こんなところで「何やってんだ、こんなところで」
自分で決めた目印をたどって歩いたはずが、誰かが目印を動かしやがったのか、一向に港が見えてこない。くねくねと入り組んだ路地裏、同じ形の家がずらりと建ち並ぶ街角。どこを曲がっても同じ景色だ。
いっそのこと屋根伝いに真っ直ぐ歩いてしまおうか、ともう何個目の目印か分からない『赤い屋根の店』の角を曲がろうとした時。その店先に山積みにされていたキャベツの向こう側から、見慣れた金髪がひょっこり飛び出したのだ。
「お前・・・また迷子か」
違うとも言えず、ゾロはバツが悪そうに顔をしかめた。
「・・・目印が動くのが悪い」
「ばか、どうせお前『あの赤い屋根を左』とかって歩いてんだろ。どこもかしこも赤い屋根だらけのこの街で」
「・・・・・・」
ぐうの音も出ないとは、まさにこのことである。
うるせェ、と言い返さないのは、ここでケンカをしてしまってはまた同じ景色の中をぐるぐると徘徊することになってしまう、と幾度かの経験により学んでいるからだ。
コックは買い出しの途中だったのだろう。荷物が片手に収まっているところを見ると、まだまだこれからなのかもしれない。
赤レンガの街並みは、どこか懐かしい『水の都』に雰囲気がよく似ていた。世界政府にケンカを売り、満身創痍で勝利した船長が目を覚ますまでの間、修行の合間に水路沿いを歩いては、どこまで行っても代わり映えのしない景色に辟易したもんだ。
『何やってんだよ、こんなところで』
ふらりと視界に現れる、金。どこを向いても同じ色味の中、金髪は目立つのだ。
両手にいっぱいの荷物を抱えて、コックが立っている。他のクルーでも、ガレーラの人間でも、別に誰だってよかったのに。
仕方がない、と柔らかくため息をつくその表情に、情けないことになぜか、妙にホッとしたのを覚えている。
「ほら、行くぞ」
赤レンガの街で、抱えた紙袋に今買ったキャベツを数個乗せて、サンジが言った。
「ちゃんとついて来いよ。また迷子になられたら、おれの仕事が増える」
いつからお前の仕事になったんだ。心の中で吐き捨てたはずが、表情に出ていたらしい。
コックが意味ありげに口角を上げて、くるりと踵を返す。
ふわり、と風に乗って、タバコの煙と金髪が揺れた。
「ゾロ、サンジ君に感謝しなさいよ」
ドンチャン、と宴の喧騒。
意識を引き戻されて、隣には酒瓶を抱えた航海士。
「あ?」
「だから、サンジ君!」
ワノ国での勝利の宴もたけなわ。普段は酒に酔うはずのないこの女も、今夜は珍しく、場の雰囲気に呑まれているようだ。
「なんでおれがクソコックに」
「だって、いっつもゾロが迷子になったら、探しに行ってくれるのはサンジ君じゃない」
サンジ君、言ってたわ、と女は息をつく。
「きっとまたゾロは、どこかで迷子になってるんだろうって」
目が覚めて、すぐに酒と共に運ばれてきたお膳。この国の郷土料理なのだろう品々は、初めて見る料理ばかりであったが、そう言えば、どこか舌馴染みの良い、よく知る味がした。
「あいつは?」
「え?」
「コック、どこ行った」
航海士は目を丸くして、そして。
「たまにはあんたが、ちゃんと探してあげなさいよ」
楽しげに、嬉しげに、ナミは笑った。
地獄をさまよっていた。
真っ暗闇の中を、自分がどちらを向いているのかも分からず歩く。
きっとここが、あの世というものなのだろう。
どこまで行っても、終わりのない道。
そもそもちゃんと『道』を歩けているのかどうかも分からない。
ルフィは、カイドウに勝てただろうか。
他の仲間たちの安否も心配だ。
『お前がおれを殺せ』
殺すまで死ぬなよ、と。誓い合ったあいつは。
簡単にくたばるようなやつじゃない。
きっと今ごろ、どこかでのんきに買い出しでもしているのだろう。
そして、きっとすぐそこの物陰からひょっこり顔を出して、両手にいっぱい荷物を抱えて、変な眉毛を困ったように下げて、こう言うのだ。
「何やってんだ、こんなところで」
目の前で、金が揺れた。
気が付いたらゾロは、こちらに戻ってきていた。
花の都。
喜びに湧く、国民たち。
色とりどりのご馳走様に、思う存分酒を酌み交わし、泣き、笑い、まるで騒がしい。
喜ぶのに忙しい人々の間を、ゾロはひとり歩く。
コックを探して歩いていたはずが、都の外れまで来てしまったようだ。
どこまで行ったら引き返そうか。そもそもこのままぐるっと回ってしまおうか。
そんなことを考えていると。
「ゾロ!」
振り返ると、喧騒の中から、ひょっこり飛び出す金色。
タバコの煙がふわりと登る。
「何やってんだ、こんなところで」
しょーがねェな、とサンジが笑う。
変な眉毛が柔らかく下がるのを見て。心臓がぐっと熱を帯びた。
きっと、この先も何度も。
あの世とこの世の境目で、自分なりに目印をたどって歩いた街角で、目的地を見失った道の先で。
ふと迎えに来た金色を、心底愛しいと思うのだろう。