Recent Search
    Create an account to bookmark works.
    Sign Up, Sign In

    huwakira

    @huwakira

    ☆quiet follow Send AirSkeb request Yell with Emoji 💖 👍 🎉 😍
    POIPOI 55

    huwakira

    ☆quiet follow

    虫平気なんですね先輩「あれ、ジャミル氏どうしたの……?」

     通りかかったイデアが見たのは、階段のへりに引っかかるように変な体勢で固まり、青い顔をしているジャミルだった。
     特におかしいのは、片足を限界まで、つま先までピンと伸ばして浮かしていることだ。

    「い、いで、せ、ぱ」

     よく見ればカタカタと小さく震えており、いつもは涼やかなその目が限界まで見開かれている。

    「え、えー……マジでどした、の……」

     何か恐ろしいものでもあるのかとソロ、と動かした視線の先、バレエ選手かと思うほどに綺麗な直線を描いているそのつま先には……一匹の甲虫。カナブン、だろうか。ぴったりとしがみついていたそれがもぞもぞと動き始めた瞬間、ジャミルからヒィ、とか細い悲鳴が漏れて、何となく状況を把握した。
     これが陽の気を持つものならきっと、大笑いをしながらスマホで写真を撮りまくり、マジカメなんかで晒したかもしれないし、こと某深海の商人などに知られた日には、どんな条件を引き出されるか……。
     なんとなく想定できた未来に、イデアはこくりと一つ頷いてから口を開いた。

    「あ、あー……ジャミル氏、5秒目を閉じられる?」
    「ひ、え……?」
    「3秒でもいい。できる?」
    「は、いっ」

     ジャミルが幼子のようにぎゅっと目を閉じた瞬間、素早く歩み寄ったイデアはつま先のカナブンをひょいと摘み上げ、勢いそのまま窓の外へと非力なりの全力でリリースした。
     いかにも気に入らないという雰囲気で空中で羽を開いた彼だか彼女だかが羽音を立てて飛んでいくのを見るでもなく見送ってから振り向くと、今にも火を噴きそうなほど真っ赤に頬を染めたジャミルが涙目でへたり込んでいる。

    「せ、んぱ……むし、へいき、で……」
    「あー、まぁ、わりと平気なんすわ。観察研究したりしますし」
    「あ、ありがと、ございます……っ」

     差し出した手に恐る恐る捕まるジャミルをよたよたと不器用に引き上げてやったイデアは、さっき虫に触れたのは反対の手ですので、なんてとっさに声を上げた。
     一瞬きょとんとまた「らしくない」表情を浮かべたジャミルは、ひどくほっとしたように、こくりと一つ頷いて、もう一度深々と頭を下げる。

    「このお礼は、必ず」
    「いやいや、がけも仲間のよしみなんで気にしないでくだされ」
    「でも……」
    「あー……また週末に『打ち』ますのでな、その時にジュースでも買ってくだされ」
    「……はい!」

     無邪気なほどの満面の笑みで返事をしたジャミルに片手をあげて、ふらりと踵を返したイデアは、なんだかとてもいいことをしたような気分で足取り軽く寮への鏡へと向かったのだった。
     週末、人目を忍んだ中庭に、やけに慕わしげな顔をした後輩が感謝の気持ちだと大きなバスケットに山ほどの夜食と温かいお茶の水筒と冷たい飲み物のペットボトル数本を抱えて現れるとは、夢にも思わないままに。

    「ていうかなんで振り払わなかったの?」
    「先輩、奴らには羽があるんです。飛ぶんですよ。万が一振り払ってより近い場所に移動されたらと思うと」
    「なるほど把握」
    Tap to full screen .Repost is prohibited
    Let's send reactions!
    Replies from the creator

    recommended works