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    きよう

    @kiyou_nn

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    きよう

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    お狐あいちゃん何とか続いた。

    2.名前 次のバイトは午前からだった。朝からあれと顔を合わせるのかと思うと憂鬱でしかないが、バイトをサボるわけにもやめるわけにもいかない。重い足取りで鳥居をくぐる。
     男は今日もいつもの定位置にいる。
     賽銭箱についてはもう諦めた。咎めても「俺の社だから好きにしていいんだもん」などと返答されるのだから俺にはどうしようもない。
     ぼーっと空を眺めていたが視界に入ったらしい、ぴこんと耳を立ててすぐさま走ってきた。
    「おはよう!!」
    「おはようございます…」
     コスプレ男のテンションの高さに反比例して気が重くなってくる。ここに鏡があれば死んだ魚のような目をした自分が映ることだろう。そんな俺に構わずコスプレ男はハイテンションのままきゃっきゃとはしゃぐ
     しばらくそうしていたのだが、少しして突然ぴたりと動きを止めた。そしてじっと俺を見る。
    「なあなあ」
    「何だ」
    「俺の名前言って」
     そう言ってずずいと顔を近づけられる。
     声には出していないはずだがコスプレ男と呼び続けていることがバレているのだろう。
    「…あい」
    「うん、あいだぜ。こすぷれ男は禁止な」
    「わかった、わかったからもう少し離れろ」

     あんなのは放っておいて早く仕事をしなければ。神主に挨拶をして、箒を取りに行く。
     俺の主な仕事内容は境内の清掃だ。参拝者が来れば対応をするがその数はお世辞にも多いとは言えず、ほとんど掃除で終わってしまう。
     一般的にはかなり小さい境内とはいえ、それでもふたりだけで全てをこなすというのはなかなか骨が折れる作業。
     重労働ではあるが達成感もあるのだ。綺麗になった境内を見ると清々しい気持ちになれる。おかげであまり苦にはならなかった。
     しかし今日からは事情が違う。
    「名前教えてよ、なんて呼べばいいか困るじゃん」
    「仕事中に話しかけるな」
    「じゃあお仕事終わったら教えてくれる?」
    「断る」
    「なーんーでー!」
     何故かこいつがやたら話しかけてくるのだ。害は無いが鬱陶しい。
     黙れとでも一喝したいところだが、俺以外には見えていないというのだから傍から見ればひとりで騒いでいるおかしな奴だ。本当におかしいのはこいつなのに俺が変人になってしまう。
    「だったら名前はいいからさ、他にアンタのこと教えて」
     あからさまに相手にしていないというのに男はひとりでも話し続ける。
     不審者ではない、というのは渋々納得したが、やはりそれでもあまり関わりたくない。仕事中云々を除いても応じるつもりはなかった。

     そうして無意味なやり取りはずっと続いた。それはもう何日も何日も何日も。
     ろくな応答をしていない、時には無視を決め込んでいるというのによく飽きないものだ。全くめげる様子が無いところが動物らしいというか、犬っぽい。
    「ねえ、聞いてる?」
     無視だ無視。俺にこんなわけのわからない自称神の相手をする義務なんてない。
    「………」
    「ねえってば」
    「………」
    「むぅ…なんで無視すんの!話そ話そ話そ!!!」
     どうやらこのままでは埒が明かないと向こうも気づいたらしい。とにかく騒ぎまくるという暴挙に出た。掃除に集中できないどころじゃない、はっきりと迷惑極まりない。
     こうなれば意地の勝負、これまで我慢してきたのだから耐え抜いてやる。そう思ったが俺の考えは甘かった。
    「話してくれるまでずっとこうだからな!!」
     ぴーぴーぎゃあぎゃあ。まるで赤ん坊だ。
     本当に絶え間なく隣で騒がれるというのは思ったよりも精神に堪える。産後の親の気持ちが分かった気がした。
    「ああもう!休憩になったら聞いてやるから大人しく待ってろ!」
     苛つきが積もりに積もった結果、気づけばそんなことを口走っていた。
    「ほんと!?やったあ、言質もーらった!」
     はっとする俺をよそにコスプ…あいはご機嫌な様子で拝殿の方へと戻って行く。顔が見えずともにこにこしていたのが分かるのが本当に腹立たしい。
     今ので確実に騒げば相手をしてもらえると学習しただろう。これまでの我慢も虚しく大敗に終わったのだった。

     ***

    「座んないの?」
     あいが指さしたのは定位置、つまり賽銭箱の上。狭いし座り心地は良くなさそうという感想が浮かんでくるが問題はそこではない。
    「俺が座っていい場所じゃない」
    「"俺"がいいって言ってるのに?」
    「ダメなものはダメだ」
    「ちぇ、つまんないのー」
     信仰というのは拝む側の気持ちの問題だ。たとえ"神様"が許そうともそんなところに座るわけにはいかない。賽銭箱にはあいひとりが座った。
    「ずっと気になってたんだけど、アンタ生まれつき霊魂とか視える人?鬼の血でも混ざってる?」
    「いや。お前以外に変なものを見たことはないし、家系もごく普通だったはずだ」
    「アレもしかして俺のこと変なものって言った?」
     これが変なものでなくて何と言うのか。正直「神様」という言葉はあまり信じていないのだ。どうしてもこいつをそんな厳かなものだとは思えない。
    「じゃあ俺だけが視えてるんだ。変な人間もいるんだな」
    「おい」
    「そっちだって変なもの呼ばわりしたじゃん」
     そう言って仕返しだと言わんばかりにけらけらと笑う。
     「神様」とは程遠い仕草に呆れていると、ふと初めて話した時の言葉を思い出した。見える人間なんて何百年ぶり。確かそう言ってなかったか。
     無邪気に、楽しそうに笑うあいに何を言えばいいのか分からなくなった。
    「…休憩は終わりだ」
    「ヤダ短い!もっと話したいー!」
    「神様なんだろ我儘言うな」
     その言葉にあいが口をとがらせるが、一応まともに相手をしてやったからかそれ以上は食い下がってはこなかった。

     ***

    「お疲れ様でした」
     神主に挨拶をして神社を出ようとしたところで後ろから袖を引っ張られた。誰が、というのは見なくても分かっている。
     振り向けば予想通り、俺の服の袖を掴んで離さないあいがいた。
    「もう帰るの?」
    「ここに住めとでも言う気か」
     辺りはもう暗くなり始めている。これ以上帰りが遅くなるのは避けたい。
    「そっか、そうだよな」
     掴んでいた手を離すも、その耳と尻尾は垂れ下がったままだ。
     この前まではこんなことは無かったのにどうして突然。思い当たるのは休憩中のことくらいだが、それだけでこんなことを言い出すものなのだろうか。
    「遊作」
    「え」
    「藤木遊作だ。名前、知りたかったんじゃないのか」
     鬱陶しいというのは変わらないし、あまり得意なタイプではないとは思っている。
     だけど、ほんの少しなら付き合ってやってもいいかなんて。俺にもほんの少しの心変わりがあったのだ。
    「遊作、ゆうさく―――」
     子どもが初めて聞いた言葉にするように、繰り返し名前を口にする。
     何度かそうした後。あいの耳はぴんと上を向いていた。
    「じゃあまたな、遊作!」
    「またな、あい」
     大きく手を振るあいに自分も少しだけ手を振り返した。
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    秀信+七緒
    帰ってきた叔母を受け入れらるか悩む甥
    パルシィに連載中の第9話付近、そのころの秀信は……。
    ゲーム本編と若干違う点はありますが、秀信と再会を果たしていればネタバレはありません。
    秀信+七緒 杞憂「龍神の神子が現れた?」

     思わず筆をおいて報告に来た者の言葉を繰り替えした。
    比叡の怨霊騒ぎを鎮めた娘がいるらしい。それも若く、年頃の娘。
    怨霊を刺客として送り込まれる立場として怨霊を業から解き放つことのできる龍神の神子の再臨も、民の暮らしを思う城主の立場として静謐の世に不可欠な龍神の神子の再臨も真実であれば喜ばしいことではある。
     誰にも聞こえぬように短く息を吐いた。
    無駄とは分かっていても念のため人をやるように指示をして庭に身体を向けると、今年も桜が散り木瓜の赤い花が咲き始めているのが見て取れた。その赤をこの城で一人、幾度見てきたことだろう。
    怨霊を鎮めた娘がいると聞けば人をやり、雨を降らせた舞手がいると聞けば人をやった。しかし今は隠れし龍神に選ばれた最後の神子、自身の叔母であるなお姫が見つかることはなかった。そして新しい神子が選ばれたとも伝え聞かない。
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