【みつさこホストパロ】No.1ホストは生真面目青年がお好きNo.1ホストは生真面目青年がお好き
いわゆるラブホテルのベッドに押し倒されながら、三成は途方に暮れていた。
「あの……」
「ん? どうしました?」
覆い被さっている相手は、立派な体格に少し強面の男前。
「もしかして、初めてですか?」
「…………いや、女性とは、少し」
頼り無さげな三成の返事を聞いて、彼はニヤッと笑った。
二人が出会ったのは約三時間ほど前のことだ。
会社の接待で料亭で食事をし、相手方の希望で二次会に訪れた店はまさかのホストクラブだった。ホストクラブは男性のみは禁止という店がほとんどなのだが、ここは男女問わず入店可能だ。
そこで、相手のお偉方のお気に入りとしてテーブルに呼ばれたのが彼だったわけだ。
初対面の三成に「左近です。よろしく」と名乗った彼は、この店のナンバーワンなのだという。
酔っぱらい特有のしつこさで三成にまで絡んできた接待相手からうまく三成を逃してくれたり、酒に弱いと言った三成の分の酒をさり気なく薄くしてくれたりと、軽そうな言動に似合わず左近は細やかな気配りを見せてくれた。
「貴方は、可愛い人ですね」
接待相手がトイレに立ったタイミングで、左近はなぜか三成を口説いてきた。
「明日は仕事ですか?」
「いや、休みだが」
「このあと時間ありませんか?」
「このあと、か?」
「そう。そんな警戒しなくて大丈夫ですって。ぼったくろうなんて思ってないですし、なんなら全部俺が出してもいいですよ」
No.1ホストがなぜ自分なんかに興味を持つのか想像もできない三成がその誘いに乗ってしまったのは、仕事と接待の疲れで思考が鈍っていたせいだろう。
そんなわけで、店長にワガママを言って早上がりした左近は、接待相手をタクシーに乗せて見送った三成を連れてホテルに来たのだ。
「左近さんは、いつもこういうことをしているのか?」
「こういうって?」
「客をホテルに誘ったり……」
「いいえ。貴方が初めてですよ」
三成にチュっとキスをしながら左近は続ける。
「俺は売りはやってないですし、同伴とか店外での付き合いは全部断ってるんですよ。煩わしいんでね。でも……貴方とは二人っきりで話してみたいなと思いまして」
「……これは、お話しする体勢ではないな」
「話しがしたいんです? 俺と寝るのは嫌ですか?」
「当たり前だ。ついさっき会ったばかりだぞ」
「……真面目なんですね」
左近は呆れたように言ってベッドから降りた。
「まあいいですよ。何飲みます? ルームサービス頼みましょう」
「あ、いや、もう酒は……」
「酔わせてどうこうなんて考えてないですよ。白ワインをハーフボトル、ノンアルビール、ミネラルウォーターと、フライドポテトとピザでいいですかね」
左近はささっとオーダーを済ませると、プロジェクターをオンにした。
「映画見ましょう。三成さんはどういうのが好きですか?」
「俺は、あまり最近の映画は分からない……」
「テレビとかもあんまり見ませんか?」
「そうだな。平日は仕事で精一杯で、休日はずっと寝てる」
「じゃあ、俺の好みでセレクトしますよ」
それは三成でも知っている大ヒット映画の続編だった。
「先にシャワー浴びてきます。もしルームサービスが来たら受け取っといてください」
「ああ、分かった」
左近がバスルームに消えると、三成は体を起こしてあたりを見回した。この部屋に入って即ベッドに押し倒されので、部屋の中を観察する余裕が無かったのだ。
――ラブホテルなどもっとアレな感じかと思っていたが、普通の豪華なホテルみたいなのだな。ベッドもふかふかで寝心地が良い。
三成はベッドから降りると、ソファに移動して映画に目をやった。
「左近さんは、俺のどこがそんなに気に入ったのだろう……」
ぼんやりと映画を見つつ待っていると、左近がバスルームから出てきた。
「さっぱりしました。三成さんもシャワー浴びてください。あ、風呂にまで襲いに行かないから安心してくださいね」
ガウン姿でゆったりとソファに腰掛ける左近の姿は、ホストらしい色気に満ちている。三成の喉が無意識にゴクリと鳴った。
「ん? 見惚れました?」
「ふ、風呂行ってくる!」
魅惑的な笑顔でからかった左近は、顔を赤くしながら急ぎ足でバスルームに向かった三成の背中を見ながら呟いた。
「あれ? これは意外に脈アリかねぇ」
十分程度で左近と同じガウンを羽織った三成がバスルームから出てくる。
「色っぽいですね」
「かっ、からかうな」
フフッと左近が笑うと、三成は恥ずかしそうに顔を逸してソファに座った。
「ルームサービス届きましたから、つまみながら映画見ましょう。三成さんはノンアルビールでね」
缶からグラスにビールを注いで三成に渡し、自分のグラスには白ワインを注ぐ。
カチンとグラスを合わせて乾杯してから、左近は冷えたワインを喉に流し込む。
「まだ緊張してます?」
左近が微妙に間を空けて座っている三成との距離を詰めると、三成がビクリと固まった。
「ほら、ポテトとピザ。熱いうちにどうぞ」
「あ、ああ……いただこう」
三成は遠慮しつつポテトに手をのばした。
「三成さんは普通の会社員ですか?」
「ああ。営業をしている」
「そうですか。営業って感じしないですね。あまり口は上手くなさそうだし。仕事は順調ですか?」
「それは……、左近さんの言う通りだ。俺は営業に向いてない。クライアントを怒らせてしまったこともある」
「三成さんは真面目過ぎるんですよ。さっきの接待を見てても、正直で損してるタイプだなって思いました」
ポテトを口に運びながら、三成の視線はずっと下を向いている。その瞳がじわっと濡れてきた。
「努力しても営業成績は伸びない。今の会社とて、養父のコネで採用してもらったようなもので、そもそも営業など無理だったのだ」
「こういう仕事をしているといろんなお客様の相手するんですけどね、貴方ほど誠実そうな営業マンは初めて見ましたよ。真面目で真摯で熱心で。だからもっと話してみたくなったんです」
左近は三成の頭にぽんと手を置くと、優しく撫でた。
「俺みたいに三成さんの根っこの部分に惹かれる人はちゃんといますって。辛いことがあったら俺のとこに飲みに来ればいいし。格安にしときますよ。いや、ツケにして俺が払ってもいいです」
「左近さん、なんでそんなに俺に優しくしてくれるんだ?」
「それは、三成さんが可愛くて気に入ったから」
三成が顔を上げると、左近はピザを2枚重ねて頬張っていた。さっきまでの色気はどこへやら、なんだか子どもっぽい姿に三成は笑ってしまった。
左近は三成の笑顔に眩しそうに目を細めると、まるで甘えるようにその肩にこてんと頭を預けてきた。
「俺、本気になったっぽいです」
「本気って……?」
左近が喉の奥で低く笑う音がした。
「三成さんは独身? 奥さんか彼女さんいます?」
「いたらこんなところに来ないだろう」
「ですよね。念の為に聞いただけです。だったら、俺が本気になっても問題ないってわけだ」
くらい照明のなかで、左近の瞳が怪しく光ったように三成には見えた。そこから目が離せない。
「そんなことを言われても困る…………。と言うと思うのだ、普通。俺はそういう性癖はない。しかし、不思議と左近さんにこういうことされるのが不快ではないのだよ」
三成はテーブルにグラスを置くと、寄りかかっている左近の体に腕を回した。
「左近さん、からかって面白がってるわけではないな?」
「俺はそんな悪趣味な遊びはしませんよ。本当に貴方のことが好きになったんです」
「こんなにストレートに好意を向けられたのは初めてなのだ……。俺も貴方のことが好きになりそうだ」
「ついでに体の相性も確かめときます?」
左近は三成の耳元に唇を寄せて囁いた。
「結局そっちに持って行くのだな」
「嫌なら添い寝でも我慢しますが、俺は三成さんに抱かれてみたい」
左近は真剣な表情で三成の目をじっと見つめた。
「……なんだかすごく酔っているみたいだ」
こんな出会ったばかりの、しかも年上のゴツい男に手を出すなんて……。
「ええ。全部酔いのせいです」
左近は三成の首に腕を絡めて切なげに微笑んだ。
セックスなんて何度もしているのに、他人の温もりがこんなに心地良いと感じたのは初めてかもしれない。
「三成さん……」
側で横になっている彼は、あまり乗り気では無かったように見えて、情熱的に左近を抱いてくれた。
「左近さん、申し訳ない。抑えが効かなくて……、乱暴にしてしまっただろうか?」
「あんなの乱暴って言いませんよ」
――まあ、ガツガツ攻められて何度もイかされてクタクタですけど。
「これに懲りずにまた会ってくれますか?」
「ああ……」
「それから、俺のことは左近と」
「そ、そうか。では左近、またいずれ」
そんなことがあってから約一月。
男性も来店可能とはいえホストクラブは敷居が高かったのか、ずっと来てくれなかった三成が、ようやく一人で店にやってきた。
「三成さん、いらっしゃい。ずっと待っていましたよ」
テーブルにつくなり左近は三成の手を取ってそこに口付けを落とした。
左近は普段客にそういうことはしないので、他のスタッフは一様に驚いた顔を隠さない。
「もう来てくれないんじゃないかと思った」
「すまない。先月は出費が厳しくて」
三成がそう言うと、左近はあからさまに不機嫌な顔になった。
「料金なら気にしなくていいって言いましたよね?」
「いや、そういうわけには……」
「三成さん、真面目すぎ」
「左近、機嫌を直してくれ」
三成は周囲をさっと見渡してこちらに視線がないことを確認してからさっと左近と唇を重ねる。
「キスは別料金、だろうか?」
「本来ならキスしてくるような客は出禁ですよ」
左近は一旦テーブルを離れ、店長らしき男と少し話してから戻ってきた。
「出禁、か?」
「まさか。三成さん、こちらに。席を移動しましょう」
左近が三成を案内した先は、店の奥の個室だった。いわゆるVIPルームのようだ。
「ここ、すごく高い席なのではないか……」
「すごくってほどじゃないですよ。今日の俺の給料でチャラってことで店長と話付けたましたから、気にせずに飲んでください」
「そんな、左近……!」
「じゃあ代金の代わりは三成さんからのキスでいいですよ。ライトキスは一回千円、ディープキスは一万円。ここなら誰にも見られないから、思う存分イチャつけるでしょう?」
左近は早速メニューを広げた。
「夕飯はこれから? だったら俺のオススメを食べていきませんか? うちのフード、その辺のレストランより美味いんですよ」
「それじゃあ、フードは任せよう。ドリンクは……、シャンパンで」
「ええ。あまりアルコール度数高くないのにしておきましょうね」
――ホストクラブといえばシャンパンか。三成は普段あまり酒は飲まないと言ってたし、シャンパンなんて気を遣わせてしまっただろうか?
左近はフードとドリンクのオーダーを済ませて、三成と並んでソファに座る。個室は十人ほどが入れそうだが、ヘルプも含め誰も同席させる気はない。
「俺、後悔してたんですよ。この前連絡先交換しなかったですよね」
「そうだったな」
「これ……」
左近は自分の名刺の裏にサラサラと番号とアドレスを書き付けた。
「印刷されてるのは仕事用です。手書きの方がプライベートで」
「ならば、俺も……」
三成も自分の名刺の裏に同じように書いて左近に手渡した。
「実は、本命は店に呼んじゃいけないことになってるんです。だから、次からは外でデートしましょうね」
「左近、本気で俺と付き合うつもりなのか? 俺は本当につまらない男だぞ」
「俺みたいな生活してると気持ちが荒むんですよ。だから、三成さんみたいな嘘をつかない真っ直ぐな人と一緒にいたいんです。それに……」
左近は三成の耳元に口を寄せた。
「気持ちよかったですし。セックス」
三成の顔がほんのり赤くなった。
「それは……俺も……」
「そうでしたか! やっぱり俺たち相性いいみたいですね」
左近は三成のネクタイに手をかけ、緩んだ喉元に唇を寄せた……。と、絶妙のタイミングでドアがノックされる。
「ちっ……いいトコだったのに」
左近がドアを開けてスタッフを招き入れると、オーダーしていたドリンクとフードが素早くテーブルにセッティングされた。
「ヘルプはいらない。2時間は誰も入ってこないでくれ」
左近はそう指示すると、三成を振り返って笑った。
「さ、ゆっくりしましょう……」
雰囲気たっぷりに誘ったように見えた左近だが、個室とはいえこの店では服を脱ぐような行為は禁止だ。
二人でディナーコースばりの料理に舌鼓を打ち、シャンパンを飲みながら楽しくお喋りし、幾度となくキスを交わし、あっという間に2時間は過ぎていった。
会計のときになって、律儀に料金を支払おうとする三成と全額奢ると言った左近は軽い言い合いになったが、三成が絶対譲らないので仕方なく基本料金とシャンパン代だけ払ってもらう事にした。個室とフードは左近が勝手にやったことなので、そこは左近も引かなかった。
「そろそろ閉店時間です。三成さん、今日は来てくれてありがとうございました」
名残惜しそうな左近に、三成は思いを込めて抱きついた。
「俺の方こそ、会えてよかった。本当は、ここに来るのが怖かったのだ。あれはただの気紛れで、ここに来てもただの客としてしか見てもらえないのではないかと」
「疑り深いのも程々にね」
左近は自分が着けていた腕時計を外すと、いかにも値が張りそうなそれを三成のスーツのポケットに入れた。
「使い古しで悪いんですけど、それ、先週買ったばっかの俺のお気に入りです。三成さんにあげますよ。
言っときますが、俺は客にプレゼントしたりしませんからね。新品も私物も。三成さんは恋人だから特別。大事にしてくださいね」
「ありがとう、大切にしよう。ところで、このあと……いいか?」
「アフター? もちろん。エロいキスされまくって疼いてたとこです。このあとは恋人同士の時間ですね」
すぐ出るから店の入口で待っててください。
三成が言われるままに店の外で待っていると、ほんの数分で左近が私服で出てきた。
「お待たせしました。この前のホテルでいいですか? それとも……俺の家に来ます?」
「左近の家、行ってもいいんですか?」
「ええ。すぐ近くのマンションなんです。三成さんは大事な恋人ですからね……」
左近は三成の手を取ると、マンションの方に歩きはじめた。
「なんだかまだ自覚が持てないのだ。左近のようないい男が俺の恋人だなんて」
「俺としては、三成さんのような綺麗な人が俺の恋人になってくれたことが信じられないですよ」
左近のマンションは歩いて5分程度のところにあった。見るからに高そうなマンションの最上階に左近の部屋がある。
「すごいところに住んでるんだな……」
「ここなら店からも近いし、先月思い切って買ったんです」
左近は部屋に入るなり、真っ先に三成をバスルームに案内した。
「ここ、風呂に入りながら夜景が見られるっていうのが気に入って買ったんです。だから……」
「もしかして、ここで俺に抱かれるのを想像していたのか?」
「……してました。毎日」
「そんないやらしい事ばかり考えて、いけない人だな、左近は」
左近は自ら服を脱ぎ、三成の服も脱がせにかかる。
「俺、いけない大人なんです。三成さん、お仕置きしてくれます?」
「仕置きをするつもりはないが……、また足腰ガクガクにさせてしまうかもな」
「ああ……それ、シテ……」
左近はうっとりとして三成の裸の胸に指を這わせた。
窓から差し込む朝日に目を覚ます。
「三成さん……帰っちゃいました?」
隣にわずかに残る温もりに、左近はギュッと胸が締め付けられる。
「もっと一緒にいたかったのに」
昨夜は左近が満足するまでバスルームとベッドで思う存分抱き合った。でもまだ足りない。もっと三成が欲しい。
喉が渇いた左近は、冷蔵庫に水を取りに行こうとベッドから降りる。怠さを訴える腰に苦笑しつつベッドルームのドアを開けると、何かが焼ける音と香ばしい匂いが漂ってきた。
「三成さん?」
「左近、おはよう。ぐっすり眠ってたので起こすのもどうかと思ってな。キッチン、使わせてもらってる」
「朝食の用意を?」
「ああ。といっても冷蔵庫にある材料で簡単にだがな。ほら、できたぞ」
レタスとキュウリとツナとレモンが具材のクロワッサンサンドと、焼き立てベーコンエッグ、玉ねぎとキャベツとトマトの野菜スープの朝食メニューに左近は目を輝かせた。
「いいですね。美味しそうだ」
恋人が作ってくれる朝食。それを並んで食べられる幸せ。野菜スープの不揃いな野菜たちも愛おしい。
「もし許してもらえるなら、休日前の夜に会いに来てもいいだろうか? 左近の出勤時間の夕方までは一緒にいられると思うのだが」
「帰りに合鍵渡しますから、いつ来てもいいですよ。店があるから帰ってくるのは12時過ぎますけど、寝ながら待っててくれればいいですし」
仕事から帰ってきたらベッドで裸の三成が待っていてくれる。最高じゃないか。それを想像すると思わずにやけてしまう。
「左近、朝からいやらしいことを考えているのだろう?」
「貴方と一緒だとね」
「今日も仕事なのだろう? 来週までおあずけだ。さ、朝食が済んだらもう一眠りしてくれ。ふぁ……俺もまだ眠い」
今日は夕方までずっとベッドにいよう。三成にいっぱい甘やかしてもらおう。
「……洗い物は後でしときます、寝ましょうか」
左近は三成の手を引いてもう一度ベッドに潜り込んだ。