(今世も)獣の男決して大きくはないが良く通る声が自分の名前を呼んだことに気づいた男は、帰り支度の途中の手を止め、声の主を探すべく顔をあげる。教室の扉からこちらにひらひらと手をふる青年のいかにもなにか企んでいそうな胡散臭い笑みに、男は僅かに顔をしかめた。
「そんな顔をするな、分かりやすい奴じゃ」
ゆったりとした動きで教室に入ってくるカクは、男の失礼な態度に軽く笑う。下校に部活にと教室を出ていく生徒たちのほとんどと軽く挨拶をかわすカクはカバンを肩にかけ逃げようとする男の前に立ちふさがると、ふん、と鼻息を鳴らした。
「さて、今日こそ約束のものを渡してもらうぞ、ルッチ!」
そう告げられた男―ルッチはなんの話だ、とのど元まで出かかったところで、随分前にかわされた何気ない会話を思い出す。
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