そこにあった世界2B
眠りが足りた。そんな目覚め方だった。久しぶりにこんなに眠っていたなと春日が目を覚ますと、そこはいつもの自宅ではなく見知らぬ大きなベッドの上だった。
ここはどこだと視線を巡らす。ベッドの自分のすぐ横、隣に寝ている人がいて小さく驚いた。昨夜は誰かの家で飲んでいただろうかと記憶を辿るが、春日の頭には自宅で晩酌を煽って眠った記憶しかない。
そっと身を起こして、隣に眠る人の顔を覗き込むとそこにはよく見知った顔がいた。
なんだ、良かった。趙か……
隣に寝ているのが見知らぬ女性などでなくて良かったと心底ホッとする。女性絡みのやらかしはもう沢山だ。
ここは趙の家だろうか? 記憶にはないが酔っ払って訪ねてきたのかもしれない。家を訪ねた挙句、ベッドにまで潜り込んだのかと申し訳なく思いながら、身体を起こして横で眠る趙の寝顔を見るとなしに見ていると視線に気がついたのか、趙が眠たげにゆっくりと目を開けた。
「よぉ」
声をかけると趙は春日の顔を見上げて小さく唇を上げた。
「おはよ」
趙の腕が春日に伸びて来て、自然な動きで引き寄せられる。趙が春日の胸に頬を寄せるようにくっついてきた。
「今日は日曜日でしょ? 仕事でもないのに早いね」
春日にひっついたまま眠そうに再び目を閉じる趙は、飼いならされた猫のように無防備で、なんだか可愛い。何故か、心の奥の方がムズムズとしてそれを誤魔化すように春日は笑いを浮かべた。
「いや、何か昨日は世話になっちまったみてぇだな。あんま覚えてねぇんだけど」
「昨日? なんかあったっけ?」
「いや、酔っ払ってさ、趙んちに泊めてもらっちまったんだろ?」
春日の言葉に、趙が小さく笑って顔を上げて春日を見た。
「そうそう。俺んちにね。なんならずっと泊まってっていいよぉ。むしろ一緒に暮らしちゃう?」
趙が楽しげに言って、春日を甘い目で見上げる。趙が自分の前でそんな顔をしているのは初めてで、春日は何故かひどく動揺して口篭った。
「い、いや、それは悪りぃだろ。ほ、ほら、親しき仲にも礼儀ありっていうしな」
自分でも何を言っているんだろうと思うが、趙も同じように感じたらしく笑みをおさめて、不思議そうな顔で春日から身体を離した。
「えっ? 何? 春日くん、なんか変じゃない?」
「へ、変か?」
おかしいのはどちらかと言うと趙の様子ではないかと思うが、不可解な状況に軽く混乱して春日は自分の顔を撫でた。
「まだ寝ぼけてるの? ここがどこだか分かる?」
「いや、だから、趙の家だろ?」
「俺の家というか……君の家でしょ」
「えっ?」
「ってか、俺たちの家だけど……。え? 何? 冗談じゃないの?」
趙が怖いものを見るような顔をして、ベッドから身を起こした。春日の顔をまじまじとみて、両手を春日の髪に伸ばし、春日の頭を探るように撫でた。
「ちょ、ちょっとなんだよ」
「いや、頭でも打ったのかと思って……どこも痛くない?」
「痛くねぇよ」
趙の方こそ、何を言っているのだろうと思う。明らかにここは春日の家ではない。春日の家はストリップ劇場の屋上だ。ベッドはこんなに広くないし、こんなにしっかりした住まいではない。そして、趙が言っていた俺たちの家とは……?
「……ここは趙の家なんだよな?」
「そうだね。加えて、春日くんの家でもあるよね?」
趙はよく冗談を言うやつだが、今の趙はとても冗談を言っているようには見えない。むしろ、春日のことを真剣に心配しているような顔だ。
「それってどういう意味だ?」
「どういう意味って?」
「趙の家でもあり、俺の家でもあるって……」
「春日くん、本当に分からなくなっちゃったの?」
「えっ?」
「俺たち、一緒に暮らしてるんだよ?」