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    呉葉さんとの合同誌。「恋俉い」
    夏油と一瀬の話。

    夏の繁忙期が訪れるたびに、体重が落ちてしまうのを今まで誰かに話したことがない。夏油は今日も食欲がないことと、誰も見ていないことをいいことに適当にゼリー飲料で昼食を済ませようと立ち上がる。職員室に置いてある小さな冷蔵庫を開け、取り出したところで手首をつかまれてぎょっとした。
    「傑君」
     立っていたのは一瀬で、夏油は気配がなかったと思いながら嘆息して見せる。
    「先生って呼びなさい。一瀬」
    「傑君、もしかしてそれを昼食にするつもり?」
     夏油の注意も聞かず、真剣な表情で夏油を見据える一瀬に、いつもの微笑が浮かんでいないことに、見つからない方が良い相手に見つかったと夏油は察する。もともと彼は周囲をよく見ている人間だが、あまり口を出さない印象だったから意外だった。
    「違うよ。少し糖分を補給しようと思っただけ」
    「8月に入ってから体重どれくらい落ちてる?」
    「…………一瀬」
    「色って呼んで。傑君」
     生徒としてではなく、恋人として心配しているのだと遠回しに言う一瀬に、夏油は内心をうかがわせない笑みを浮かべる。
    「真似っ子かい?案外可愛い所もあるんだね」
     余裕の表情を見せながら、夏油は冷蔵庫を閉めると寄りかかり、ゼリーの口を開ける。くわえた夏油を、一瀬はじっと見つめた。五条の瞳もそうだが、一瀬の瞳も呪術的に特殊なものだ。基本的に逃れる術はないが、理解っていれば思考で対処をすることは出来る。紫色の瞳は、人の瞳としては見慣れない色であるせいか、どうにも人じゃない何かのように感じてしまうこともある。その感覚が夏油は苦手だった。昔、一度、親友を裏切りかけたあの時にも感じていた、置いていかれるような感覚に陥るからだ。この一瀬色という青年は、五条と同じ呪術師になるべくして生まれてきたことは、呪術界の人間ならだれでも知っている。偽世の邪眼を持ち、七逢瀬一族が持つすべての式神を従えた男は、いずれ五条の隣に立つ男だとも夏油は思っている。
     特級呪霊の供物として死ぬはずだった一瀬の救助作戦に参加した際に、一瀬に見染められたらしい。大きい犬(わんこ)のに好かれているような感覚でまとわりつかれ、素直で熱のある告白をさんざんされて、今では一回り以上の下のこの青年が恋人だ。基本的に常識的な感覚が強いと自覚のある夏油が、付き合っていても年齢差を苦に感じないのは、一瀬がすでに様々な経験を経ており、宥めるべき幼さを感じ取れないからだろう。夏油が意識して大人になってやる必要もない。子供らしさを感じることはあるが、それはかわいらしいもので、素直じゃない人間ばかりが揃う呪術高専で、一瀬に素直に慈しまれ、愛を囁かれるのは、悪くなかった。
     遊び慣れた態度に思うところもあるが、別に夏油だって遊んでいなかったわけじゃない。だから、一瀬と始めた恋人関係は、警戒していたほどの弊害はなく、思っていた以上に心地よかった。
    「……傑君」
     優しい声で自分を呼んだ一瀬は、いつも通りスキンシップを図ってくるかと思えば、そのまま職員室のドアに歩いて行ってしまう。
    「一瀬?」
     呼びかけると一瀬は振り返る。
    「多分今夜は帰れないから、顔だけ見に来たんだ。またね、傑君」
     え。と目を丸くした夏油が呼び止める前に、一瀬はあっさりと出て行ってしまった。その任務の話は聞いていないから、恐らく五条からのものだろう。一瀬は若干17歳にして一級術師だ。任務も危険なものが多い。顔を見に来たなんてかわいらしい言い方をするが、一瀬がそうしているのは別れの挨拶でもあることに、ここ最近夏油は気づいていた。もともと去年に死ぬことが定められていた生徒だ。人は簡単に死ぬことを良く知っている。彼は強い。それは十分知っている。信頼している。たやすく死ぬ男じゃないと思っている。だが、こういう時にどうしようもなく心配になるのだ。生徒だからか、恋人だからか、判然としない不安感を振り払い、夏油は食欲が戻らないまま仕事に集中することにした。

     帰ってこない。それどころか、任務完了の連絡もない。
     深夜2時を回っても、来ない連絡に夏油は職員室でただじっと帰りを待っていた。そこまでの心配はしていないが、けがをして帰ってきているかもしれないと思う。その場合は硝子を起こさないと、と思いながら、一瀬の連絡があるまで帰る気にならない自分に呆れながらも、夏油はやはり心残りがあると自分を顧みた。
     名前。そう、名前だ。体の関係は彼が高専を卒業してからだと一瀬に言い含めてある。不服相にするかと思えば、一瀬はあっさりと頷いた。
    「分かった。傑君を大事にしたいから、そうする」
     気遣っているのはこちらだが、と思いながらも、キスこそ強請ってくるが手を出そうとはしない一瀬の、あっさりとした執着も気になっていた。男同士だから少なからず興奮の気配に敏感のはずだ。それなのにそんな気配を感じない。好きだというのは、ただの親愛じゃないかなんて思う。
    「惚れてるのはどっちだから分からないね」
     呆れた声音で自分に言い、夏油はそして廊下を歩く足音が聞こえたのに顔を上げた。足音は近づいてきて、それからドアを開ける。入ってきたのは一瀬で、その頬に赤黒い汚れが、
    「色!」
     駆け出してその頬に手を当てる。
    「怪我して、」
     きょとん、と綺麗な紫色が夏油を見返すのに、夏油も目を瞬く。
     よくよく見た汚れは土のようだった。服も払った様子はあるが、珍しくあちこちに泥がついている。
    「……びっくりさせないでくれ」
    「ごめんね傑君」
     思ったよりもしゅんとした一瀬に、自分の慌て方が大げさだったことを少し恥ずかしく思いながら、夏油は頬の汚れをぬぐってやる。大人しくされるがままになっている一瀬に、夏油は問いかけた。
    「任務報告を聞いてないけど?」
    「携帯が壊れちゃって。……心配させちゃったみたいだね」
     しょげたままの様子の一瀬に、犬……、と思いながら夏油はいや、と首を横に振る。
    「仕事が終わらなくてね。君の報告をついでに待ってただけさ。君も直帰して良かったのに。疲れてるだろ?」
    「電気ついてたから傑君がまだいるかもって思って」
     綺麗になったのに夏油に引っ付く一瀬は、夏油と同じくらいの身長がある。だが今日は安堵していて適当にあしらう気にはならなかった。
    「よく頑張ったね。色」
     嬉しそうに笑う一瀬が本当に嬉しそうなのに、夏油はそこでハッとした。いつの間にか名前を呼んでしまっている。心残りは名前を呼んでやらなかったことだと思ったから、無意識に呼んでしまったらしい。何にせよ戻ってきたのでいらぬ心配だったが、それでも一瀬のことで後悔はしたくなかった。
    「ありがとう。傑君」
     いつもならここで抱きしめてくるはずなのに、距離を保ったままの一瀬を見返すと、視線の意味を理解したらしい一瀬が蠱惑的にほほ笑む。
    「駄目だよ傑君。今俺、興奮してるから。抱きしめたら食べたくなっちゃうでしょ」
     思いがけない欲情を示す台詞に目を丸くして、それから夏油は掌で顔を覆う。
     嬉しい、と思った自分の惚れ具合と、自分でも受けたあと一年半の期間が長すぎるような気がしてしまうが、気を引き締めた。
    「送っていくから、シャワーを浴びて寝なさい」
    「うん」
     そんな返事のように素直な良い子だけじゃないことを知っていながらも、夏油は今夜は騙されてやることにしたのだった。
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