ネイルが渇く迄満足に動けないのを良い事に好き勝手されるドラロナの話「ねぇ、ロナルドくん一生のお願いしていい?」
土管工が一国の姫を救いに行くゲームのタイムアタックをしていたドラルクが、思い立ったように隣に居る俺を振り返り言った。
ちなみに一生のお願いはこれで24回目だ。何を持って一生のお願いなのか分からないが、そのツッコミは既に過去10回以上はしてるし、その度に適当にはぐらかされるから無駄な問答だ。
「内容による」
よって俺の答えは最近もっぱらこれに統一されている。
已然ドラルクの可愛さに内容も聞かず承諾した結果、とんでもない目に合ってから同じ轍は二度と踏まないと心に決めたのだ。
「警戒しないでいいよ、酷い事でもえっちな事でもないから」
「ならさっさと言えよ」
「ちょっと待って、その前にこの面だけクリアさせて」
「タイミングクソ悪おじさん」
別名要領クソ悪おじさんは「だって~」と甘えた声を出してピスピス泣いてる。相変わらず勢いだけで生きている節が否めない。最初出会った時はクソザコな部分はさて置き、もう少し大人で冷静で、二百年生きてきただけはある貫禄を見せていたというのに、最近は気を抜いているのか、それともこれが素なのか、間抜けた一面を多々見せてくれる。のが、実の所、正直、ちょっとだけ、嬉しかったりする…。
「よし!」
真剣にゲームをしていたドラルクが声を上げ、コントローラーを置いた。
「終わったのか?」
「ううん! 全然終わってないけど折角君がいるんだし、やっぱり君と出来る事をしたいと思った!」
「はっ、なんだそれ」
「ねぇ、さっきの話の続きしよルドくん」
「お前が勝手に止めてたんだろ」
「そうだった。なら再会します」
「どうぞ」
言うや否やドラルクはポケットから一つの小瓶を取り出し、俺の目の前に掲げて見せた。
「なんだ?」
「ネイル液だよ」
フタを回して開ければ、ツンっとシンナーの匂いがする。
「塗ってもいい?」
冷たい手が俺の手を取り、形のいい細い指先が俺の指を撫でた。
「…一生のお願いってこれか?」
「うん、駄目?」
駄目じゃない。むしろこんな程度で良いのか? お前の一生安すぎないか? 首傾げるな、可愛い。色々と思うところはあった。
「いいぜ」
しかし口に出来たのは一言だけだった。
◇◇
ソファの上に並んで座り、ドラルクは俺の手を取り、蓋についた筆で器用に俺の爪を赤く彩っていく。みるみるうちに薄肌色だった爪はドラルクの瞳の色と同じになり、ネイル独特の光沢を放つ。
「よし、逆の手出して」
「ん」
左手の指5本全部塗り終えたドラルクが俺の手を離す。塗られたばかりで乾いてない指先がどこかに当たらない様に気を付けつつ、右手をとんとドラルクの手に乗せた。
「犬みたいだね」
「同じこと思ってんじゃねぇよ」
「ふふっ、君どっちかっていうと猫ちゃんなのにね」
不機嫌そうな顔を作って睨んでやれば、「ごめんね」とでも言うように顎の下を撫でられる。吸血鬼には許してはならない喉の近くを触れられているというのに、警戒ではなく気持ちよさに肌が粟だった。冷たい手は頬を撫で、髪を梳いていく。心地よさに目を細め甘受していると、名残惜しそうに手が離れた。
「右手も塗っていくね」
「ん…」
右手も左手同様、丁寧に色付けられていく。全ての指をドラルクの色にされた所で、手がパッと離された。
「うん、良い感じ。乾いてからトップコート塗るから、それまでどこかにぶつけたりしたらダメだよ」
「いつ頃乾くんだ?」
「んー、10分ぐらい?」
「は? 長すぎだ、…ろ」
言いかけた所で顔に影がかかり、ソファがギシと鳴く。部屋の電光をバックにドラルクが俺を見下ろしていた。
「あ…」
「動かないでね」
キスされる。そう思った時には遅く、唇をふさがれ、熱を帯びた舌が俺の口の中へと侵入した。驚いて逃げかけた舌を長い舌がきゅっと抱きしめるみたいに掴み、余すことなく絡みつく。
「っ、…ふ」
粘膜が触れた所からぞわぞわと電流が走り、鼻から蕩けた吐息が抜けていく。
「ゃ、め…はな」
キスは好きだ。けど俺にも準備ってものがある。好きな奴に突然こんなことされたら嬉しすぎて我慢できなくなる、っていうのに、それを知っててわざと俺のペースを乱してくる。
「はっ、ドら――」
頭を振り無理矢理に口付けから逃れる。ドラルクを睨みつけ、マントを掴み引きはがそうとした所で、逆に手首を掴まれ、ソファの背もたれに押し付けられた。赤い目がじっと俺の目を覗き込み、「駄目」と一言冷たい声が鼓膜を揺らす。
「駄目だよ、爪、よれちゃう」
睨んでいる訳じゃない。ただじっと真っすぐ見つめているだけ。声だって責めるような物じゃない。なのに目を離せない。喉が震えて言い訳の為の言葉すら出てこない。
「ぁ…、っ」
「お願い聞いてくれたのは君だよ、ロナルドくん」
端からこれが目的か、そう言いたかったのに絞り出す前に口を塞がれる。逃げようとソファの上を擦るように後ずさるも、ひじ掛けに阻まれる。上半身を支える為の場所はなく、下手に逃げればソファから落ちかねない。
「むっ、んむっ」
逃げたいのに。落ちないように体を支え続けなくてはならず、俺の体の横に手をついて見下ろすドラルクの唇に、自らの唇を押し付けてしまう。これじゃあまるでドラルクの口付けに応えてるみたいだった。
「ふっ、はぁっ」
何度も口内を責められる。唾液が溢れ、ドラルクのと絡んでまざって、喉の奥に落ちていく。飲み込めなかった分は顎を伝い落ちる。溺れそうになって角度が変わる度、ぷはっと息をすれば、抑えた笑い声が降ってくる。
「かわいい」
誰のせいでこんな童貞みたいな反応してると、そう睨みつけて舌の一枚でも噛み切ってやろうとすれば、その前に舌の付け根をぬるりと舐められて一気に力が抜ける。その途端体を支える事も出来なくなり、ガクッとソファから落ちかけた。
「わっ、ロナルドくん…!」
「っ」
ぐいっと腕を掴まれて引き寄せられる。視界がぐらりと大きく反転し、上に居たドラルクが俺の下に居た。俺を引き寄せた反動でどこかぶつけたのか、ただの反作用か、軽く耳が砂り、サラサラと落ちていた。
「大丈夫? 怪我ない?」
「ん…、…大丈夫、お前も…」
「大丈夫だよ、心配してくれてありがとう、優しい子だね」
目を細めて微笑まれる。そのまま頬を撫でられ、冷たい手が俺の項に回り、ゆっくりと引き寄せられた。
「っ、もう、いいだろ」
これ以上は我慢が出来なくなる。ドラルクの体を挟むように、ソファについた腕に力を入れて体を支えて抵抗すれば、ドラルクの視線がスッと逸らされる、誘われるようにそちらを見れば俺の手があった。
「嫌だったらいつもみたいに殴ってごらんよ。じゃないとやめてあげない」
爪は引き寄せられた時にどこかに当たったのか擦れてよれていた。今さら殴った所で何も困らない。
「……ねぇ、いいだろう?」
ドラルクからは死角になっている。ネイルがよれているのは見えてない。
「…くそ」
俺は悪態をついて体を支えていた腕から力を抜く。観念したのを見たドラルクは僅かに口の端を吊り上げ、赤い舌を晒し舌なめずりをした。
「覚えてろ」
「忘れるわけないだろう」
頭を撫でられ引き寄せられる。
これは仕方ない。暴れたら、殴ったら、折角ぬってくれたネイルがよれてしまうから。明日が仕事だとしても、コイツを調子付かせる行為だとしても、仕方ない。
◇◇
体を重ねる事は無かった。
その分、散々口内を長い舌と鋭い牙で嬲られ、舌をしゃぶられた。唇がふやけて溶けてしまうのではないかと思う程愛され続け、解放された頃には酸欠で意識が朦朧とし、一人で起き上がる事も出来なくなっていた。
頭に酸素が回るまで、ドラルクの硬い胸に耳を当て横になる。その間ドラルクは自らの指を赤く染めていた。
「ふふっ、お揃い」
自らの爪を塗り終えたのか、読経のような鼻歌交じりにドラルクが言う。その声を聞いて俺はもぞ…と頭を持ち上げた。
「あ、おはようロナルドくん、君のも後で塗り直すからね」
「ん…」
短く返し、ドラルクの胸に頬を押し着けながら様子を見上げる。自らの爪を見つめ、満足そうに口元をもにもにと小さく波うたせて笑っていた。
「……10分かかんの? 乾くのに」
「え? あぁ、うん、本当はそんなにかからないよ。3分ぐらいかな」
「3分…」
3分か…。程いい時間だ。
ドラルクの上から退き、ソファの横に立つ。ドラルクは「ん?」などと言いながら、寝転がったまま俺を見ていた。
「3分な」
「え? ロナルドく」
言い終わる前にドラルクの唇を塞ぐ。触れる程度のキスをして、直ぐに離して距離をとってドラルクを見下ろしてやれば、ぽかんとしていた顔がだんだんと赤く染まり、薄く開いた口は笑みともなんとも言い難い形で固まって震えている。
「ちょっ、ロナルドくん!?」
「動くとよれるぞ」
言いながら額に口付けを落とし、何か言いかけた所でまた唇を塞ぐ。深い奴はしてやらず、触れるだけの物、バードキスってやつをし続ければ、ドラルクは「じれったいぃいいーー!!」などと悔しそうに嘆いていた。
面白くて調子に乗った結果、逃げるタイミングを失ったのは誤算だった。