チョコレートケーキと肉じゃが ゾロが、ケーキを抱えて帰ってきた。
しかもホールで。
「今日ってなんかの記念日だっけ」
「・・・いらねェっつったのに」
とある島に上陸中の麦わらの一味。
在庫整理のために居残りをしていたサンジ以外は、皆島に降り立っていた。
ゾロもチョッパーに手を引かれて行ったはずだ。それが何故、こんな事態になっているのか。
「チョッパーがいつの間にかどっか行きやがって、探してやってたらガキが」
要するに、またいつもの迷子になってさまよっていたら、泣いている子どもを見かけたのだと言う。辺りを見回しても親らしき人物もいない。
『どうした』
『ふ、風船が・・・!』
子どもが指差す方を見ると、確かに、木の枝に赤い風船が引っ掛かっていた。ゾロの頭より少し高い位置だ。
『あれ、お前のか?』
涙を目に溜めて、こくこくと頷く子ども。
ゾロは腕を伸ばして、風船の紐をつかむ。枝で風船を割らないように、子どもの目線まで引き下ろしてやると、途端に子どもは目を輝かせた。
『男なら、これぐらいでピーピー泣くんじゃねェ』
『うん・・・!ありがとう!』
これで一件落着かと思いきや、子どもはキョロキョロと周囲を見渡した後に再びクシャと不安げに顔を歪めた。どうやら親とはぐれていたことに、今やっと気が付いたらしい。
ゾロに泣くなと言われたからか、目に涙を溜めてギュっと口元を結んでいる。
面倒ごとは苦手だ、が。
ゾロは、ふうと小さくため息をつくと、ひょいと子どもを抱え上げた。「うお」と慌てる子どもを、そのまま肩の上に乗せる。
『高ェ所からなら、周りがよく見えるだろ。自分でかあちゃん呼んで探せよ』
話を聞いて、サンジは「へー」と目を丸くする。こいつはぶっきらぼうに見えて、意外と面倒見がいい男なのだ。
「んで、そこからなんでケーキ?」
「そいつの母親が、礼にって。いらねェっつったんだが、どうしてもって引かねェから、まあチョッパーにでもやろうかと」
チョッパーからは先ほど電伝虫で、『安くて良い宿を見つけたから、今夜はみんなで泊まる』と連絡があったところだ。どうしたもんか、とサンジは考える。手作りっぽいケーキは、おそらく明日になってしまうと風味も食感も落ちてしまうだろう。
とりあえず開けてみよう、と箱を開いてみると。
「・・・おお、チョコレートケーキ」
よりによって、甘々のチョコレートケーキだ。正直者のゾロは、思い切り顔をしかめている。
子どもを肩に乗せて街を歩き回った末、苦手なケーキの箱を手渡され、それでも断り切れなかったのであろうゾロの姿を思い浮かべると、つい笑いが込み上げた。
「お前ってさぁ、けっこう偉いよな」
「・・・どういう意味だ」
げんなり、とため息をつくゾロが、妙に愛おしい。
「せっかくのマダムの心遣いだ。有り難く頂こうぜ」
「・・・おれは甘いものは好きじゃねェ」
嫌い、という言葉を使わないのも、この男の人の良さだ、とサンジは思っている。
今日一日、頑張ったゾロを、どうにか労ってやりたい。
「濃いめのコーヒー淹れるから、交互に食べてみろ。甘さが抑えられる」
ゾロは、まだ眉をしかめたままだ。
「おれも食うから。一緒に食おうぜ」
ぴくりと片眉が上がった。
それを見て、自然と口角が上がってしまう。
(こいつも大概だが、結局おれも、こいつに甘いよなぁ)
男を甘やかす趣味はない。が、いわゆる『お前だけ』というやつなのかもしれない。
まだ完全に解けないゾロの眉間のシワを見て、もうひと押ししてやるか、と柔らかくため息をついた。
「晩飯、何でも好きなの作ってやるよ。何がいい?」
ゾロは、むむむ、と考えて、そして。
「・・・芋と、肉を醤油で煮たやつ」
「肉じゃがな。りょーかい」
今夜は食いしん坊の船長に邪魔されることなく、ゆっくり食べさせてやれる。ついでに出汁巻きもつけてやろう。
コーヒー豆の入った缶を開けると、ふわりと立ち上る良い香り。
豆をミルでごりごり挽いていると、背後から「あと出汁巻きも」と愛しいリクエストが聞こえた。