七夕願い「星に願い?」
絵名のオウム返しに瑞希は頷く。
「そ、オホシサマにお願い事! ほら、もうすぐ七夕でしょ? スーパー行ったら七夕仕様のお菓子が売っててさ。それ買ったら貰っちゃったのがこの短冊ってわけ!」
瑞希が示した先には、セカイの地面の色と比べ鮮やかな色彩を放つ星形の小さな紙。小さく開けられた穴には紐が通っており、笹に括り付けられることが想像できる。
「ついでにちっちゃい作り物だけど笹も買ってきたから、セカイで七夕できないかなーって。ほら、君もいるしね」
ウインクした先には小さな少年。少し前からセカイに居着く幼姿の天馬司だ。キラキラと輝く瞳で星形の短冊を見つめている姿から子供らしさが窺える。
「オレも?」
「うん! ペンも幾つか持ってきたから、ミクたちも一緒に書こうよ」
「いいの?」
「もちろん!」
「あら、ならメイコも呼んできた方がいいかしら」
「リンとレンも呼んでくるね」
「よっろしくー!」
ミクとルカが立ち上がり何処かへと向かう。何処に他の三人がいるのか把握しているのだろうか。
「はあ、勝手に決めてくれちゃって」
「えー、絵名はお願い事しないの?」
「するわよ。こうなったら付き合ってあげる。奏はなんて書く?」
「え、ええと……誰かを救う曲が作れますように、かな」
ふわり、と笑った奏が短冊を一枚手に取る。奏のお願い事に微笑んだ瑞希はペンを差し出した。
「奏らしいね。はいこれペン」
「ありがとう。瑞希はどんなお願い事をするの?」
「うーん、そうだなー……可愛い服が買えますように、かな?」
何故かキメ顔で宣った瑞希に「いやなんでよ」と絵名がツッコミを入れる。
「わざわざ星に願うほどのことでもないでしょ……。まあ、瑞希らしいっちゃらしいけどね」
「でしょー。絵名は? やっぱイラスト関係?」
「そうね。絵での表現力が上がりますように、とかかな」
瑞希からペンを受け取りながら絵名は答える。そして「まふゆは?」と問いかけ、それに短冊を手に取りながらまふゆが首を傾げる。
「お願い事……、見つかりますように?」
その答えに「あー……」と苦笑いの瑞希と絵名。奏は作曲への意気込みを新たにする。しかし、その場にいる一人、司だけが何も知らない。
「なにか、探し物があるのか?」
キョトンと見上げる、心配の色も乗せた瞳を、まふゆは見つめ返す。
「……うん。なくしもの」
「そっか。見つかるといいな!」
何も知らない無垢な笑顔に、まふゆは頷く。
「そうだね。……天馬くんは、どんなお願い事を書くの?」
「あ、確かに気になるかも」
「やっぱり、スターになるぞ〜とか?」
少し戯けながら言った瑞希を見上げ、黄色い短冊を手に持ちながら司は笑う。
「うん! 勿論! オレの夢だから!」
そりゃそうか、と絵名が笑う。奏も微笑んでいる。瑞希も、笑いながら、ちょっとだけ首を傾げた。
バーチャルシンガーたちの短冊も書き終わり、セカイに生えているのか突き刺さっているのかよく分からない鉄骨に笹を飾って暫く。その近くで衣装アレンジをしていた瑞希のもとに司がやってきた。
「瑞希さん、まだ短冊って残ってる?」
手を後ろにやりながら不安げに聞いてくるから、瑞希は首を傾げながら持っていた衣類を地面に置く。
「うん、まだあるけど……でも、どうしたの?」
「お願い事、変えたくて。でもペンだから文字消せなくて、破っちゃったんだ」
「え、破ったぁ?!」
後ろ手を前に出し、これ、と見せられた小さな両の手にはくしゃくしゃの黄色の紙屑があった。
「おわぁ、結構大胆に行ったね。あれ、でも君、スターになりたいんじゃなかったの?」
「スターにはなるよ。でもそれはお星様に叶えてもらうことじゃなくて、オレが叶えることだから」
「……そっかぁ」
「それに、オレがスターになるのは決定事項だから」
「決定事項」
そう、と頷く司の瞳は真っ直ぐで、何もかもを信じきっている色合いだった。昔から変わらないんだな、この人は、と瑞希は呆れも含めて笑う。
「そっか。なら他のお願い事じゃないとね。短冊持ってきてあげる」
「ほんと!? ありがとう、瑞希さん!」
未だ慣れない呼び名に擽ったくなりながら、瑞希はスマホを取り出した。
ぱっと行ってぱっと戻ってきた瑞希は一応何枚か持ってきた短冊と一本のペンを司に渡す。
「はい、好きなだけ書いていいからねー」
「それじゃズルになるよ。お願い事は一人一個!」
「……君は本当真面目だねぇ」
うりうり、と頭を撫でると「やめろー!」と言いながら司はきゃらきゃら笑う。
「さて。それで、なんて書くの?」
「えっとね、咲希の体がよくなりますようにって」
目を見開いた瑞希に、司が説明を重ねる。
「あ、オレには妹がいて、咲希って言うんだけど。昔っから体が弱くて」
「あー、うん」
そういえばそんな話も聞いたことがあるな、と瑞希は頷く。
「……スターは、いつか絶対なるしなってみせるし、決定されたミライなんだ」
「強いな」
「でも、咲希は……咲希の体は、どうなるか分からない」
小さく、息を呑む。この子は、この小さな体で、全く理不尽にも思える運命を既に知ってしまっているんだ。
「だから、咲希のことはお星様にお願いするんだ。オレは、どうにもできないから。オレは神様にはなれないから、だからお願いするしかない」
キュ、とペンの蓋をとった司は、地面にしゃがみ込んで短冊に文字を書いていく。
この子は、この年齢で既に『どうにもならないこと』を知っている。諦めるしかないことを、自分の無力を、それこそ神に祈ることしかできないような運命を、知ってしまっているんだ。
全てが順風満帆に上手くいっているような、挫折も無念も経験なんてしたことないような、そんな人生を歩んでいそうだと、初めは思っていた。きっと絵名あたりも、元の天馬司に出会えばそう感じることだろう。なんならあの振る舞いだし当たりがめちゃくちゃ強かったかもしれない。
でも、そんなんじゃああの類を満足させられないよな、とは思っていた。確かにとても面白い人だけれど、類があんな風になるような人なんだから、ただの良い人ではないのだろうと。
だから、まふゆがこのセカイに連れてきた時はちょっとだけ納得した。明るい面だけではなかったり、かと言って単純に絶望してるだけではなさそうだったり、多重構造になっていそうな人格構成は確かに類の好奇心を強く刺激しそうだ。なんなら類だけでなくまふゆにまで取っ捕まっている。
今だって、きっと神に強請ったところでどうにもならないことを知っていて尚書かずにはいられない兄心があるのだろうと思ってしまう顔をしていて、単純に見えてそうでない思考回路が少し気になってしまう。
きっと好奇心旺盛な人間に好かれる人なのだろう。ぱっと見とのギャップが多くあり、かと言って全くの嘘をついているわけでもなさそうなんだから、これは確かに、興味深い人だ。
出来た、と呟いて司が体を起こす。星形の短冊には妹の健康を願う文字列が書かれていた。
「よし、書けたね。じゃあコレを新しく吊そうか」
「うん! ……あ、そうだ」
「ん? どしたの、書き損じでもあった?」
違うよ、と首を振った司が、はい、と星を一枚渡してくる。
「瑞希さんも書き換えない?」
「……え? な、なんで? ボクのお願い事はあれで大丈夫だよ?」
戸惑いを露わにする瑞希に、司は首を傾げる。
「でもあの時、なんか、笑顔が違う気がした」
あの時、とはみんなで“どんなお願い事を書くか”話していた時だろう。可愛い服が買えますように、というのは瑞希の本心だ。でも、本当に本当に神様にお願いしたいことか、と聞かれると、口籠もってしまう。
「……あー、君、結構鋭いよね」
「やっぱり、あのお願い事は違うの?」
そうだね、とゆるく苦笑う。神様にお願いしたいことなんて昔っから決まってる。叶うわけないだろうなって思いながら祈ること。それを文字に認めるなんて、出来るわけない。
「本当のお願い事、なあに?」
「んー、なんだと思う?」
「えっ」
「ふふ」
「む、揶揄うなよ。教えてくれないのか?」
「うーん。別に、お星様に願うのも違うかなぁって」
「でも、お願い事は一人一個だよ」
「それはもう、お洋服でいいよ。可愛いの欲しいもん」
それもまた本心、と笑う。それでも納得していない様子の司に、それなら、とその前髪を撫で上げた。え、と見開かれた目に微笑みながら、露わになったおでこへそっと口付けを贈る。
「——これは、おまじない。お願い事の代わりのおまじない。君がスターになれますようにっておまじない。君にとっては決まり切った未来なのかもしれないけどさ。いつかボクに見せてよ、キラキラのスターの姿を」
見たいんだ、舞台で輝く貴方が。古馴染みの魔法で煌めくスターが。
それに、まふゆはああ言うけどさ。きっとやっぱり先輩は、ショーをしてる時が一番楽しそうだよ。類と同じ。だから、
「凄いスターになってね。言われなくても、かもだけど。きっと君ならなれるから」
額を抑え、顔を赤らめながら見上げてくる少年に、してやったりと笑う。このおまじないは、昔たま〜に姉にやられていたものだ。幼心に気恥ずかしかったのを思い出し、司の顔を見て瑞希は微笑む。「これじゃ代わりにならない」と悔し紛れに言うから、「なるんだよ」とその頭を撫でてやった。
君は、貴方は、こんな場所にはいちゃいけない存在なんだ、きっと。