恋が芽生える話恋が芽生える話
「うわぁん〜ベスティ〜!!悩めるオイラを助けてヨ〜!」
「……はぁ、なに?今からクラブ行くところだったんだけど?」
出口への近道、そう思って談話室を通ってきたことを後悔したフェイスだったが時すでに遅しだった。
目の前では、自称ベスティであるビリーが大騒ぎしている。
早く退いて、と腕にしがみついてくるビリーを剥がそうとしたが聞いたこともない声のトーンで「ほんっっっとに、お願い!頼れるのDJしかいないノ!」と言ってきた。
…話を聞くだけ、そう思いながら体の向きを帰ると途端にビリーの顔はパァと明るくなった。
「で?俺になんとか出来ることなの?」
「ウーン、女の子の扱いに慣れてるから多分?」
「うわ……パスしていい?」
「ダメダメダメ〜!」
「うるさ…ほら、早く話してよ。」
そう言うと、ビリーの顔が少し強ばった。
そしてゆっくりと口を開いた。
「実はネ……」
「ん、」
「グレイの誕生日に何あげればいいか分からないんだよネ……」
「グレイの誕生日?」
「ウン…1週間後、6/6がグレイの誕生日だヨ」
それでこんなに悩んでいるのかとフェイスは直ぐに腑に落ちた。
少し前に色々あったらしいが、それを乗り越え「友だち」として初めての誕生日なのだろう。
たまには少し真面目に考えるのもありかな、とクラブに行くのをやめビリーの相談に乗るのであった。
それが1週間前の出来事である。
そして迎えた6/6、誕生日と知っていて何も用意しないのは流石にマズいと思い、フェイスもちょっとしたプレゼントを用意していた。
ちなみにビリーは結局好きなものが1番カナ…と言ってグレイの好きそうな新作ゲームを用意したらしい。
チームのみんなとのお祝いが終わったあと、ビリーにメールを送るように伝えていたフェイスの元に1件のメールが入った。
もちろん、送り主はビリーだった。
小さなピンクの紙袋を持ち、イーストの共同部屋へと向かった。
「もしもーし、入っていい?」
「ワオ!早速来たのネ、ダーリン♡」
「ふぇ、フェイスくん……?」
「あー…ビリーはスルーして…ハッピーバースデー、グレイ?」
いつもの如くふざけてるビリーをスルーしたフェイスは、祝いの言葉を述べたあと手に持っていた小さな袋をグレイに渡した。
「わぁ…!その、ありがとう……開けてもいいかな…?」
「アハ、どーぞ?そんなに期待しないでね?」
グレイは少し目を輝かせながら、袋に入った小さな箱を手に取った。
そして、さらにそれを開けるとブランドのリップグロスが入っていた。
噂によると、今人気のブランド同士がコラボした新作らしい。
青みがかったそれは、白い肌のグレイに似合いそうだとフェイス自身が選んだのだ。
ただ、あまりコスメに興味を持っている印象がなかったため、少し違うものを選べばよかったと後悔したのだが。
しかし、その考えはすぐに覆った。
「こ、これジオールとポールアンドジェーがコラボした新作だよね…!?」
「え?」
「わぁ……!このグロスのラメ感がすっごく綺麗で色によって全然違うから全色揃えたかったけど結局1本だけに絞っちゃったから凄く欲しかったんだ…!ありがとうフェイスくん!」
「う、うん…」
「……あ…私また…ご、ごめんね…?」
「あー、違う…こっちこそごめん。なんか意外だったから」
そう、グレイはフェイスの想像していたよりもそのプレゼントを喜んでくれたのだ。
パァっと顔を明るくし、コスメについて楽しそうに語る姿はとても演技には思えなかった。
そしてその様子を見ていたビリーも「あ!」と何かを思い出したかのように声を上げ、ニンマリとした顔をした。
「ふふーん、そういうことだったんだネ?」
「な、なにが…?」
「グレイがお土産をくれるときに使う紙袋、なんかコスメのブランドが多かったカラずっと気になってたノ!」
「あ……うん、確かに…ごめんね?び、ビリーくんに隠してるつもりはなかったんだけど…」
「ウンウン、大丈夫!またグレイのことを知れてso happy〜♪」
「へぇ…ビリーも知らなかったんだ?」
なんか俺忘れられてない?とフェイスは思いつつ、会話に入り込んだ。
まさかビリーまで知らないとは。グレイは隠すつもりは無い、と言っていたが恐らく頑張って誰にもバレないようにしていたのではないだろうか。
自分は可愛くないからこんな素敵なコスメ似合わない、ネガティブな彼女ならそのような事でも考えていたのだろう。
しかし、フェイスは知っていた。
その重たい前髪の下には25歳にしては少し幼く、可愛らしい顔が隠れていることを。
もっと自信を持ってと伝えたが、彼女はどうやらまだネガティブモードらしい。
なにかいい方法はないだろうか。
そう考えた時に、ふとプレゼントを選ぶときに見た広告を思い出した。
(…まぁ、誕生日だから。)
「ねぇグレイ、ベッド連れてって?」
「うん……えぇ!?」
チョットDJ!?とうるさく騒ぐビリーに、ここで待っててと伝え、固まるグレイにもう一度話しかけぎこちない動きでルーキーの部屋へと連れていかれる。
別にそういうことをするつもりはない、付き合っている訳ではないから。
ただ、2人で座れるスペースが欲しかったが共同リビングにはなかったので(ソファには酔ったアッシュが横たわっていた)ここにした訳だ。
「ありがとう。じゃ、ここ座って?」
「し、失礼します……」
「アハ、自分のベッドだよここ?」
さっきからロボットのような動きのグレイに思わず吹き出してしまった。
緊張を解すために、そのままちょっとした雑談を始めるとガチガチだったグレイも少しずつ柔らかい表情になっていった。
(そろそろいいかな?)
フェイスはグレイの手にある先程渡したリップグロスを、再び自身の手に取った。
「ふぇ、フェイスくん…?」
「リップグロスはね、女の子をもっと輝かせるためにあるんだって。」
パッケージをあけ、くるっとまわすとグロスのラメがきらりと輝いた。
先端のチップにたっぷりとつくように、スティックを動かしながらフェイスも自身の口を動かす。
「もっと、っていうことはその子自身に元々輝きがあるって意味じゃない?」
「そ、うだね……?」
「でしょ?つまり、グレイにも輝いてるところがあるってわけ。」
「あぅ……そ、そんなことないよ…」
「そんなことあるよ」
チップにたっぷりとついたグロスを確認すると、空いた左手でフェイスはグレイの小さな顎をクイッと上げた。
そして、ぽってりとした唇に微かな鮮やかさと華やかな輝きを乗せていく。
「でも、どうしても自信がつかないって時はこのグロスを使って?」
チップにたっぷりとついたグロスが、全てグレイの唇に乗ったと同時にフェイスはそう伝えた。
「ぁ……」
そして、グレイはチップが自身の唇から離れると名残惜しそうに小さな声を出す。
グレイの唇へ注いでいた視線を、顔全体へ向けるとそこにはうっとりとした表情のグレイがいた。
それを見た瞬間、フェイスは自身の胸が大きく鳴るのがわかった。
何となくこうなってしまうのではないかと思っていた。
地味なのに意外と女の子らしい趣味が好きなこと、いつも自信のなさそうな顔をしているのにこんな表情を出来ること。
以前自身に寄ってかかってきた女性たちが「ギャップ萌え」と口にしていたが、その気持ちが今では痛いくらい分かる。
「うん、似合ってる。」
「あの、その……」
もじもじとするその姿も、以前なら面倒臭いと思っていただろう。
でも今では、可愛いという感情しか湧いてこない。パクパクする唇は、自身が乗せたグロスによって艶やかになっている。
自身の行いに少し後悔しながら、フェイスはグレイをどう落とすかをゆっくり考えることにした。
「また来るね?おやすみ」
「お、おやすみなさい…」
ゆらゆらを手を振りながらフェイスは部屋を出た。その背中を見る視線には、既に熱がこもっていることには気づかなかった。