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    「無下限の摂理」 完
    自分のエゴと愛に膝を折る最強の話。

    私が雪璃に会おうと思い立ったのは、非術師のことを考えていた時だ。答えの出ない思考に悩んでいる中で、彼と非術師が結びつかない自分の都合の良さに失笑しながら、連絡を取ると二つ返事で誘いに乗ってきた。
    カラオケにでも行く?と珍しい提案に乗って、雪璃の行きつけらしいカラオケで待ち合わせる。先に着いたので店先で待っていると、向かってくる雪璃をすぐに見つけた。
    「や。久しぶり」
    「……傑」
    久しぶりに会った雪璃は、私を見ると驚いた顔をして、それから慌てたように近寄ってきた。
    「具合悪い?」
    思いがけず問い詰めるような様子に驚く。
    「え?どうして?」
    「体重落ちたんじゃない?」
    そんなに会っているわけじゃないのに、よく気づいたな、と感心する。
    「そこで痩せた?って言い方しないところ、気遣いあるね。悟にも見習わせたいよ」
    クラスでも好かれてそう、と言った私に、茶化しに乗らずに雪璃は真剣な目で私を見ていた。
    「……ちょっと、任務がきつくてね」
    夏バテと誤魔化せれば良かったけど、その時期にはまだ早い。
    「分かった。中で話そうよ」
    そう誘って慣れた様子で手続きをして、雪璃は先を歩いて行く。その後をついていきながら、無防備なその背に思うところがあった。
    防音のドアを開いて中に入り、向かい合わせで座る。
    「……未来視って」
    「……傑の未来を教えることは出来ないよ」
    分かっているからこそのような、そんな返事が返ってきて私は苦笑する。
    「だよね。無理に聞き出したら悟が黙ってないだろうし」
    「何か悩んでるんだ?」
    そう問いかけられるのも、未来を知っているなら茶番のようにも感じる。でも素直に話そうと思うのは、彼の人となりを知って、信頼しているからだ。
    「……非術師がみんな君のようだったらいいのに」
    「呪術師の人にそう言ってもらえるのは、本当に嬉しいよ。……俺は何も出来ないから」
    「そんなことないさ」
    自然とそんな言葉が出てくるのにほっとした。彼に対してもわだかまりを持つようなら、もう終わりだと思っていた。何が終わりなのかなんて、考えたくもないが。
    少しだけ笑みが浮かんで、少しだけ強ばりがとける気がした。
    「君の存在は少なからず悟を救ってるよ」
    悟の言葉に物憂げな笑みを浮かべた雪璃は、何も言わなかった。何かあったのだろうとは察したが、踏み込まないことにする。今日は悟は呼んでいないし、非術師の彼と話をしにきている。
    「雪璃は、例えば私が、決して褒められない道を選んだとして、引き止めるか?」
    抱いてしまった二つの選択肢。その間に私はいた。雪璃はすぐに口を開く。
    「引き止めないよ」
    どこか乾いた感情の笑みを浮かべかけた私に、雪璃は続けた。
    「俺は傑の選択を否定しない」
    思っていたのと違う引き止めない、の理由だった。目を見張って雪璃を見やる。
    「例え俺と違う道でも、ちゃんと受け入れる。友達だからね」
    友達、の言葉が妙に眩しく、苦笑する。
    「どんな道でも?」
    「どんな道でも」
    平然と頷く雪璃に、私は行儀悪くも膝に肘をのせ頬杖をついた。
    「例えばいま私が君を殺しても?」
    「今、君が俺を殺しても。……なるべく苦しまないようにしてほしい」
    真剣な表情で言った彼の言葉に言葉を失っていると、一拍置いて、ふ、と笑ったのに揶揄われたのだと気づいて目をすがめた。
    「まったく、雪璃にからかわれるようじゃ私も終わりだね」
    「どういう意味?」
    「そのままさ。でも分かったよ。非術師がみんな君のようじゃないから、仕方ないな」
    雪璃は黙って相槌を打たない。でも私から視線を逸らすこともなかった。
    「近々また会いにくるよ」
    「分かった。…………傑」
    「ん?」
    「次はマックにしようよ。バーガー5つくらい奢るから」
    体重を戻せと言わんばかりのそんな言葉に笑ってしまった。

    2ヶ月の時間を経て、私は選択したら真っ先に会いに行こうと思っていた雪璃に連絡を入れると、行く場所は任せるというので、マックにした。
    トレーを持ってお互い向かい合う。雪璃はいつも通りで、私の何をも知らないと言う顔をしていた。久しぶりの挨拶を交わした雪璃に問いかける。
    「悟とは会ってないのか?」
    「会ってないよ。向こうから連絡がないと会わないことにしてるから。忙しいんでしょ、三人とも。あ、でも家入とは結構電話したりしてる」
    「へえ」
    硝子には圧されていたように見えたが、案外話が合うのかも知れない。
    「……まだ体重戻らないんだね」
    「多分これから戻るよ」
    「それなら良いんだけど」
    心配する声音は本当にもので、本当にやりにくいと思う。今更躊躇いなどないのだけど、友人であることは確かだ。
    「死に戻りはまだ続いてるのか?」
    雪璃はコーラを飲む手を止めた。
    「傑も知ってたんだ」
    「悟に教えてもらったんだ。解呪は出来そうか?」
    なんでもないように問いかける。問いかける意図がバレていようと、こういう態度は大事だ。雪璃はやはり分かっていると言わんばかりに苦笑する。
    「出来たとしても、しないよ。俺にはこれしか出来ないから」
    思った通りの返事に、私はずっと思っていたことを告げた。
    「他にもっと辛い人間がいるからって、辛いことを我慢する必要なんてない」
    私の言葉に目を見張る雪璃は、思った以上に私の言葉が響いたようだった。
    辛い思いをしているのは簡単に想像がつく。だからこそそこを突くような言葉だと分かっていて言ったが、この様子だと悟と何かあったのかも知れないと勘繰った。少し黙ってから、雪璃は案の定、首を横に振る。
    「傑の説得は聞けない。殺されるわけにはいかないんだ」
    「でもどちらにせよ条件があるだろ?私がそれを解呪すれば君は死ぬ」
    「呪いに関係していると思ってるんだね」
    「そうでないと説明がつかないし、実は悟が色々と動いていたのを知ってる。君に関することのはずだ」
    「悟が?」
    動揺した様子の雪璃に、私はにこりと笑ってみせる。
    「悟はきっと君の死に戻りを解呪するよ」
    未来視と死に戻りの力がどれほどの範囲で行われるのかは分からない。だが、彼には救われたことがある。だから、一度で殺そうと思っていた。何度も殺して確かめるのは、憐れだ。そのためには解呪する必要がある。
    「…………そうなのかな」
    不安げな声音は、それでも意思を曲げそうにはなかった。らしいことだと平凡な感性の中の、逸脱した精神性を面白く思う。彼が呪術師だったら、良い呪術師になっただろうと残念に思う。
    「友人が自分のために何度も死んでいるなんて、呪術師なら許容しない。私もね」
    「そうかもね」
    私の選択を否定しない、と言った言葉の通り、呪術師と言い切った私に雪璃はそう答える。密かに放った呪霊が隙間を開けて雪璃の首に絡みついているのを眺めた。
    「…………俺が傑に望むのはこの前言った通りだよ」
    「優しくするさ。恩がある」
    すると雪璃は笑った。
    「本当にそう思ってくれてたんだ。そう言ってくれるのが、誰でもなく傑であることが嬉しいよ」
    それから雪璃は呟くように言う。
    「帰ったほうがいい。些細な未来なら変更出来るけど、悟が多分来るよ」
    「分かった。また会いに来るよ」
    「うん」
    立ち上がる。ちょっとした嫌がらせをしていくことにした。


    「っ雪璃……!」
    死に際によく聞くような声がして目が覚める。また悲しませたのかな、なんて思いながら目を開けた。必死の形相の悟が俺を見下ろしているのに、首が痛くて呼吸が苦しくて、死にかけてるのかと混乱する。咳き込む俺を悟は抱き上げる。
    「何があった?!」
    問いかけられて、ようやくここがマックであることがわかった。救急車を呼びますか?とおろおろと問いかけている店員に構わず、悟は俺の首に触れる。
    「ちょっと、痛いし呼吸が変だけど大丈夫そうだよ」
    少なくとも死に至るものじゃない。
    「傑の残穢が残ってる。何をされた?」
    俺の顔を覗き込む悟は、どんなことも見逃さないとでもいうような目をしていた。サングラスはしてないようだ。
    「……何もされてない。少し話しただけだ」
    「ッ隠すんじゃねぇ!」
    「隠してない。……多分、嫌がらせだよ。気絶する前、楽しそうに笑ってたし」
    「あいつ……っ!」
    ぎりり、と歯を噛み締めるようにした悟の手に僅かに力がこもる。俺は大丈夫だと起き上がり、店員にも大丈夫だと手を振った。それでも心配そうに店員が居てくれるのに、もうここには来れないな、と思う。
    「悪い、雪璃……」
    「え?」
    らしくない悔いるような声に俺は悟の顔を見る。
    「俺の、」
    「傑は俺の友達だから。……悟のせいじゃない」
    それは確かな話だ。きっかけは悟が絡んでいるとしても、その後繋がりを持ったのは俺の意思だった。どうなるかなんて知っていた。
    「でも、」
    なおも何か言おうと口を開く悟に、俺は微笑む。
    「ここを出よう。悟。迷惑だから」
    大人しく立ち上がった悟に同じく立ち上がり、周囲に集まってた人に頭を下げながら、マックを出る。
    「とりあえず俺の家でいい?」
    「ああ」
    そのまま黙り込んでしまった悟に、仕方ない幼馴染だな、なんて、妙に穏やかな気持ちで隣を歩く。友達みたいだな、なんて思った。悟が動揺するほど落ち着くらしい。しっかりしなきゃとでも思っているのだろうか、なんて自分が少しおかしかった。
    同じ学校の友達は呼んだことがあるけど、呪術高専の人は初めてだ。悟が来ることになるなんて思いもしなかった。自分の未来が見えないのを、初めて不安に思う。
    「悟からみれば本当に狭いと思うけど」
    玄関のドアを開いて中に招き入れる。入ってドアが閉まり、そのまま悟が足を止めたのに振り返る。
    青い目と目が合った。
    真顔で覚悟を決めた表情に驚いた俺は、伸ばされた手が額に触れるのに目を見張る。
    「さと、」
    不意に目の前が真っ暗になって体から力が抜ける。抱き止める悟の腕の感触がして、それきり何もわからなくなった。



    幼いころの記憶はいつだって鮮明だった。
    雪璃といるとなんでも楽しかった。俺に遠慮をしない、そして五条家にとっての普通を知らず、本当に普通の子供だった雪璃の存在は、俺をずっと呪術師としての意義の下に踏みとどまらせている。
    雪璃のおかげで人と関わることを苦に思わなかった。
    傑と意気投合出来たのも、雪璃のおかげだ。
    雪璃の。
    謝る言葉なんて出なかった。
    謝って雪璃のこれまでの苦痛が癒やされるのなら何度だって謝ったっていい。何を言われても、どんな目に合ったっていい。
    でも雪璃がそんなことを望まないのはいやというほど分かっていた。
    今だってそうだ。何も警戒しないで、俺が何も言わずに解呪することないだろうなんて信頼でもしてるように背を向けた。
    雪璃のこれ以上の死に戻りを防ぐことは出来る。
    解呪の方法は、おそらく考えたもので合っているはずだ。
    玄関から運び、ベッドに寝かせた雪璃を見下ろす。
    息をするのと同じように、簡単な呪力の行使で雪璃の呪力に干渉し、仮死状態へと導いた。自分でやっていることなのに呼吸がほとんどなくなるのに気が狂いそうだった。何度も見た死に様が脳裏をよぎるのを振り払い、勝手に込み上げる感情を抑えずにいると、雪璃の血管に沿うように、全身に変若水の術式が満ちたのが分かった。
    それを解こうとして、体に触れた瞬間、傑の残穢を感じて手を止める。
    呪霊で首を絞めた時の名残だ。まだ残っていた。

    ふと気づく。
    どうして傑は雪璃を殺さなかった?
    両親すら手にかけて、家族も特別扱いをしないと言ったのは傑だ。なのになぜ雪璃を見逃したかといえば、それは雪璃が死に戻ることを知っているからだ。傑は雪璃が死に戻る条件を知らない。俺の感情がもう一つのトリガーだと知らないだろう。だから、殺さなかった。
    「…………………」
    つまり、解呪をしたと傑が知れば、雪璃は殺される。
    雪璃に触れようとした手が震えた。
    縛りは縛りだ。俺を庇わなくても発動しようと思えば雪璃は死に戻れるだろう。その結果何が起ころうと、死なずに済む可能性はある。
    だが、解呪をしてしまったら──。
    「雪璃」
    呼んでも返事はない。俺が命を握っていることを急に実感した。何も疑ってない雪璃。きっと傑のことだって否定しなかっただろう。
    「傑」
    失ったばかりの親友の名前を呼んだ声は声にならなかった。
    傑を失って、雪璃まで失うのか?

    ────無理だ。

    ぱたりと手を下ろす。
    昇華するには大きすぎる感情で唇が震えていた。
    何度か手を上げようとして、触ろうとして、解呪しようとして、でも手は上がらない。
    「……ッ」
    ベッドのふちに両腕を置いてシーツを握りしめて顔を埋める。
    謝る言葉なんて口にできなかった。涙も出ない。
    あんなに怒っておいて、あんなに否定しておいて、俺はこれから雪璃と同じことをしようとしている。

    雪璃が俺を生かそうとするように、俺も雪璃の死に戻りがどんな苦痛をもたらそうと、解呪はしない。

    手を伸ばして仮死状態を解除すると、深く息を吸った雪璃がゆっくりと目を開けた。呼吸をしている胸の動きにひどくほっとした。
    「……悟?」
    呼びかける雪璃に、ベッドのそばに座り込んで、視線の高さが近くなった雪璃と目を合わせる。
    「やっぱり」
    「ん?」
    寝たままの雪璃は穏やかな顔をしていて、言うのに躊躇いを覚えそうになるのを堪えた。
    「お前の命、俺が貰うわ」
    目を見張った後、雪璃は目を細めて苦笑した。
    「あんなに怒ったのに」
    そう言う声は責めてなんてなかった。
    「俺に黙って何もかもするのが気にくわねぇんだよ」
    声が震えているのが誤魔化せない。膝を折ったことを雪璃は責めない。そりゃそうだ。解呪は俺のエゴで、これも俺のエゴだ。
    「もう死なない。もう最強になったから。だからお前も死なない」
    「うん」
    頷いて雪璃は笑う。その顔に驚いてまじまじと見返すと、雪璃は言った。
    「俺、悟と会ったときに、悟がすごく詰まらなそうな顔してたの、よく覚えてるよ」
    「はあ?突然なんの話だよ」
    なるべくいつも通りの俺を装うと、雪璃は気付いた様子もなく続ける。
    「名前を呼んだ時、悟が嬉しそうに笑ったでしょ。その時に、悟の未来がずっと先まで見えたんだ。その時、俺のこの目は、摂理なんだって思った」
    雪璃は笑う。
    「悟、最強ならずっと不敵に笑っててよ。……知り合いじゃなくても、ずっと見てるし、そばにいるから」
    なんの気負いもなく、自然にそう笑っている雪璃にベッドの縁に両腕を置くと、笑ってみせた。
    「たった一人の幼馴染がそう言うなら」
    それくらいは、叶えてやれる。命をもらってただ一つももう落とさない。


    それからずっと、僕には知り合いじゃない幼馴染が、いる。
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