっという間に離れていってしまう。その背を見送り、食べ切れるくらいにして、と言うタイミングを逃したな、とため息をついた。
     周囲の人たちがそれぞれ食事をしたり、買い物をしているのを眺めていた僕は、ふと呪力を感じた気がして振り返る。建物の角をぴょんぴょんと小さなうさぎのような呪霊が通り過ぎていったのが見えて思わず椅子から降りて立ち上がった。すごい弱い呪霊だ。ちょっとした害がある程度のものに見える。悟の姿を探して、見えないことにちょっと困ると、僕はスマホを握っていつでも悟にかけられるようにしてから、うさぎもどきを追いかけた。
     席からは死角だった建物の角を曲がり、しばらく走ってからもう一度曲がる。遊園地の端まで来てしまったらしく、行き止まりの文字と柵があるのに足を止める。見失っちゃったかな、と周囲をきょろきょろとした僕は、建物の影から、黒い人影が──。
    「っ」
     思わず、一歩後ずさった。
     ゆっくりとした足取りで出てきたのは、紛れもなく、夏油傑その人で──。彼は僕の真正面で立ち止まり、僕を振り向くと微笑む。
    「初めまして」
     開口一番の穏やかな声音に、僕が動けなくなった。あのうさぎもどきを使って誘われたのだと理解する。
    「だれ」
    「その顔は分かってる顔に見えるけど、初対面だし名乗ろうか」
     法衣に五条袈裟。悟ほど身長は高くなかった筈だけど、しっかりした体つきは見上げるばかりの僕からすれば萎縮するもので、捕まったら逃げられないイメージに囚われる。
    「夏油傑」
     夏油はにこりと笑う。
    「君は?」
    「お前に名乗る名前なんて持ってない」
    「……生意気なのは悟に似たのかな。挨拶が出来ない子だと思われるよ」
    「!」
     まるで悟の躾が悪いとでも言われたかのようで、イラッとした僕はその感情を遠慮なく表情に出して口を開く。
    「五条優」
     この状況は僕にはきっとどうにもできない。悟を呼んだ方がいい。と握ってたスマホを密かに操作しようとした瞬間、気づけば目の前にしゃがんで僕と目線が近くなった夏油が居た。
    「っ!」
     スマホが取り上げられる。
    「これはしばらく預かるよ」
    「っ返せ!」
    「おっと」
     立ち上がる僕の届かないところにスマホを掲げた夏油を睨みあげる。こうしてみると本当に僕と似ている。夏油も何か思うことがあるのか、僕の顔を眺め、それから夏油は眉を下げるように申し訳なさそうな顔をした。
    「すまなかった」
     目を見張る僕に、夏油は真摯な表情で続ける。
    「君のことは知らなかったんだ。知っていたら放っておいたりはしなかった」
     声音も真剣で、茶化す様子もなく、心からそう言っているように聞こえて少しだけ心が揺らぐ。いや、だめだ。こいつは許しちゃいけない奴だ。すぐ前に立っている夏油を睨む視線に力を込める。
    「お前には関係ない。さっさと帰れ」
     僕の反応に、夏油は首を僅かに傾けた。
    「私のこと、悟から何か聞いてる?」
    「何も聞いてない。けどお前のことは知ってる」
     すると、夏油は考えるような仕草をした。
    「そうか。でも私はまだ帰るつもりはないよ。君を迎えにきたんだ」
    「え?」
     思いがけない言葉に目を瞬いた。夏油は腕を袖に腕を隠すように組むと、微笑む。
    「君の呪霊操術は、私と同じ術式のものだ。使い方を知りたくないか?」
    「使い方……」
     悟に黙っている取り込んだ呪霊のことを思い返す。うまく扱えるか分からなくてそのままだ。
    「それに、君は戦いたくないんだろう? 悟の元にいれば、呪術師として戦わざるを得なくなる。君が望もうと望むまいと、君の呪霊操術は強力だ。きっと巻き込まれる」
     それは、薄々感じてはいることだった。悟のそばにいれば、呪術界と深く関わることになるのは分かりきっている。養子とはいえ、悟の子供なら、多分悟が守ってくれても、僕は守られるだけじゃいけないと思ってしまうだろう。だから悟からいずれ離れようと思っていたのだけど、その道を今差し出されて、僕は混乱した。
     手を取ってはいけない奴だと分かっているけど、こうして相対する夏油傑は穏やかな人のように見えて、いっそ悪意を撒き散らしてくれれば良いのにと僕はまた一歩後ずさる。
    「僕はお前とは……」
     言いかけた僕に、夏油が悲しそうに視線を伏せたのに思わず言葉を止めた。すると夏油は苦笑する。
    「素直だね。私と大違いだ。……きちんと、まともに育てられたんだね」
     何かを思うような夏油に、僕は言葉が見つからずに、立ちすくんだ。呪術師に、身内には優しいのだろうとも想像がついた。でも、だとしても、行かないって言わなきゃ。
    「僕、は」
     自分でも何を言うか決めてないまま開いてしまった口が、余計な言葉を放つ前に、その声はした。
    「すぐる」
     はっと二人で振り返った先で、サングラスを外した悟が、恐ろしい目つきで、夏油を睨み据えていた。
    「その子から離れろ」
     低い声音に、心臓が大きく打ち始める。初めてみる怒っている悟の気配に驚いて後ずさらないまでもちょっと後ろに傾くと、とん、とリュック越しに夏油の足が当たる。背後から肩に手を置かれて、僕は目を見開いた。いつの間にこんな近づかれていたのか分からなかった。手を跳ね除けようとして、夏油の腕から蛇のような呪霊がするすると降りてきたのを横目に動けなくなる。
    「優!」
    「名前が同じなのは面白いね。私が心配されているみたいだ」
     歯を噛み締める悟に、悟の足手纏いになってしまったことを理解して僕は震えそうになるのを抑える。律守を出せば逃げ出せるかも知れない。
    「優」
     声音で僕が呼ばれているのだと分かって、泣きそうになりながら悟を見やると、悟は笑んでくれた。
    「大丈夫。すぐに助ける」
    「助ける? 君の元にいる方がこの子にとって地獄かも知れないよ」
    「優はお前にはならない」
     真っ直ぐに貫くような悟の声に、夏油が言葉を探したのが分かった。
    「どうかな。君は知らないんだ。呪霊の味を。でもこの子はもう知ってる」
    「何?」
     目を見張る悟に、言ってない取り込んだ呪霊のこと思い返してどきりとする。見透かされている。同じ術式を持つから分かるのだろうか。僕には夏油のことは何も分からないのに。
    「その様子だと知らないみたいだね。親失格なんじゃないか?」
    「どの口が……っ!」
     吠えるような悟は、そのまま何か言いかけてはっと僕を見る。口をつぐんだ悟に、どうしたのだろうと心配になると、頭上で夏油が笑ったのが分かった。
    「……悪態をつかないなんて、よほどこの子が可愛いのか。驚いたな」
    「うるせぇな。手を離せ。お前に気安く触る権利なんてねぇんだよ」
    「口が悪くなってるぞ悟」
     苛立っていく悟に息が詰まりそうで、僕は口を開いた。
    「僕は」
     はっと二人が僕に視線を向けるのに、僕は俯く。
    「僕は、呪詛師にはならない。……だから帰って」
     肩に蛇の呪霊が乗ったままだけど、夏油の手が離れていくのが分かった。その温度を辿って思わず振り向いてしまう。すると表情のなかった夏油は僕を見下ろして苦笑した。
    「本当に私と似てないな」
    「似てたまるか。振られたんだ。さっさと帰れ。今なら見逃してやる」
    「優」
     名前を呼ばれて夏油はしゃがむと僕と目を合わせる。
    「その呪霊は君にあげるよ。うまく使うといい」
     それから僕にだけ聞こえる声で夏油は言う。
    「その呪霊は困った時は私の元まで案内してくれるから」
     目を見張る僕に、蛇を肩に乗せたまま、夏油は元きた建物の影に去っていく。そこから飛び立った翼のある呪霊の姿に、おそらく乗っているのだろうと思いながら影を見送った。
    「優」
     駆け寄ってきた悟に痛いくらいに抱きしめられて、僕は泣きそうになった。
    「ごめん。悟」
    「なんで謝るの」
     気のせいだろうけど、動揺しているせいで悟まで心細そうな声に聞こえるなんて思いながら、悟を抱きしめ返した。
    「呪霊がいるなって、追いかけたら、さっきの人が……」
    「……いい。…………無事で良かった」
     安堵の息を吐き出す悟に、僕は申し訳ない気持ちでいっぱいになった。
    「でも」
     顔を離してから悟は言う。
    「君が僕に黙っていたことに関しては、洗いざらい離したあと説教だからね。あと傑と何を話したかも」
    「えっ」
     説教。と言う単語に目を瞬くと、僕はほっとして思わず笑みが浮かぶ。
    「……嬉しいの? 説教」
    「……悟がまだ僕のこと心配してくれるんだって分かってほっとした」
     さっきの夏油に対して強く拒絶できなかったことに、罪悪感を抱いている自分がいる。
    「……複雑なのは分かってるよ」
     優しい声で悟は言う。
    「でも、君の親は僕だからね」
    「うん」
     頷くともう一度抱きしめられる。それから悟はため息をついた。
    「そういや買ってきたやつ、冷めちゃったかも。親子デートに割り込んでくるとかマジそういうとこ」
     親子デート、と言う言葉にちょっと嬉しくなりながら、表情に出さずに僕は言う。
    「食べられるから大丈夫。宣言通りいっぱい買ってきたんでしょ?」
    「まあファーストフードって冷たくても食べられなくはないしね。くるときにソフトクリームの店もあったから寄ってから行こうよ」
    「……それでお腹いっぱいにならない?」
     なんか結構いい大きさだった気が、と言いながら、僕は肩に乗ってる呪霊を掴んだ。おとなしい呪霊はそのままだらんと垂れ下がる。
    「……取り込むの?」
    「……吐いちゃうかも……」
    「いいよ。さすっててあげる」
     悟の言葉に勇気をもらって、術式で丸くなった呪霊を口に頬張るように詰め込むと、ためらわないように思い切り飲み込む。
    「………………」
    「……ぅ」
     ちょっと口元を押さえたのと、涙目になっただけで済んだ僕に、悟は頭を撫でてくれた。
    「無理しなくて良いのに。正直だいぶ癪」
     そう言いながら止めなかったのは、夏油が僕に害のある呪霊を押し付けないだろうという推測があるからだろう。僕の力になるだろうからと、悟は止めなかったのだと思った。
    「……一人でも大丈夫になりたいし……」
    「そうだね。力は必要だ」
     手を取られて繋がれたのにびっくりして悟を見上げる。
    「すぐどっか行っちゃうから、離したいって言われても聞かないからね」
     頷いてぎゅ、と握り返す。
     見捨てられなくて良かった、と言う思いと、多分あの呪霊が夏油への道を知っていることは、悟には言えないだろう、なんて、僕は思った。
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