愛の形を育みましょう(アシュグレ♀)「ままいますか?」
「……あァ?」
パトロール開始15分前、10分前行動を心掛けているアッシュはいつもより少し早めにタワーの入口に着いていた。
しかし、周りに目配るも他のイーストセクターのメンツはいつもの如くまだ来ていなかった。
チッ、と舌打ちをすると下の方からの視線に気づき、顔を下に向けると大きな瞳を持つ少年と目が合った。
そして、場面は最初へ戻る。
(…誰だコイツ)
少し動揺したアッシュは、思考をめぐらした。
確かリリーには子どもが居たはずだ、だがそれは娘だった気がする。
同セクターのジェイにも子どもはいるが、この目の前の少年は「ママ」と言い放ったから違うだろう。
そもそもエリオス内には女性が少ないためその分選択肢も少ない。
だから、すぐにアッシュはあるひとつの考えが浮かび上がってきた。
もう一度、その少年をじっと見る。
「…?おにいさん?」
何故気づかなかったのだろうか、そっくりではないか。
青みがかった黒髪、そしてその顔立ち。
少年の特徴はアッシュのアカデミーの同期であり、今はメンティである「ギーク」にそっくりだった。
だが、それでも目の前の少年がグレイの子どもであるという確信は得られなかった。
友達すらいないグレイが男に身体を許し、子どもを孕むことが出来るだろうか?
到底そうとは思えない。
真相を知るには、もう少しで来るであろうグレイ本人に聞けばいい。
アッシュはグレイが来るまでの約5分間がとても長く思えた。
パタパタと足音が聞こえてくる。
しつこく絡んでくる少年に少し疲れたアッシュだが、その足音の主がグレイだと分かるとズカズカとその方向へ歩き出した。
「おい、ギーク」
「ふぇ!?な、なに…?僕遅れてないよ、?」
「チッ、そうじゃねーよ…テメェに聞きたいことがある」
「あ!まま〜!!」
アッシュが口を開こうとしたその時、少年の高い声がフロアに響き渡った。どうやら聞くまでもなかったようだ。
例の少年はアッシュの後についてきて、グレイを見た瞬間「ママ」だと叫んだのだ。
アッシュは複雑な気持ちになった。
同時に、何故かふつふつと怒りが湧いてきたが、目の前の顔が真っ青になったグレイを見ると怒るに怒れなかった。
無垢な少年は、そんな自分の母親の表情に気づくまでもなく小走りをしてグレイの腰にぴたっと抱きつく。
そしてグレイはアッシュが何を聞きたかったのかを察し、言い訳は出来ないと思ったのか諦めたような表情で少年をぎゅっと抱きしめた。
「は、走っちゃだめだよアレン…あとここには来ちゃダメって…」
「あぅ…だって、」
「お仕事終わったら家に寄るからそれまで待ってて…?ママとお約束しよ?」
「ほんとにかえってくる?」
「うん、ママは嘘つかないでしょ…?」
「…はやくかえってきてね、?」
アレン、と呼ばれた少年はうるうると目を潤ませ小さな声でそう呟いた。
そのまま腕をほどき、1人で帰ろうとするのをグレイは慌てて止めた。
そして、オロオロとしながらこちらを見てくる。言いたいことは分かる、もうすぐあとの2人が来てパトロールだ。
しかし、どうやって1人でここまで来たのかは定かではないが、このまま1人で帰らせるのは危険だ。
聞きたいことは山ほどあるが、アッシュは溜息をつきながら手をシッシと動かした。
「話は後からだ…さっさとガキ家に連れてけ」
「あ、ありがとう…」
その後のパトロールは何事もなく(強いていえばビリーがいつもよりもやかましかった)終え、アッシュはいつものように風呂に入り居住スペースに戻ると、グレイがソファに座っていた。
そして扉を開けた音に気づき、肩をビクッと震わせた。
「アッシュ…そ、その…」
「誤魔化すんじゃねぇぞ」
「え……?」
「テメェのことだから適当に誤魔化して逃げそうだからなァ?」
「あぅ……」
その通りでした、と言わんばかりにグレイの顔色がいつもよりも青白くなるのが分かった。
だが、アッシュは一応グレイのメンターである。
その立場からも、今回のことはきちんと把握しておくべきだと考えた。…というのは建前で。
しかし、そのことを伝えると流石のグレイも本当のことを言ってくれるだろう。
しばらく黙っていると、グレイはゆっくりと口を開いた。
「あの子…アレンは、僕の子どもだよ」
「…ンなこととっくにわかってるわ」
「うぅ…親戚の子って可能性もあったでしょ…?」
「あのガキ、ハッキリ【ママ】って言ってやがったからな」
「そ、そっか……そうだよね…」
再びがっくりと肩を落とすグレイにさっさとしろと圧をかけると、グレイの子…もとい、アレンのことを語り始めた。
「あの子は僕が19…アカデミーを卒業した直後に産んだんだ。そこから父さんや弟妹に手伝ってもらいながら育てた……」
そこから顔を緩ませながら少し懐かしそうに昔はもっと泣き虫だったんだ、などとアッシュが聞いていないことまですらすらと話していく。
こんなに楽しそうに話しているのはビリーと話す時くらいだと思っていたアッシュは少し驚きつつ、1番聞きたかったことを問いかけた。
「で、そのガキの父親は誰だ?」
「っ、…そ、それは……」
「なんだ?俺に言いにくい相手なのか?」
「ヒッ…、そ、そんな顔しないで……?言う、いう…から…」
さっきまで楽しそうに話していた姿はどこに行ってしまったのだろうか。
いつものように、ビクビクとしたギークに逆戻りしてしまった。
それほど、話したくないのだろう。
だが、残念なことにその様子はアッシュを唆る材料としかならないのだ。
それに気づかないままグレイは、【あの日】のことを思い出していた。
「はぁ……」
向かいのガラスを見ると、そこには髪や制服がボロボロになった自身が映っている。
もう見慣れたはずなのにな…と思いつつ、頬に流れるものを拭い、もう何回も買い直したカバンを持ち帰る準備をし始めた。
アカデミーに入学してから、待っていたのは希望ではなく絶望だった。
みんなを守るヒーローの学び舎で、こんなことが起きているとは誰が予想できただろう。
「僕が、悪いのかな……」
いや、予想できないだろう。
そう考えると、必然的に自分に問題がありいじめが起きているのだと考えるしか無かった。
それほどグレイの心は、既にボロボロだった。
はぁ、とため息をつき軋む体を立ち上がらせ教室を出ようとした。
…が、出来なかった。
「お〜い、ギークちゃん〜」
「ひぅ…!?」
「今日はさ、いつもと違う遊び…しよっか?」
いつもいじめてくるアッシュ…の取り巻き5人がまた教室に入ってきたのだ。
そしてその1人がグレイと肩を組むような体勢でそう言うと、グレイの白くてほどよく肉付いた太ももをするっと撫でた。
「やっ…!」
反射的に取り巻きの手を叩くと、今度は押し倒され他の4人も囲むように並びグレイをジロジロと眺めていた。
そういう年頃なので、すぐにその意味は分かった。
必死にアカデミーで習った護身術などを使おうとしたが、男5人の力には勝てなかった。
そしてギャハハ、という下品な笑い声とともに白いブラウスのボタンを外される。
一つ一つ、外される度にグレイの心をえぐっていった。
最後のひとつが外され、大きな胸が露出するともうグレイは抵抗することさえやめてしまった。
「アッシュに止められてたけど、今日はいねーから存分に楽しませてくれよ?ギークちゃん?」