Candy so sweet 「今度の日曜日、森林公園でまったりってのはどうだ?」と、講堂の入り口で彼女に声をかけたのは風真玲太くん。
「あ、玲太くん! うん、行きたい」 嬉しそうな笑顔のあと、彼女の顔がほんの一瞬だけ曇るのを見逃さない。そう、彼は気の利く男なのだ、特にこの少女に対しては、嗅覚が倍になる。
なんか用事あったか?と覗き込みながら訊ねれば、少女が言い淀む。
「だーめーだ。遠慮も我慢もなしだ。ほら、ちゃんと言え、ちゃんと聞くから」 軽く撫でられた少女の頬が紅く染まる。
「えっとね、全然大したことじゃないの。占いでね、今週は恋愛運が好調らしくて、魅力パラが上がりそうだからメイクの研究したくって。」 とんだメタ発言である。
「パラ?」 一瞬不思議そうな顔をした風真くんだったが、倍速で気の回る男なので、すぐに別のプレゼンを打つ。
「じゃあ、うち来るか? 俺もやらなきゃないレポートあるし、メイクの研究はうちでやればいい、そもそもメイクなんかしなくて、おまえのかわいさは俺が保証するし、他の男には可愛いと思って欲しくないか…」(長すぎるので以下省略である)
なにはともあれ、日曜日はおうちデートと相成った訳です。
言い忘れてましたが、この二人ほんの二ヶ月前、卒業式でようやくカレカノになったばかりの、付き合いたてのほやほやカップルであります。
ただ、正直な進展具合を知った友達全員が「え?付き合ってないの?」「あれで?」「ウソでしょ?」と口にする位、高校3年間ずーーっと、いちゃいちゃラブラブしていました、しょっちゅうデートしてたし、教室でも学食でもいつも一緒。モブの私でさえ、3回もでこチューを目撃しているので、きっともっと。下種の勘繰り…。
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約束の日曜日、近所の公園で待ち合わせた二人は、会って早々しっかりと手を繋ぐと(余談ですが恋人繋ぎでした)、そのまま風真玲太くんのでっかいおうちに到着しました。
あ、何故私がこんなに間近でレポしていても見つからないかというのは後程。私はただ皆様にこのカップルのお話をお届けする立場故、後をつけても部屋にいても気づかれませぬ。ご都合主義。
彼女の本日の装いは、相変わらずミニスカートだし、下着なんじゃないの?って心配しちゃうようなキャミソールで、5月ってこれで大丈夫なんだっけ?
これはきっと風真くんドキドキしちゃうぞ、と思ったのですが、そんなことはなく、アイスティー淹れてくれたり、テーブルの上にでっかい鏡を出してくれたりして、さすがお彼氏様ともなると落ち着いたもんです。
お彼氏様と言っても、まだなーにもしてないの、教会の鐘の音を聞きながら、キスしたのがたったの一回だけ、それから二ヶ月まだ全然なーんにもできないでいるくせに。
・ ・ ・
彼女は、「アイライン難しい、よれるー」などと口にしながら、塗ったり落としたり、また塗ったり、風真くんはカチャカチャノートパソコンとにらめっこ
つまらん、こっちはもっといちゃいちゃとか、ドキドキとかが見たいのに。
ガチャ…、ガッシャーン──
静寂を破る音に、ちょっと期待してしまいましたよ、ついに押し倒s…?
……違いました。
(押し)倒されていたのは先ほどのアイスティーのグラス
彼女の肘かなにかが当たって倒れたものと思われます。
きゃー、と
ごめんなさい、とあわてふためき叫ぶ少女に
タオルを手渡し、テーブルの上をささっと拭いていく、ほんと気が利く男や、ちゃんとノートパソコンも高い場所に避難させてるし。
いや、でもこれって、ちゅーするフラグ?
「大丈夫か?」って近付いて…大接近モードや!
行けー、行ったれー!
あ、取り乱して失礼いたしました。
私がほんの少し目を離したうちに、二人の距離が…近く……なってません。
何故だか風真くんは一点を見つめて固まっています、これはドジっ娘特有イベント、飲み物がかかっちゃって胸元スケスケ~なスチルかな?
……私、ちょっとアングルを変えてしっかり見てきたいと思います。皆様も知りたいでしょ?
彼女の背中側に回り、風真くんの視線を確認してみますと、…はにゃ? 視線は彼女の胸元、ではなく、テーブルの上です。
先ほどグラスが倒れたあたり、──グラスは彼が片付けていましたが、彼女の化粧ポーチから中身が飛び出してしまってるみたいです。
あ、あれは…
風真くんの視線がテーブルの上と彼女の顔を交互に見比べ、頬を軽く掻くようにして、「おまえ、これ……?」 と呟きます。
彼女の化粧ポーチから飛び出したのは、ピンク、オレンジ、イエロー、色とりどりの、いわゆる、…コンドーM…
「ひかるちゃんがねー、いざという時のために持ってた方がいい、ってくれたんだー」
何故、風真くんが驚いてるのか、何故焦ってるのか、何故顔を赤くしているのか、全く気づいていないみたいです。無知って怖い…。
彼女が、それを親友から貰った時、一部始終見ていたので私は詳細を知っています。
あ、そう言えば私というのは、先日卒業式の帰り道、事故にあって、只今絶賛入院中のモブです。
意識が本体に戻るまでは結構どこでも移動できるみたいで便利です。
ちなみに誰も気づいてないけど、私も3年間同じクラスだったんですよ。
・ ・ ・
卒業式の次の日、あの大邸宅で開かれた、いつもの女子会
二度と会えなくなるわけじゃないけれど、今までみたいには頻繁には会えない…だから、軽いお別れ会も兼ねていて、最初はちょっぴりしんみりしちゃったけれど、彼女が真っ赤な顔で、「あのね、昨日ね……玲太くんとね……」と報告をすると、一気に花が咲いた。
「マリィ、おめでとう。二人は恋人同士になったのね」
「マリィが幸せそうで、ひかるたちも本当に嬉しいよ~」
親友たちの祝福を受け、彼女がふんわり笑顔になる。
「風真くんは、本当に頑張っていたものね、はぁ~、どうしましょう、ときめきが止まらない」
女三人寄れば、というようにそのおしゃべりは夜遅くまで続いた。
「ところでさ、これ、マリィにあげる」
手渡されたのが件の3つの袋
「風真くんがー、いざという時、準備してなかったら、それはそれでドン引きなんだけど、それでもマリィが風真くんの事が好きなら、マリィがちゃんと言ってあげないとね❤️」
これ、なぁに? という彼女の質問には、どちらも答えず、話は続く。
「でもね、マリィ、風真くん以外の人に見られては絶対に駄目、それから本当にいざという時にだけよ」
「そうそう、持ち歩く方の化粧ポーチにちゃんと入れて、毎日持ち歩いてね、それでいざという時に風真くんに手渡してね」
・ ・ ・
「いざという時って、いつ?って聞いたんだけど、二人とも全然教えてくれなくって、山で遭難した時? これってキャンディ? 玲太くん分かる?」
それはいけない!その発言が「あ~もう、私のバカバカ!印象サイアクだよ~」なのは私でも分かる。風真くんが可哀想
ふぅーっと、大きなため息のあと、お手上げだと言うように両手をあげ、風真くんが口を開く。
「了解、とりあえずこれは花椿たちの差し金なんだな。ちなみにいざという時のは、俺がちゃんと持ってるから心配すんな。他のやつらにドン引きされる筋合いはねーよ」と、彼女の頭をポンポンと撫で甘く微笑む。
あ、なんかいい感じ?
私、ちょっと黙りますかね?
彼女もキスの雰囲気を感じたのか、そのままそっと目を閉じる。
頭を撫でていた彼の手が優しく滑り、頬を撫で、顎先に手をかけ軽く持ち上げ、彼女を上向きにさせると、そのまま……鼻先をきゅっと摘まむ。
「とーりーあえずーこれは没収な。こうゆうのは俺が気をつけたらいいし、おまえに俺以外といざという時なんかあるわけないし、あったら困るし、不用意に化粧ポーチなんかに入れてて俺以外の誰かに見られたら大変だし、大体…」(長すぎるので以下省略)
へっ?キスは?
しないの? と私も思ったけど、
彼女も同じ言葉を口にした。天然って怖い。
「あー、もうおまえはホントに、…部屋でキスなんかして、止まんなくなったら、どーすんだよ。せっかくこっちが必死で我慢してんのに」
部屋で~のあとからは誰にも聞こえないくらいの小さな声──私には聞こえたけど。
風真くんは頭をくしゃと掻くと、
そのままゆっくりと彼女の唇に、そっと唇を重ねた。