仮面舞踏会からの招待状 ~準備編~ 一カ月も無かった夏休みが終わった頃、山城国の私の本丸に一通の手紙が届きやがりました。
「なんだろう……西洋風の手紙だね。」
本丸の入口にセットしているポストから今日の手紙を取ってくると、中に某魔法学校に出て来そうな手紙が一つだけ色々な手紙と混ざって存在していた。
あまりの不自然さに、急ぎ足で本丸に入って行った。
「加州~!変な手紙が入ってた。某魔法学校みたいな手紙!」
我が近侍である加州清光の姿を見つけると、私は加州に向って走って行き手紙の事を報告した。
何処かに向かう途中だったのか、手には大量の荷物を抱えて振り向く。その顔は何処か不機嫌そうに、眉間に皺を寄せていた。
「何で、そんな事一々報告してくんの?」
「はあ?君が何か可笑しなものがあったら、報告しろって言ってたじゃん!!」
いつかの日に何処かの本丸のおっさんから手紙を貰って以来、そういう事に敏感になっていた近侍は、私にこう言った。
『また、こんな事があっても困るから、本当に嫌な物だったら俺か安定や他の連中に相談する事。……本当に何かあったら困るから…………。』
普段は嫌味や毒を私に向って大量に吐く癖して、そういう私に対して何か大変な事があったら、しっかりと親身になってくれる。
それが私の近侍、加州清光である。だが、普段は塩である。しょっぱくて泣きそうになる。
いつも通り塩だ。と思いつつも前に言われた事をそのまま、加州に言い返してやった。
「ああ……言ったな。でも、今回のは良いんじゃないの?コレを開けば、夢の魔法学校へ行けるかもよ?」
「うんなお伽話があるか!?あったら、今頃、イギリスは凄い事になってる!」
顔を私から背けて、その大量の荷物をまた運び始めた。私もその後ろについて行く。
「何で、ついてくるの!」
「別に良いじゃん。」
「安定の所に行けよ。」
これ以上、加州に付きまとったらマジギレされそうなので、大人しく居間に居そうな大和守安定の元に行く事にした。
そうやって冷たい態度を取ったりする癖して、結局は一緒にいる事が多いんだけどね……。
運んでいる荷物を置いたら、居間に来そうだ。この本丸内で一番時間を共にしている分の勘が、私にそう話し掛けてくる。
「安定!!」
取り敢えず、居間へと向かった。
居間へと顔を出すと、内番服の姿で前田藤四郎や秋田藤四郎と一緒にいる安定がいた。
「あれ?どうしたの、主。」
「あ、いた。前田君も秋田君も一緒だったんだ。」
彼等の前には、大量の男物の服が山積みになっていた。私以外の洗濯物だ。干していた洗濯物がしっかりと乾いたんだろう。
三振りで五十数振りの洗濯物を畳むのは容易ではないと感じて、私も手伝う事にした。
「いや……あのさ、まだ封は開けてないんだけどーー、」
例の西洋風の手紙を三振りに見せると、三振りの手が全部止まった。安定は私から手紙を受け取ると表と裏をその場で見渡した。
「何?この手紙」
「分からん。ポストの中に入っててさ、何かいい意味で不自然だから加州に聞いたのに、安定の所に行けばって言われた。」
「清光……。」
安定に行くまでの事を簡潔に話すと、呆れた様に自分の片割れに対して溜息を吐いた。
特に問題は無さそうだから、開けてみたらと勧められたのでカッターを取り出して、上の部分を切って開けてみた。
中には参加・不参加・近侍と審神者の名前を書く欄の紙と、≪仮面舞踏会≫と書かれた手紙の二種類の紙が入っていた。
「仮面舞踏会……。はああああああ!?」
その文字が見え、理解した瞬間、叫んでしまった。声はそんなに大きくはしていないはず。
舞踏会って、あの≪舞踏会≫だよね?シンデレラとかにも出てくる。決して、武道界じゃないよね!?
「うるさっ……。」
「あ、清光!」
≪仮面舞踏会≫という字面にフリーズしている私の背後から、抑揚のない聞きなれた声が入って来た。
固まった私の手から奪った手紙を見ていた安定は、背後の刃物にそれを渡すのが目に入った。
「仮面舞踏会。」
「政府からの手紙で、それの招待状だって。」
少し目を通したよ。私の隣に座った加州に概要を、安定は簡単に話す。ふ~ん。と言いながら、彼も手紙に目を通す。
「近侍を一振り連れて参加……。会場に入ったら、主従関係は無いものとするね。」
「今回の手紙は可笑しくは無いね。」
「うん。」
手紙の内容が気になったのか、前田君も秋田君も加州を挟んで手紙を見ていた。私は未だに意識がパニックになってる。
何で舞踏会?は、え!?
「政府が、各本丸の審神者を労う為に開くんだって。」
それって、労うじゃないよね?!全部、目を通したらしい加州が手紙を渡してきた。
「舞踏会ですか……。」
「まるで、お伽話のようですね!主君!!」
落ち着いた雰囲気で何か考える前田君に、顔を赤くして興奮している秋田君。加州と安定の沖田組は特に何を考えているのか分からない。
「別に参加しても良いんじゃない?」
「お前、容易に言うけど、コイツが大丈夫だと思う?」
大丈夫そうに装っているけど、体は正直だ。震えてはいないけど、体を何かが這うような感覚が体を蝕んでくる。
一言でいえば、「気持ち悪い」。無意識に右手で左の肩を抱いていた。
「アレのお陰で、男不審みたいなのが悪化したコイツを仮面を付けて素性を解らなくさせた状態の閉鎖空間にいられると思う?」
私の無意識の行動が目に入ったのか、前田君が隣に来て背中を撫でてくれた。その手が暖かくて、気持ち悪さが無くなっていくのが解った。
正直、私もそれを考えた途端参加したくないと思った。素性が分からないのは、良いと思うけど……。分からないからこその気持ち悪さもある。
「それは……無理だね。」
「だろ?」
うん。迷いもなく縦に振られる首。皆の目からも、あの日以来から私の男性嫌いが増悪しているのが分かっているらしい。
そんな会話をしている居間に、新たな参入者が入って来た。
「揃いも揃って、どうしたんだ?」
内番を終えたのか、どうしてそんな格好になったと服とかにも疎い私でも思う内番姿が特徴の三日月さんが居間に入って来た。
微かに獣臭いにおいがする。あ、三日月さんは今日は馬当番でした。獅子王と一緒に。
一緒にやっていた獅子王も居間に入って来る。
「主!大丈夫か?」
「大丈夫……!ちょっと、思い出しちゃっただけ。」
前田君に背中を擦られているウチが視界に入ったのか、獅子王も隣に来て、ウチの頭を撫でる。
途中参戦の二振りに、今に至るまで話を加州と安定、秋田君がしてくれた。
「--成程……。主はどうしたいんだ?」
全てを聞いた三日月さんは私に聞いてきた。前田君と獅子王のお陰で安心できた私は少し考えてから、答える事にした。
正式な歴史だったら、こんな体験って出来ないんだよね。今じゃないと味わえないイベントって事でしょ?
トラウマとコレを逃したら味わえないイベント、私の中でその二つが天秤に掛けられていた。
「行ってみたい……かも。」
「アンタ、正気かよ!?」
やっぱり、ウチの中で今だから出来るというのがトラウマに勝る。私の反応に直ぐに反論が返ってくる。
「近侍を一振り連れていけるからって、決して、あの時みたいな事が起こらない保証は無いよ!?この手紙にも書いてある通りに、会場に入ったら幾ら知り合いだと言えど、知らないフリをしなくちゃいけない。……人見知りのお前が大丈夫なのか……?」
「そん時はそん時だし!」
「参加しても、不安感で『行きたくない!』って言いそうだし。」
「い、言わねーもん!!」
「さあ、どうだか。」
間に前田君を置いて、その両隣で言い争いが始まる。いつもこういう風になる。私の本丸の普通な日常である。
そんな語彙力がどんどん無くなる言い争いに、仲裁が入った。
「では、こうすれば良い。」
居間にある筆立てからボールペンを一つ取り出して、参加・不参加の紙に勝手に書いていく三日月さん。
突然の行動に全員唖然として、その終わりを見届けた。
参加に丸をくれた後、達筆な字で審神者の名前の欄にウチの名前を、近侍の名前の欄にーー、
「はあ?何で、俺の名前書いてるの!?」
加州の名前が書かれた。
これって……本人が書いたんじゃないけど良いのかな……?
「こうすれば主は安心して行けるし、加州も近くで主の事を見ていられる。」
「いや、そういう事じゃなくてーー、」
「主が心配だから言うであろう。お前さんなら、何かあれば気付くだろう。いつもの様に……。それにーー、」
参加の近侍の欄に自分の名前を書かれた事に抗議する加州に、意味深な艶やかな笑顔を向ける。
その笑顔の意味を理解したのか、苦虫を噛み潰した様な顔になり一呼吸置いた。溜息を吐いて、私を赤い瞳で見てくる。
「……分かったよ。ん、参加で良いんだろ?」
三日月さんから受け取った紙を私に渡す。
まさか、参加出来るとは思わなくて、思わず笑顔を溢してしまった。しかも、加州とだなんて!
もし、近侍で参加出来るなら加州とが良いなと思っていた。他の刀剣と参加するのは良いけど、一番落ち着くのは加州だから。
只、ここで一つ問題が出てきた。
「参加するにしても、正装はどういたしましょう?」
そう、正装ーードレスや諸々の着る物身に付ける物についてだ。
「仕立て屋が来てくれるらしいな。ほら、ココ。」
概要が書かれた紙から何かを見つけた獅子王は、私たちに指で示しながら見せてきた。
各自で準備も出来るが、仕立て屋を政府が派遣してくれるらしい。その際のデザインは当日にならないと分からないオプション付き。
「ついでに、ダンス講座もあるらしいじゃん。」
「良かったな。これでお前と踊る事になる誰かさんの足を、踏む事にならなくて済む。」
「なんだと!!」
余計な一言を言ってくる我が初期刀を思いっきり睨むが、鼻で笑われて終わった。
「じゃあ、後で郵便に出さないとだね。」
「主君、お供いたしますよ。」
「僕も一緒に行きます!!」
安定は何回目かの呆れた笑顔で、机に肘を付きその掌に顎を乗せた。一緒に同封されていた返信用の封筒に仕立て屋の希望も明記して、入れて、封をする。
この事は後で皆にも話さないとな……。
まだ、先の華やかな舞台を想像しつつ私は心を躍らせた。