【番外編2】捨てる神あれば拾う神あり 桜前線が北上しますと天気予報でアナウンスされて2日目。アパート近くの公園の桜は5分咲きといったところだ。
日中に暖められた空気は、陽が西側に隠れようとすると途端に冷やされ、肌寒さが戻ってくる。コートを羽織り、夕飯の買い出しに出掛けたゴジータとベジットは、いつものルーティンでスーパーからの帰りがけに商店街をぶらぶら見て歩いている。
ふと、ゴジータが米屋のガラス戸に貼られたポスターの前で立ち止まった。
「福引券、今日までだな」
「あ。そういえば、一回は引ける」
「せっかくだから寄っていこう」
「おう!」
毎春の商店街のイベントで、期間内に商店街で買い物をすると一定金額以上で貰える福引券は、下位賞で商店街で使える割引チケットが貰えるとあって中々好評だ。
店と店の間の空き地にテントを張っただけの簡易な会場には、締切間近に駆け込んだ数十人が並んでおり、ゴジータとベジットも最後尾に回った。
前の方ではハズレが続き、当たりなんて入ってないのではとコソコソ話す人達の間に挟まれつつ、二人はポスタースタンドにぶら下がる特賞から下位賞のラインアップを眺めた。
「三等はコーヒーメーカーか……少し欲しいな」
「俺は六等の割引券目当て」
「……ベジット、前から思っていたが、そこまで切り詰めなくても」
「ダメだ!今の内から貯金はしておかねぇと!」
「……でも、あまり無理はするな」
突然耳元で囁かれて、ベジットは一瞬で身体が熱くなった。ゴジータの不意打ちは本当に心臓に悪い。
二人で暮らすようになってあと数ヶ月で季節が一周する。
ベジットの口には出せないネットショッピングをきっかけに、紆余曲折あって同棲する関係となった。
お互いの左手薬指で輝いているホワイトゴールドは、ゴジータから贈られた家族の印だ。
ベジットのリングにはグリーンの宝石、ゴジータの方には琥珀色の宝石が収まっている。それがお互いの目の色を交換した形になっている事に気付いてからは、離れていても薬指を通して恋人と一緒にいるような感覚がする。以来、ベジットの肌身離さずの一番の宝物となった。
「そろそろだな」
ゴジータがテント下に進んだのでベジットも後に続いた。前にいた老夫婦は2回続けて引いていたがどちらもハズレで、ウェットティッシュを貰っていた。
「さあ、カッコいいお兄さん達!何が出るかな〜」
オレンジ色のエプロンを着たテンション高めの初老の男が、俺が差し出した福引券5枚を受け取り、八角形の抽選器のハンドルを指差した。
どちらが回そうかとベジットが目配せをすると、ゴジータが瞬き一つで譲ってきた。
「まだ上位賞が残ってるから当たりますように!」
その声を合図にベジットはハンドルを回した。木製の箱の中で抽選球がガラガラと音を立ててかき混ぜられていく。
抽選なんてこれまで一度も当たった事がなく、毎度どうせハズレだろうと引く前に9割は諦めているのだが、今はゴジータが隣にいるので期待してしまう。
ゴジータと一緒にいると、不思議な事にスーパーや薬局のレシートで絶対に割引クーポンが当たるのだ。懸賞もゴジータが応募すると何かしらが当たり、その度にゴジータは偶然だ、たまたま運が良かったと言うが、この頻度では偶然という言葉の意味がわからなくなってくる。
とにかくこの『抽選でも神』が隣にいれば、運がない俺が引いたとしても、もしかしたら下位賞の割引券くらいは当たるかもしれない。
ベジットは目を瞑った。
『頼む!当たれば今月分の食費が少し浮くんだ!』
ころりと穴から球が出てきた。薄目で確認したそれは白熱灯の光に反射して、一瞬何色なのかわからなかったが、どうも球自体が光っているように見える。
「お、おめでとうございます!一等、温泉旅行ペア宿泊券が当たりましたー!」
「えっ……」
金色の球を前に、ゴジータとベジットは目を見合わせた。
お友達同士で行くのもいいよね、とスタッフから手渡された洋封筒と、オマケでもらったティッシュ箱を片手に二人は無言で帰ってきた。
部屋に入った途端、ゴジータとベジットは同時に両手を高々と挙げた。
「よっしゃーー!旅行だ!温泉だ!」
「ああ!ラッキーだったな」
「流石ゴジータ!」
「え?ベジットが引いたのに……?」
ソファに腰掛けて、じっくり招待券を眺めていると、隣にゴジータが座ったのでベジットはその肩に頭を預けた。
地方のそこそこ有名な温泉旅館で2泊3日。交通費は実費負担だが、一泊数万円はするプランが無料なのだ。こんな機会は滅多にないだろう。
「なあ、いつ行く?」
「そうだな……」
早速スマホのカレンダーを見ながらベジットが尋ねると、ゴジータが言い淀んだので、ベジットは肩から頭を離して、彼の顔を覗き込む。
「今の時期は休むの厳しいか?」
「い、いや!違うんだ、その……」
慌ててこちらを見返した恋人の頬が赤くなっている。そしてすぐに俯いてしまった。
どうやら予定の調整ができないという訳ではないらしい。
ベジットは珍しく照れているゴジータの脇腹をつついた。
「おやおや?ゴジータさん、なんか、よからぬことを考えてるんじゃないの〜?」
「そ、そんなことは……」
ベジットがじっと見つめると相手は観念したようで、こちらに視線の先を戻した。
「……何だか、し、新婚旅行みたいだと思ったんだ」
「……!」
真面目な顔でこんな可愛い事を考えていたとは。本当にゴジータにはドキドキさせられるなとベジットは破顔した。
「ふっ、それ最高じゃん!」
抱きついて頬にキスすると、ゴジータからは唇に触れるだけのキスが返ってきた。
「来月の2週目、平日なら連休取れそうだ。ベジットは?」
「納期前倒して休みにするから問題なし!」
「そうか。じゃあ来週には予定を決めて、予約しよう」
「おう!……へへっ、新婚旅行、楽しみにしてる」
ベジットが笑顔で返すとゴジータの眉が下がった。
「……自分で言っときながら、少し恥ずかしいな」
「あ、エッチな事考えてたろ〜?」
「……一緒にいて、そういうことを考えるなと言う方が無理だな」
「……そ、そっか」
そうやって真面目に返される方が照れるのだが。しかし恋人に求められるのは嬉しくないはずがないので、ベジットは素直に頷く。
「美味いもの食べ歩きしような!」
「ああ、勿論。地酒巡りもしよう」
「おう!」
お互いにもう一度顔を近付けた。
新婚という単語が飛び跳ねたくなる程に嬉しい響きだった事は旅行の時に直接伝えようとベジットは密かに思った。
(続きは未定)