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    huwakira

    @huwakira

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    huwakira

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    書き手寮に入寮したかったんです ある日、黒髪にピーコックグリーンの瞳を持つとあるトランプ兵は、移動教室の最中、一冊のノートを拾った。
     丁寧に布のカバーがかけられているそのノートはよほど大事なものかと思ったのだが、持ち主の確認にと開いた中に収まっていたのは、何の変哲もない、購買で5冊セットで売っている一番安いノート。安いかわりに紙質はお察しで、筆圧が強いとすぐにペン先をひっかけてインクがにじんだり穴が開いたりすると不人気で、あまり使っている生徒を見ることはない投げ売り品だった。
     そのあまりのちぐはぐさに、いったい何が書かれているのかと好奇心が沸くのは当然で。
     男子校で見かけるにしてはやけに丸っこい可愛らしい筆跡のそのノートを、本当に何気なく、最初のページだけ、と目で追ってしまったのは必然だといえるだろう。

     彼は、知らなかった。
     古来より、好奇心は猫をも殺す、と言われていることを。


    ❤♠❤♠❤♠

     同室であり、気が付けばすっかりニコイチ扱いを受けるようになった、相棒のような、向こう曰く「マブ」。
     そんな相手が、ふと気づくと様子がおかしかった。
     合わない視線、ぎこちない会話、何やら言いたげな視線は向けてくるのに、声がかかることもない。
     そのわかりやすいほどわかりやすい「おかしな態度」に、心配、だったりを感じていたのは最初の一日だけだった。
     正直に言って大変に面倒くさいし鬱陶しいのである。
     お前言いたいことがあったら言っちゃダメなことでもぽろっと言ってどうしようもない状況になるタイプだろうが!!
     それでもどうにか我慢をしてさらに二日、ついにエースは切れた。盛大にブチ切れた。

    「なんだってんだよ!!」
    「す、すまない、その、本当に」

     人気が無い場所、という条件でこちらもマブであるところの監督生にオンボロ寮の裏手を借り受け、早々に呼び出して壁に追い詰めて問いただしたエースに、デュースは素直に詫びて身を縮こまらせた。
     その態度に、エースはさらに苛立ちを覚える。お前いつもこういう時はいきなりワル化して真っ向から受けて立つじゃんなんなの一体!!

    「ち、違うとは思っても、どうしても重なってしまって……悪かった」
    「……は? えーと、何に?」

     しょんぼりと肩を落とし、素直に謝ってくる友人に対し、いつまでも怒りを持続できる性格でもないため、エースは一度離れて大きくため息をついた。
     重なる、とよくわからないことを言われて首をかしげるエースにしばし逡巡したのち、デュースは足元に放り投げられていた教科書の束を取り上げ、そのベルトをはずして一冊のノートを引っ張り出す。

    「その、実は数日前、これを拾ったんだ」

     デュースの差し出したそれは、よほど財布が困窮しているか、その日使う分を寮に忘れて間に合わせの時でしか買わないような安いノート。
     デュース曰く、丁寧に手作りらしいカバーがつけられていた、というそれには、一ページ目に大きく「赤薔薇色のワインに口づけを」と書かれていて、どうやら自作の小説のようなものが綴られているらしかった。

    「は。え、なにこれ、将来絶対に思い出したくない思い出になるタイプのアレ?」
    「……とにかく、最初の方だけでいいから、読んでくれ。すぐに気づくと思う」

     ぼそぼそとらしくない音程で言うデュースは、エースが視線を向けていたほんの一瞬の間に可哀想なくらいに真っ赤になっていて、その顔色はいっそブチ切れてる時の自寮の寮長を思い出すほどだった。

    「はー……まぁ、いいけど。これ読めばお前の変な態度もわかるんだな?」

     こくり、と頷いた黒い頭にもう一度軽くため息をついてから、エースはぱらりと薄いノートのページを繰ったのだった。

    ❤♠❤♠❤♠

     そこは「赤薔薇の国」と呼ばれる穏やかで平和な国だった。
     隣の「白詰草の国」と呼ばれる帝国と長く友好的な関係を築いており、何代かに一度、互いの国の王族か上位貴族に互いの国の者を婚姻させることでさらにその関係を強固にしてきている、という歴史がある。
     ただし、それは少々特殊な婚姻であり、婚姻を結ぶのは必ず男同士。この歴史が始まる当初は、けして子を残さぬため、血を混ぜぬためにそう決められたのだというが、今ではすっかり形骸化され、ただその慣例だけが残っていた。

     赤薔薇の国は女系国家。この国に生まれた王子キャロルは、生まれたときから白詰草の国に嫁ぐことが決められていた。
     薔薇色の髪と瞳を持つ、まさに赤薔薇の王家の血を色濃く引いた王子は、その美しさと厳格な性格から国民にも深く慕われている。
     お相手は、帝国の公爵家の長男であるトロワ。逞しい体躯に緑の髪、そしてトパーズのような金色の瞳をした美丈夫で、王弟を父に持ち、自身も王位継承権を持っているけれど、本人は全くその気がない、しかし将来確実に国営に携わっていくだろう優秀な男だった。
     二人は幼いころから確固たる目的のために引き合わされ、幼いころは何も知らぬままに幼馴染として友情をはぐくみ、そして物の道理がわかる年になってすぐに婚約者となった。
     恋情は抱いてはいないがともにある時間は穏やかで、きっと将来もいい家族になれると信じて疑わず、キャロルは婚約者がトロワであることを内心とても嬉しく思っていた。

     そんなキャロルがもうすぐ成人する……つまり、帝国に嫁ぐ日が迫っていたある日、国の近衛騎士団である「赤の騎士団」に、新人の騎士が数名入団したということで、キャロルは王子として騎士団の訓練場に顔を出した。
     そこでキャロルが王子と気づかぬままに声をかけてきたのが、新人騎士のアインツだった。
     テラコッタ色のツンツンとした髪にサクランボのような真っ赤な目をした年下の少年騎士は、今まで王子として傅かれて生真面目に生きてきたキャロルにはない奔放な明るさを持っていて、あっという間にキャロルと距離を詰めてきた。
     思いもよらない新しい友人に心を躍らせたキャロルは、しかしアインツと過ごす時間の中で、やがて彼の瞳にただならぬ熱を感じるようになる。そして、自身の心にも、今まで感じたことのないような暖かさが……。
     しかし、キャロルは帝国に嫁ぐ身であり、相手は自分の大切な幼馴染であるトロワ。裏切るわけにはいかない、とその気持ちを押し殺そうとするキャロル。
     しかしアインツはまっすぐに気持ちを伝えてきて、頑ななキャロルもだんだん自分の気持ちに嘘がつけなくなっていく。
     そんな気持ちに揺れ動く二人の前に、「宝石の国」で占い師をしているという、飄々としているのにどこか読めないペリドットの目をした青年が声をかけるのだった―――。

    ❤♠❤♠❤♠

    「……なにこれ」
    「……拾ったんだ」

     数ページ目まで斜め読みした後、飛び飛びでざっと目を通したエースが、今まで聞いたことがないほどに低い低い声で呟き、震える声でデュースが答える。

    「ねぇ、なにこれ、どう見ても心当たりしかないキャラが、めっちゃ恋愛してるんだけど!? しかもこれ多分この後ベッドシーンだよな?!」
    「そ、そそそそんなことを大声で言うな! そ、そうだったけど! 途中までしか読めてないけどそうだったけど!!」

     名前も設定も滅茶苦茶だけれど、わかる人間が見たらそうとしか見えない心当たりのあるキャラクターが、みんなしてわちゃわちゃ恋愛をしている。
    しかもはじめはほのぼの恋愛物()かと思いきや、だんだん病んだ執着を向けてくる帝国の公爵子息とか、味方かと思いきや不穏な空気を醸し出す占い師とか、思い余って一線を超えちゃう二人とか普通に待ってほしい。

    「何これなんで俺なの?! 俺らって外から見るとこんなふうに見えるわけ?!」
    「そ、そそそっそんなことはない、ないはず、だぞ!!」
    「そこは言い切れよ!!」

     ヒーロー(?)の友人役として大した被害も受けていない美味しい立ち位置である黒髪の新人騎士()の胸倉につかみかかり、半分涙目になりながら詰め寄るエースに、いつにないほど気弱な返答をするデュースも、実はこっそり涙目だった。
     誰が好き好んで、尊敬するカシラである先輩と自分のマブがくんずほぐれつするシーンを読みたいと思うものか。
     何が恐ろしいといって、そんな内容であるのに妙に読みやすい先の気になる文体で、するする読めてしまう事実だろう。
     はじめはドン引いていたはずがついつい先を読み続けてしまった二人は、必死にその事実から目をそらしてますます声が大きくなっていた。
     先が気になってなんかない。この二人の恋愛事情に思わず感情移入なんてしかかってない。二人の恋模様を応援なんてしちゃってなるものか。
     人目を忍んで待ち合わせた月夜に照らされた狭い宿屋の一室、どさりとベッドに押し倒されたそのあとが、どうなったかとかはさすがに読むわけにはいかないの、まだ18歳以下だから!!

    「こんなの読んだ後に、どんな顔をしてお前と顔を合わせていいかわからなかったんだ!!」
    「それはそうだよなわかるよわかっちゃうけどお願いそこはベツモノってことで納得してくんない?!」

     明日からどんな顔で自寮の先輩たちに挨拶をすればいいというのか。
     二人はオンボロ寮裏手の暗がりでひゅるりと体を冷やす風に身をさらしながら、答えの出ない問答を繰り返すのだった。

    ❤♠❤♠❤♠

     彼らは知らない。
     その作品は序章にすぎないことを。
     彼らが読んだベッドシーン()が、ほんの触りのゆるゆるの始まりでしかないことを。
     
     安全パイだと思っていた黒髪の新人騎士がいつの間にか恋愛に参戦したり、占い師が実は他国の王子だったり、さらに他寮の先輩方まで登場した一大作品になっていくことを。

     結局二人して答えの出ないまま熱を出し、二人一緒に学校を休んだその事実までネタにされてしまうことなど、作者でもない限り、神でなければ知りえないことなのだから。

    ❤♠❤♠❤♠

     その監督生は、腐っていた。
     いつまで続くかわからない極貧生活に、心が荒み切っているわけではない。いや、そこそこ擦れてきてはいるけれど。

     その監督生は生粋のオタクであった。
     小説も漫画もアニメも2.5次元もナマモノも、ありとあらゆるメディアにジャンルに手を出す幅広いタイプのオタクだった
     何よりも腐臭を放つ薔薇色の世界をこよなく愛する、どこに出しても恥ずかしいと胸を張って言える貴腐人だった。

     しかしここはゆがんではいても夢の国である。
     恋愛物は数あれど、そして性別や種族の垣根などないに等しいとはいえ、基本はハッピーエンド。神の与える苦難とか言う温い障害を、愛と奇跡で乗り越えていくお花畑な作品しか存在していなかった。

     監督生は、ハッピーエンドは大好きである。
     しかしそれだけで満足できるほど薄く浅い緩いオタクではなかった。
     バッドエンドもメリーバッドエンドもホラーもグロもなんでもござれ、NTRはちょっと苦手だけど読めないわけじゃないし、何なら病んでしまっても特殊性癖に足を突っ込んでしまってもなんでも美味しくいただけてしまう雑食オタクだった。
     ゆえに、この世界の作品は、どれも同じに見えてしまうし、物足りなかった。常に一味足りないうす味の病人食だった。

     そんな監督生が、相棒であるスマホもPCも持ち込めず、宝箱だった本棚からも引き離され、TVすらもまともに映らない廃墟に押し込まれ、耐えられたのははじめの一月のみ。
     オタクの禁断症状はまず精神を破壊する。
     推しを奪われたオタクがたどる道は発狂一択である。いや、推しの前では常に発狂してるのであまり差があるようには見えないかもしれないが。

     そんな壊れかけの監督生の前には、なぜかやたらと顔のいいメンツがそろっていた。
     属性という属性をこれでもかと詰め込んだ、髪色目色もきらびやかな圧倒的顔面偏差値を誇るイケメンたちが、長すぎる手足を持て余しながら、寮生活という狭い空間に押し込まれているのである。

     あくまが監督生に囁いた。
     なければ作っちゃえばいいじゃない

     悪魔かみが監督生を誘惑する。
     バレなければいいんだよ

     かくして、監督生は自給自足の道を選んだ。
     まず目を付けたのは、一番距離の近いマブのいる寮。マブ同士もやたらと距離が近いイケメン二人ではあるけれど、先輩後輩女王様に薔薇の騎士、なんて美味しい。

     監督生はなけなしのお金で安いノートを買い込んで、深夜、ちかちかするランプの下でペンを握りしめたのだった。





     数日後、寝不足の監督生が絶対に表に出すつもりのなかった小説ノートを移動教室に忘れて、それをマブが拾うことになるとは、思いもせずに。












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