【さこみつ】冬は湯たんぽ 日暮れの早い冬の夜。
日中ずっと降っていた雪は止み、澄み切った空には真ん丸な月が昇っていた。降り積もった雪が世界を白く染め、その反射で外は存外に明るく見える。
石田家筆頭家老の島左近は、その日に主から言い遣っていた仕事を全て終えると、燭台を手に三成の屋敷の廊下を歩いていた。もう一方の手には、布を巻いた大きな陶製の容器を抱えている。空気は突き刺さるように冷たく、吐く息は白い。
主のいない暗い部屋の前にたどり着くと、左近は襖を開けて中に入る。
部屋の隅にある灯明皿に燭台から火を移すと、同じく火鉢にも火を移してから燭台の火を消す。
火鉢に置かれた炭が赤々と燃え始めると、周囲がほんのりと暖かくなる。左近は部屋の隅に畳んであった布団を持ってくると、火鉢の近くに敷いた。
そして、円筒形の一部側面を平にして座りを良くした陶製の容器を布団の中に入れる。それは、中に熱い湯を入れた湯たんぽだった。
こうして敬愛する主の寝所を整える作業は、もっぱら左近が進んでやっていた。
火鉢だけではどう頑張ってもほんのり温かくなる程度。元々体温が低く寒がりな三成は、以前は真冬は寒すぎて眠れぬと何枚も着物を重ね着して眠っていた。しかし、寝返りもうてないほど着ぶくれした三成を見た左近がそれを諌めたのだ。
ただでも寝る間を惜しんで仕事に励む主のこと、これで睡眠までも満足にできないのでは体調を崩してしまう。それを危惧した左近が、領内の陶磁器職人に依頼して作らせたのがこの湯たんぽというわけだ。
火鉢に手をかざして自分もそこそこ暖を取ると、左近は立ち上がって執務中の三成を呼びに行く。
寝所から少し離れたところにある執務部屋には、やはりまだ明かりが灯っていた。
「殿、寝所のお支度が整いましたよ」
「ああ、左近か。世話をかけるな」
少し疲れた様子の三成は、左近の方を振り返って小さく微笑んだ。以前は「このようなことはお前のすることではない。小姓にでもさせておけ」と言っていたのだが、それが左近の愛情ゆえと気付いてからはこの行為を喜んで受け入れていた。
室内には火鉢が二つ置かれていたが、やはり肌寒い。
「今日はもうやめておくか」
「そうなさいませ。今宵は特に冷えますよ」
左近は火鉢の炭に灰をかけて火を弱くし、灯明皿の火を消す。
三成は立ち上がって、一足先に部屋を出ていった。
左近は三成のあとは追わず、厨(くりや)に足を向ける。湯たんぽを作った湯の残りで作った熱い麦湯が入った土瓶と、少し冷めた湯の入った盥を手にした左近は、早足で寝所に向かった。
「お待たせしました、殿」
寝所に入って湯の入った盥を置くと、左近は手ぬぐいを浸して固く絞って三成に手渡した。
三成はそれを受け取ると、着物を脱いで手ぬぐいで体を拭く。
「温泉にでも行きたいものですなぁ。こんな夜は温かい湯に浸かって芯から温まりたいもんです」
左近は部屋に置いてあった湯呑を二つ持ってくると、それに土瓶から麦湯を注いだ。
「そうだな。たまには温泉もよかろう。佐和山にも温泉があればよかったのだがな」
「ああ、毎日湯を浴びられたら幸せでしょうな」
左近はくすりと笑うと、肌襦袢に着替えた三成に麦湯を渡す。
寝る前に温かい麦湯で体の内を温めようという左近の気遣いだ。
三成に向かい合って左近も麦湯に口を付けると、三成が微笑んだ。
「お前は麦湯よりも酒の方が良かろう? 俺に気を遣わず、飲んでよいのだぞ」
「いえいえ、殿と飲む麦湯は酒などよりずっと美味ですよ。さ、飲み終わったら体が冷える前に布団に」
三成は空になった湯呑を左近に渡すと、促されるままに布団に入った
「ああ、温かいな」
足元に置かれていた湯たんぽのおかげで、布団の中は外とは比べ物にならないほど温かい。三成はホッとしたように息を吐いた。
左近はそれを見て立ち上がると、灯明皿の火を消した。
「では、お休みなさいませ、殿」
いつもならこれで退室していた左近だが、この日は珍しく三成に呼び止められた。
「左近、帰るのか?」
「ええ、そうなりますね」
三成の寝所の支度をしている冬の間、左近は三成の屋敷の一室を自室として借りていたので、帰るといってもすぐそこだ。
「……このように寒い中を、何も寒い部屋に帰らずともよいではないか」
三成はそう言うと、布団の中で体をずらした。
「それに、お前は体温が高いから温かい」
「おや、左近を湯たんぽ代わりにするおつもりで?」
嬉しい誘いに左近は相好を崩した。
「……嫌なら、無理にとは言わぬ」
「まさか。折角の殿のお誘いを断るなんて……ねぇ?」
左近は手早く袴と小袖を脱いで白絹の小袖姿になると、三成の隣に滑り込んだ。
「ああ……これは、温いですな」
左近は三成の足に自身の足をくっつけてみる。
「こら、冷たいではないか」
三成はそういいつつ、冷たい左近の足に温もりを分けるようにぴたりと寄り添わせた。
それに応えるように、左近は三成の身体に腕を回して抱き寄せる。
「足は冷たいのに、胸は温かいのだな」
三成は愛おしげに左近の首元にすり寄った。
「ゆっくりおやすみなさい。朝まで左近が温めて差し上げますよ」
三成の髪にそっと口づけて左近が囁やけば、それが子守唄にでもなったかのように三成の目蓋が閉じられ、呼吸はすぐに穏やかな寝息に変わった。
「寒い夜も悪くないね」
布団を首元まで引き上げると、左近もまた目を閉じた。