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    ヤの夏×バーテンダー夢主。
    のまれる2話。「フォーリンエンジェル」

    ##夢術廻戦
    ##男主

    「や、こんばんは」
    チンピラの事件から一週間後、来店したあの男がそう声をかけてきたのに、俺は目を見張ってから、微笑むと男に近づく。
    「いらっしゃいませ。また来ていただいたんですね」
    「そう約束したからね」
    約束のつもりはなかったが、律儀な性格らしい。
    あれから、チンピラたちは姿をあらわしていない。本当にこの人が何かしたんじゃないだろうな、と一瞬疑って、普通の人間にそんな真似が出来るわけないかと、思考を振り払った。
    「今日は混んでるようだね。君を独り占めするわけにはいかなさそうだ」
    「ご贔屓にしていただいて嬉しいです。カウンターへのご案内でよろしいでしょうか」
    「もちろん。今日は他のバーテンダーも居るんだね。でも差し支えなければ君にシェイカーを握ってほしいけど、良いかい?」
    「かしこまりました」
    前回のいっぱいで口留めになっているはずとはいえ、どうにも立場が弱い。承諾して俺は、珍しくバーテンダーとして入ってるオーナーの横を通り過ぎる。
    「気をつけろ」
    そう囁かれて足を止めた。
    「カタギじゃねえ」
    「え?」
    オーナーがそう判断するなら本当だろう。前回のいくつかの台詞の理由も納得できる。足を止めたままの俺に、オーナーは続ける。
    「何やってんだ。バーテンダーなら動揺を顔に出すな。客を楽しませろ」
    「いや動揺するようなことを言ったのオーナーですからね」
    言いながらも感謝をする。気付かずに愛想良く振舞っていただろう。とはいえちゃんと営業用の態度はとるし、サービスも惜しまないつもりだ。上品な楽しい時間をお客様に。この店のモットーだ。
    他の客も丁寧に相手をしながら、男の元に戻ってくる。
    「このハイボールというのはシンプルだけどなにかあるのかい?」
    「ええ、オーナーおすすめの銘柄のウイスキーとソーダ、それからレモンを香りづけに使っています。ひと手間かけるのでおいしいですよ」
    「ではそれを」
    「かしこまりました」
    ボトルのラベルを見せてから作り始める。テンポよく、見る人を楽しませるように。
    長めのグラスを選び、氷を入れてかき混ぜ冷やす。新しい氷を入れてウイスキーを氷にかけて注ぐ。氷の表面を滑らかに。どれも炭酸が抜けにくくなり、長く楽しめる工夫だ。レモン汁を入れるときは、グラスの下、テーブルに着くくらいに下げた指先からしぶきを上げさせ、油分を入れずに香り付けする。その間ずっと男は楽し気に俺を見つめていた。カクテルを作ってるときに見られることには慣れているが、少し熱のある視線に思える。勘違いだろうが。
    グラスをぬぐい、彼の前へ。
    綺麗な指がグラスを取り、唇へ。反応を待つと、彼は微笑んだ。
    「うん、良い香りだ。美味しいね」
    「ありがとうございます」
    会釈して誉め言葉を受け取り、俺は自然にこの場を離れようとすると、会話が続く。
    「さっき話していた人は君の上司かい?」
    「はい。オーナーです」
    「そう」
    何か考えるようにした彼が気になりつつ、あまり深入りしない方が良いと俺はその場を離れる。ほかの客の相手をしている間、男からの視線をずっと感じていた。思い切って顔を上げ、男の方を見ると、目が合っても慌てる様子もなく微笑まれる。余裕のある態度、食えない印象を受ける。駆け引きを仕掛けられているようだ。
    あまり放置するわけにもいかずに戻ってくると、頬杖をついた男の手元には違うカクテルがある。オーナーが出したのだろう。
    ウイスキーのようだった。それほど時間が経ってない上にその減り方でも顔色が変わってない。相当強いな、と思いながら、まだ持ちそうだと別の客の様子を見に行こうとすると呼び止められた。
    「バーテンダーさん」
    「はい」
    素直に男の前に行くと、男は頬杖をついた。
    「ウイスキーにおすすめのつまみをくれないか」
    「異色ですが、甘くない燻製チョコレートを用意しておりますがいかがですか。香りが喧嘩せずどちらも引き立つと思います」
    「ではそれを」
    ナッツをサービスに黙って皿に盛り付け、男のグラスの近くへ差し出しておく。
    「ありがとう。……ああ、なるほど。こちらも良い香りだ」
    「珈琲とも合うんですよ。と言っても、お客様なら色々と上質なものを食べていらっしゃいそうですが」
    「そう見えるかい?」
    「ええ」
    素直な話をすると、男は笑う。
    「それは嬉しいな。気取ってる甲斐があるよ」
    言い方に思わず男を見やる。冗談や謙遜だとしても、意外だった。
    「気取ってるんですか?」
    「そうだよ。気に入ってる人に気になってもらいたいからね」
    そうじっと見つめられて口にされた言葉に、返す言葉を思いつかずに間を開けてしまった俺は、オーナーの呼び声に振り返る。見ればキャッシャーの前で客が待っていて、俺は失礼しますと頭を下げ、お会計をしにカウンターを出る。お会計の間、ちらりと男の方を見やれば、オーナーと何かを話しているようだった。
    カウンター内に戻り、洗い物やグラスを片付け始めると、男に呼ばれる。
    「はい」
    「フォーリンエンジェルを」
    「かしこまりました」
    ウイスキーからの突然のジンべースカクテルに、前回のカクテルと引き続き意味深さを感じてしまう。
    顔には出さず、何も言わずに丁寧に作って出すと、男は言った。
    「オーナーに何か言われた?」
    「え?」
    「今日はつれないね。それとも私が君に構いすぎかな」
    「い、え。そんなことはありません」
    動揺しながらも言い切った俺に、揶揄うように男の唇に笑みが浮かぶ。それからカクテルグラスに口をつけて、男は言った。
    「うん。やっぱり気に入ったよ」
    それはどういう意味だときちんと問いかけようにも、頭の中で警鐘が鳴り響き始めていた。男に呑まれるような感覚に抗って、俺は負けじと微笑む。
    「ええ。美味しいカクテルですよね」
    「君の腕がいいんだね」
    「恐縮です」
    話をずらした俺に男は乗ってくる。すました顔でそう返した俺をじっと見つめていた男は、そから黙ってカクテルを飲んでしまうと、結局頬に赤みひとつ見せなかった。
    「今日は帰るよ」
    「ありがとうございます」
    別れに何か言われるかと思えば、何も言わずにお会計をして、男は帰っていった。
    その背を見送りながら、客もいなくなったバー内の掃除を始めた俺に、オーナーが寄ってくる。
    「厄介なのに気に入られたな」
    「そうですね……」
    「お前は母親に似て美人だからな。仕草も人を引き付ける。いいバーテンダーになったと思うよ」
    突然のオーナーからの誉め言葉に、一瞬で舞い上がりそうなくらい喜んだ俺は、すぐにそれが釘刺しでもあると気付く。中々人をほめないオーナーの珍しい誉め言葉がこのタイミングなのが中々に切ない。とはいえ、行っていることは分かっている。
    「経験あるだろ。好かれすぎるな。お前は他人を執着させるタイプだ」
    「……はい。気を付けます」
    学生時代に色々と面倒な人間関係に陥ったこともあり、気を付けないと鳴らないのは自覚していた。過保護な人ではないが、面倒見のいいオーナーの、俺を気遣った忠告と警告をありがたく思いながらも、俺は男の顔を思い出す。
    綺麗な顔。長い黒髪には色気がある。しっかりした体躯をいつも黒系統の服覆い、不思議な雰囲気を持ったあの人は、すれ違う人間を振り返らせていそうだ。
    名前も知らない、と思ってから、知らなくていいのだと思いなおす。
    出来ればもう来ないでくれと思う心は、真っ当な拒絶なのか、それとも足を踏み外す恐怖なのか、自分でも分からなかった。
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