返そうと思った言葉は潮風がさらって行った あついあつい夏休み、俺たち演劇部は次の公演の準備をしていた。
「北斗くんは仕事の都合で午後から参加するようです。」
部長はスマホを見ながらそう言った。
午後まで北斗先輩に会えないのか。
「そろそろいい時間ですし、休憩にしましょう。友也くん、買い出しに付き合ってくれませんか?」
「え、それなら俺行ってきますよ。こういうのって後輩の仕事でしょ?」
「いいんですよ。ほらほら、行きますよ。」
半ば強引に部室から押し出されて先輩の後ろを歩く。校舎を出て、校門を抜けて、海沿いの道に出た。
「どこに行くんだよー。」
前を歩く部長に尋ねると
「フフフ、秘密です...⭐︎」
怪しい笑みを浮かべて振り返るだけだった。
潮風が前髪をくすぐり、目の前の長い髪を踊らす。時々、海の匂いに混じって薔薇のような匂いがする。部長の髪の匂いだろうか。
ドキドキしてくらくらする。妙な気分になったので、これは熱中症だということにした。
「友也くん、着きました。」
そこはコンビニだった。
店内に入ると、じっとりとした汗がスーッと冷えていく。部長は早々に店の奥に行ってしまったので俺はアイスコーナーで涼むことにした。
「お待たせしました。」
「わっ!びっくりした...。驚かすなよ〜!」
スポーツドリンクを片手に持った部長が隣に立つ。
「アイスも買って帰りましょうかねぇ〜。友也くん、どれにします?」
「いいんですか?あ、さては裏があるな?また俺に女装させようとして...」
「違いますけど、あなたそんなに女装したいんですか?それなら...」
「あーあー!じゃあこのアイスでお願いします‼︎」
「わかりました。ではお会計してくるので待っていてくださいね。」
ひょい、と俺の手からアイスを取り上げるとレジへ行ってしまった。部長はアイス食べないのか。まあ、あの人が何か食べてるところ見たことないけど。
今日の部長は優しすぎてなんだか変だ。無駄に茶化してくることも騒がしくすることもない。逆にこっちがふざけてしまうくらいに、調子が狂う。
二人並んでコンビニを出る。
...あ、
「ていうか、アイスとスポーツドリンクだったら購買に売ってるじゃん。」
なんでわざわざ外に出たんだよ。
先を歩いていた部長が立ち止まり、振り返る。
「友也くんと二人でお散歩したかったんですよ。」
ふふん、と笑ったその瞳に胸がきゅうっとなる。さっきのドキドキとくらくらがまたぶり返す。こんなの熱中症じゃない。
「アイス、溶けてしまいますよ。」
帰り道、俺はただただアイスを齧ることしかできなかった。