つよさの証気がついたら体が勝手に動いた。
俺は子犬を庇うように不良2人組の前に飛び出していった。
学校からの帰り道、「くーん」という弱々しい鳴き声が耳に入った。
声が聞こえた方を振り返ると小さな子犬が一匹、ぷるぷる震えながら地面に座り込んでいる。
そして、その子犬に石をぶつける高校生の男が2人。
極端に着崩した制服に派手な髪、意地の悪い顔。
いかにも不良という出立ちだった。
「へへっ……ビビってやがるぜ、このワン公!」
「ほんっとよえーよな。マジうける」
下品な笑い声とともに地面の石を拾っては子犬に投げつけていた。
(あいつら……っ!)
最悪だ。抵抗できない弱い奴を選んでいじめるなんて。
俺は奥歯をぎりっと噛み締め、不良の背中を睨み付ける。
しかし相手は高校生。
自分の何倍も背丈がある。
そのことに無意識に足がすくんだ。
そんな弱い自分にもイライラした。
だが、片方の男が手に持った、今までのよりも一回り以上大きな石を見た途端、俺はたまらなくなって、奴らの前に飛び出した。
「あ??!なんだてめぇ!」
子犬に覆いかぶさるようにしてしゃがんだ俺の背中に不良の怒鳴り声が降ってきた。
「邪魔だ!どけ!!」
発せられた怒号に心臓がバクバクと反応するのがわかる。
怖い。
正直怖かった。
けれど、引くわけにはいかない。
あんな大きな石をぶつけられたら、きっと自分の下で震えてる小さな子犬は死んでしまう。
「おい!聞こえねえかよ!チビ!」
「さっさとどけっつってんだろ!!」
不良のわめき声とともに背中に痛みが走る。
蹴られたのだ。
痛かった。
ぎゅっと目をつぶって耐えたが、涙が出てきた。
「なんだ?こいつ?」
「アホなんじゃね?」
退かない俺の様子が逆に滑稽にうつったのか、二人はゲラゲラと笑いながら俺の背中に次々と蹴りを入れる。
すごく痛かった。
蹴られた衝撃が響いてなんだか心臓まで痛い気がした。
ぼろぼろと涙が出てきて顔を濡らす。
今すぐ逃げたいが足がすくんで逃げれない。
それに子犬をおいていけない。
(俺、死ぬのか……?)
そんな言葉が頭をよぎったその時、急に不良からの蹴りが止まった。
「あ?なんだよ、オッサン……わあああっっ!!!」
突然不良の悲鳴が聞こえてきた。
恐る恐る顔を上げると、なんと俺を蹴っていた不良二人が少し離れたところに揃って横たわっていた。
「!!!????」
そしてそれを見下ろす見慣れたスーツ姿があった。
(ま、真島………?)
真島は横たわる二人の胸ぐらを掴むと、思い切り地面に叩きつけた。
「ぎゃあ!!」
「目障りや。お前ら」
顔を押さえて悲鳴を上げる不良たちに、真島がドスの効いた声で吐き捨てた。
「はよ消えろや。せやないと……」
そう言いながら黒い手袋をした拳を振り上げた真島に、不良たちは何か訳のわからないことを言いながら逃げていった。
「おい!大丈夫か?かずまチャン!!」
真島は俺の前にしゃがみ込み、先程までとは打って変わって慌てた様子で声をかけてきた。
「ま、じま……さん……」
我慢してきた背中の痛みと、解放された妙な安心感で、俺はそこで気を失った。
------
目を覚ますと、見慣れた天井と、俺を心配そうに覗き込むゴロ美さんの顔がぼんやりと見えた。
「!!!かずまくん!気ぃついたか?!」
「……ゴロ美……さん?………痛っ!!!」
背中に痛みが走る。
俺は横向きに布団の上に寝かされていたが動くと痛かった。
次第にはっきりしていく目の前の景色。
どうやらここはゴロ美さんの家みたいだ。
「かずまくん!まだあんま動いたらあかんで。背中痛いやろ?」
「ゴロ美さん……俺……」
どうしてここに?
そう言うのを遮るようにゴロ美さんは俺の手をぎゅっと握った。
「もう!心配したんやで!!」
「?!!」
「あかんやんか!あん時もし通りかからんかったらどうなっとったか!!」
「え?」
「!!……あ、ああ、真島さんがなっ……たまたま通りかかったで、その、連れてきてくれたんや!」
「真島さん……」
それを聞いて、俺は自分に何が起こったのかだんだん思い出してきた。
そして、はっと子犬のことを思い出した。
「そうだ!……あの犬……あの犬はどこに?!」
「?……ああ、一緒におった小っちゃい子犬のことか?あいつやったら大丈夫や。手当して西……いや、真島さんの部下の人が預かってくれとる」
「そっか……良かった……」
俺は安心して一気に気が抜けたような感じがした。
ふにゃりとなった俺にゴロ美さんは一瞬、愛おしそうに微笑んだが、すぐに我に返って険しい顔をした。
「かずまくん!もう!こんなぼろぼろになって!危ないやろ!!」
「……ゴロ美さん?」
「もうあんな無茶なことしたらあかんで!……ほんと、もしあのまま蹴られとって大怪我したりしとったかと思うと……」
ゴロ美さんは怒っていたかと思うと、次第に俯いて声を振るわせ始めた。
とても心配してくれているようだった。
俺は申し訳ないのと情けない気持ちでいっぱいになった。
「ごめんなさい……俺……」
なんだか涙が出てきた。
ゴロ美さんの前で泣くなんて、小さい子みたいなことはしたくなかった。
俺は必死に涙を隠すように俯いた。
けれど、ゴロ美さんはそんな俺のことなんかお見通しみたいだ。
「……泣かんといてや。かずまくん……ごめんな……心配やで怒ってしもて……」
ゴロ美さんは俺の腰の辺りにそっと手を回すと優しく抱きしめてくれた。
温かいゴロ美さんの体温が心地よくて、体はまだ痛いけど、少し楽になったような気がした。
「ゴロ美さん……ごめん……」
「うん……」
ゴロ美さんは俺の頭をそっと撫でてくれた。
「でもな、かずまくん……」
「?」
「たしかに無謀やけど……あの犬守るために一人で向かってったんはかっこよかったで」
「?!!」
「っ!……ああ、えーと……そうやって、真島さん言うとったんや!私もそう思うわ!」
「真島さんが……」
ゴロ美さんが言ってくれた、かっこいいという言葉がくすぐったい。
真島がそれを最初に言ったみたいだが、不思議といつもみたいに嫌な気持ちはしなかった。
「……ゴロ美さん」
「ん?」
「ありがとう……俺、その……真島さんにもありがとうって言わなきゃ……」
「かずまくん……」
ゴロ美さんは少し驚いて、それから何か考えるような顔をしていたが、すぐに笑顔で頷いてくれた。
「そやな……今度会ったらかずまくんの話……聞くように言うとくわ!」
「うん!」
「……そうや!かずまくん!何か食べたいもんないか?早く元気になるように、ゴロ美さんが美味しいもん作ったるで!!」
「本当?!……っ……いてて」
俺は嬉しくて思わず大声で聞き返してしまった。反動で背中が痛い。
ゴロ美さんはそんな俺の様子に「もう、かずまくん喜びすぎや!」と笑うと、優しく背中をさすってくれた。
-----
「もう、怪我ええんか?」
「?!……真島さん!」
数日後、道を歩いていると、真島が声をかけてきた。
いつものようにタバコをふかしながらニヤニヤしてこちらを見下ろしてきたが、何故か嫌な感じはしなかった。
「は、はい!……あのっ」
「ん?」
「た、助けてくれてありがとうございましたっっ!」
俺は一息にそう言うと、ガバッと頭を下げた。
ランドセルがガラガラと音を立てる。
ほとんど話したことがないせいで、緊張するしなんだか照れくさかったが、きちんと言わなきゃと思っていた。
今までは会うだけで嫌だったけど、あの日以来、ずっとお礼を言いたくて、早く通りかからないかなとすら思っていた。
「ああ……別にええ。あの不良どもがうっとおしかっただけや」
真島はさして気にしていないというようにひらひらと手を振った。
「で、でも、俺のこと運んでくれて……」
「あれは、ついでや……まあ、お前放ったらかしにしてったらゴロ美怒るやろしな……」
そう言うと真島はタバコを手に取り空を見上げた。
「そ、そうですか……」
「ああ……まあ、気にすんなや」
そう言って再びタバコを口に咥えると、真島はポケットに手を突っ込み歩き出した。
「ほな、またな」
「は、はい……」
「……まったく、無謀やわ。小学生が高校生相手に……」
「?!」
「けど、ええ度胸しとるわ……お前、将来ごっつなるかもな、かずまチャン……」
そう呟くとヒヒヒと笑いながら真島は去っていった。
「…………」
思いがけられない言葉をかけられ、俺は呆気にとられていた。
けれど、なんだか少し嬉しかった。
(俺も真島さんみたいに強くなれたらいいな)
気がつくと頭の中にそんな台詞が浮かんでいた。
はっと我に返り、俺はなんだか恥ずかしくなった。
俺はそんな気持ちを振り切るように、走り出した。
end.