バターファッジ
「大寿君、ハリー◯ッター読んだことある?」
部屋中に甘い匂いが充満している。
知らない匂いではない。火にかけられた砂糖がゆっくりと溶けて、急に焦げてゆく匂い。これとそっくりな匂いを、幼い日に嗅いだことがある。妹と、弟、それから母と、みんなで暮らしたあの部屋に。
「ルナが図書館で借りてきたんだけどさ。これが案外面白くて」
あいつらに読み聞かせてるうちに、俺もけっこうしっかり読んじゃったよ。質問の返事を待つこともなく、記憶にない小さなキッチンに立つ背中は勝手に話を続ける。顔は見えなくても、笑いながらはなしていることくらいはその声で分かる。柔らかく、ほどけたその声は甘い匂いに包まれるように温かく小さな部屋中に響いていた。
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