逆トリー 記念すべき30連勤を終え、ついに限界を迎えた社畜OLである私が、辞めたいといってるのに辞めさせてくれない上司との会話をボイレコで録音、それをタテについに退社手続きをもぎ取ったその日。
忙しすぎて使う暇がなくて貯まる一方だった貯金通帳を振り上げて、ちょっといいお店に飛び込みしこたま飲んで気持ちよくべろんべろんになって帰る途中、アパートの下にあるごみ捨て場で、小汚い猫を拾った。
「……これはあれか。虐待してみたテンプレをやれという神の思し召しか」
「ぎゃ、ぎゃくたい? え、や、ちょっとま、待って、あの、て、手はなし、きゃあああ!?」
うん、元気がいいでっかい猫ちゃんだなぁ。いいぞいいぞ。
ゆらんゆらんしてる視界の中、誤字を繰り返しながらどうにかスマホで検索した虐待スレをぶつぶつ読み上げてたら、猫がじゃれついてきてスマホを奪い取られた。あら器用。
「は?! 猫たんを虐待!? どういうつもりこいつ絶許、社会的に抹殺かくて……って、あれ?」
「はいはい、返してね。やっぱまずはお風呂だよねー」
にゃうにゃう鳴きながらじっと画面を見ている猫を、とりあえずお風呂場に押し込んだ。
スマホをお手々から抜き取ってぽいと洗面台の上に放ってから、問答無用の水責めを開始する。
「え、は、ま、まさかこの展開、まってまっていやぁあぁあああ?!?!」
「はいはい、暴れないでねー、いい子だね熱くないよぉ」
なんか想定以上にフワッフワした長毛が水に濡れた瞬間しゅん、って細く小さくなるのがなんとも楽しい。えーと、薬品で体中を汚染してやるんだっけ。
体中にまとわりついたやたらとぼろっぼろな邪魔くさい布切れはサクサク剥いでやった。なんで焦げてんだどこにいたんだこの子。
「ぎゃあああ自分で、自分でできますゆえ! お願い話聞いてくだされぇええ!」
「はいはいいい子、暴れたら余計に時間かかっちゃうからね、可愛いねー」
わっしわっしと頭から丸洗いしてやって、ぴゃんぴゃんすごい悲鳴上げてるのを適当な言葉で宥めながらばっしゃばっしゃお湯をかける。
はじめはあんまり泡立たなかったけど、二回洗ってやったらどうにかするするの手触りになった。
「うっ……こ、こんなひどい、も、もうお婿にいけないでござる……」
「えーと、次は布でごしごしと熱風か」
「ヒギュァッ じ、自分でやらせてぇ……」
ぐいぐいお手々を突っ張って抵抗するでっかい猫をバスタオルでくるんでわしわししてやり、新しいタオルでくるみなおしてからドライヤーを向ける。
「はい、ちょっと風出るけど、やけどはしないからねー」
「う、は、はい……は、はよおわれ……」
いい子でぎゅうっと体を丸めた猫に細かく声をかけながらドライヤーをかけてやると、驚くほどあっさりと全部乾いてしまった。あれ、こんなに早いもんだっけ、って思ったけど、アルコールに浸りきった脳みそはすぐに気にならなくなってしまった。
さて、とスマホを手に取って、次は乾燥したまずそうな塊、なんだけど……うーん、これ、コピペ読んでても何かわかんないんだよな、なんだろう、鰹節とかだったら削った、とかつくよね?
まぁ、まずくて白い飲み物、だけでいいか。温めて冷ましたもの、か。あったかなー。
ホットミルクをマグカップに入れてレンジで温めている間に、猫に食べさせていい食材とそうでない食材を検索していたら、いつの間にか猫が自分でマグカップを持っていた。何を言ってるのか(以下略)。
まぁ深く考えたらいけないな、虐待中なんだもんな、と、我ながらわけのわからない理論で自分を納得させて、部屋の端っこでちろちろミルクを舐めている猫の頭をわしわしと撫でてやる。
何やら言いたげに向けられた瞳の色は金色。うん、綺麗だ。
「このあと本当なら猟奇的な道具で体力を消耗させてやる流れなんだけど」
「ひぃっ、こ、今度は何されるの?! もう十二分に体力消耗してすでに瀕死ですが?!」
うん、そうなんだよ、この猫なんか知らないけどやたら疲れた顔してるんだよねぇ。
「疲れてるなら、段ボール箱に放り込んで寝るまで監視、と行きたいんだけどさすがに私ももう眠たい。シャワー浴びて寝たい」
「ああああの、なら拙者はそろそろ失礼いたしたく……」
なごなご訴えてくるでっかい猫ちゃん。まぁ気にせず手を引いたら素直についてきたのでそのまま自分のベッドにポイと放ってやった。
「段ボールとかこの間始末したばっかだし君が入るようなサイズもなさそうだし、そこで寝てて。おやすみ」
「ひょぁああ待って待っておおおおなごのベッドとか通報案件、床、床で充分ですので布団かけないでああああなんか甘いいいにおいしゅるう……」
私はシャワーを浴びてきます。
お酒飲んで風呂は危ないと聞くけれどとりあえず大丈夫だったのでざっと汗だけ流して、ガシガシタオルで頭を拭きながらそのまま冷蔵庫へ。
これだけはストックを欠かしたことのない金色のビールの500缶を取り出してぷしっとやってからベッドを覗きに行ってみたら、なんか物凄く控えめにほんのりお腹のあたりに布団をひっかけた状態で猫は丸くなっていた。うん、いいこいいこ。
追加でアルコールを摂取してからあくび交じりにベッドに膝をついたら、ビクン、と猫が肩を揺らした。あら、起こしちゃったかな?
「いいこ。寝てていいよ。でもちょっとだけ寄ってね、私も寝たい」
「ヒェ、ああああの、い、一緒に?……ってぎゃああ!? な、なんで服着てないの?!」
「ほらほら、お布団ちゃんとかけるー」
ばふ、とお布団で埋めて、ついでにその頭を抱え込んでやったらびしりと硬直してしまったけど、背中をなでなでポンポンしてたら一気にあったかくなった。
はー、やっぱ猫タンポは優秀。
寝るときは冬でも基本キャミとパンツだけど、やっぱもふもふのパジャマとか買おうかなぁ。
「ふぐ、ね、ねぇ、ほんとにさ、もうちょっと警戒して、っていうかあの、ぼ、ぼぼぼ僕もお、男なんですが?!」
「はいはい、にゃーにゃー言ってないで寝ようねー。いいこいいこー」
胸元で鳴かれると、たとえ猫でもくすぐったいものだねぇ。