悪ガキと喧嘩はトーマンの華「社長、お忙しいところ失礼します…!」
珍しく慌てた声の秘書に嫌な予感がしながら、入れと促す。
「何があった。」
「例の出店予定地について、地上げ屋が強硬手段に出てきました。反社を使って我々を脅すつもりのようです。関係者周りの身辺調査もされていました。」
秘書が手渡してきた紙には、今回の出店に関係する人物がびっしりとリストアップされていた。大寿の名前は勿論、関係者として柚葉と八戒、そして三ツ谷の名前も挙がっている。よくここまで調べたものだと口の端が上がった。
「すぐにこのリストの関係者の無事を確認してここに集めろ。片がつくまでホテルを手配する。家族もだ。それから警察に連絡してくれ。暴力団絡みだと伝えろ。」
柚葉と八戒はフランスにいると三ツ谷が言っていたので問題ないだろう。紙から目を離さずに、三ツ谷へ電話をかける。今日は飲みに出かけると言っていたが、果たして出るだろうか。そんな心配をよそに、3コールほどでもしもし? と三ツ谷が出た。
『仕事中に珍しいじゃん。どしたん?』
「前に話した、出店予定地の件で揉めてた奴らが反社を使って脅してきやがった。関係者の家族もあたってるらしい。無事か。」
『え、なんかヤクザ映画で観たことあるやつ。』
「言ってる場合か。今どこだ、これから迎えに…。」
行く。と言う前に、なにやら三ツ谷の周りが騒がしいことに気づく。
「…テメエ今何してる。」
『あはは…大寿くんから電話くる前に、多分そいつらに絡まれたみたいでさー…。』
悪ィ! そいつらオレの客らしい! 大寿くんの不動産関係で揉めてる反社だって!
三ツ谷が向こうで声を張り上げた。すると喧騒の中から、幾つもの声が聞こえてくる。
『反社だァ?! にしては骨のある奴いねえなァ!』
『喧嘩する場地さんやっぱカッケーッす!』
『なぁぺーやん! なんで不動産の話でヤクザが出てくんだ! 俺バカだからわかんねぇ!』
『三ツ谷テメェもっと分かりやすく言えや! パーちんの脳みそは干からびてんだよ!』
電話の向こうでは、久しく聞いてない人を殴る鈍い音や怒号が飛び交っている。
『大寿くん。』
それでも、自分の名前を呼ぶ三ツ谷の楽しそうな声がやたらハッキリ聞こえた。
『オレ、今日東卍の奴らと飲んでたんだよね。』
『死ねコラァ!』
『みんなお酒飲んでるんだからあんまり激しく暴れないでね! 気持ち悪くなっちゃうから!』
『ひっさしぶりに暴れられんなぁマイキー!』
『鈍ってんじゃねぇのケンチン!』
いくつか覚えのある声も聞こえてきて、大きな溜息をとともに自身の目元を手で覆う。ともかく三ツ谷が無事で良かった安堵と、この後始末のことを考えての憂鬱。
『あとちょっとで終わりそうだけど、こいつらどうする?』
「…警察に引き渡して依頼先まで芋蔓で捕まえさせるから、悪いが見張っといてくれ。すぐに行く。」
『わかった。それじゃオレももう少し暴れてくんね。』
「三ツ谷。」
『ん?』
「手だけは怪我すんじゃねえぞ。」
『…うん、早く来いよ大寿くん。」
電話越しに軽いリップ音が響いて、通話は切れた。ふぅと息を吐き、車のキー持ってやおら立ち上がる。
「この件、警察がしくじらなきゃ明日で片がつく。」
「は?」
秘書の呆気に取られた声が可笑しくて、思わず笑いそうになる。そりゃあそうだろう。
「だが念のため、リストの人間の安否確認とホテルの確保は済ませておけ。」
「あの、社長はどちらに…?」
ドアを開けようとした時、戸惑いがちに秘書が訊ねてきたので、振り返って答えた。
「悪ガキな家族の迎えだ。」
自分の答えに耐えきれなくなって、口元が上がったのがわかった。
――
「あ、大寿くん!」
三ツ谷がメールを寄越した場所に行くと、三ツ谷と佐野、それに龍宮寺がいた。いずれも暴れた形跡は見えるが、特に怪我などはしていなそうで安心する。
「テメエ、怪我は。」
「大丈夫、手なんか無傷だぜ。」
ほら、と目の前に翳された三ツ谷の両手を見てホッと息を吐く。
3人の周りには10数人ほどの奴らが散らばっていた。ヤクザというより半グレの様な見るからに半端者だ。全員気を失っていて、こいつらは一体どれだけ暴れたんだと呆れてしまう。
「他の奴らは。」
「暴れたら腹減ったー! つって二軒目行ったよ。」
元気だよなぁ、と三ツ谷が笑った。
「じゃ、柴も来たし俺らも向こうに合流すっか。行くぞマイキー。」
三ツ谷の隣に座っていた龍宮寺が、佐野を連れ立って立ち上がる。
「俺パフェ食いてェ。」
三ツ谷またな、という2人に三ツ谷が駆け寄る。
「2人ともありがとうな。今度改めてお礼するけど、他の奴らにも伝えといて。」
「良いってことよ。また飲もうぜ。」
龍宮寺と三ツ谷が話してる合間に、佐野が近づいてくる。最後に会ったのが蹴りを食らって失神させられた時なので思わず身構えるが、礼をせねばと向き合った。
「巻き込んですまなかった。」
「久しぶりに身体動かせて楽しかったぜ。」
屈託なく笑う佐野だが、その蹴りの威力を身をもって味わっているために倒れている奴らに少し同情してしまう。
「この礼は、必ず返す。」
「柴は真面目だなァ。んじゃ、今度三ツ谷と一緒に飲み来い。それでチャラ。」
マイキー行くぞー! と龍宮寺の声がする。おう! と応えて、佐野は俺の肩を叩いた。(多分爪先立ちだった)
「三ツ谷のこと頼むな。」
「…あぁ。」
2人が去っていく背中を見て、東卍がどんなチームだったのか改めて思い知った気がした。
「かっこいいだろ、あの2人。」
隣に並んだ三ツ谷が誇らしげに呟く。悔しいことにその通りなのだが、他の男を誉められるのは面白くない。素直に答えられないでいると、三ツ谷が笑ったのが分かった。
「オレが好きなのは大寿くんだよ。妬いちゃって可愛いなぁもう。」
そう言って、こつんと頭を寄せてくる。これだけで気分が良くなる自身に呆れてしまう。
「…お前は行かなくて良いのか。」
「元々オレは一次会で帰るつもりだったの。」
三ツ谷が、未だ頭をもたれさせながらくつくつ笑った。今日はずっと楽しそうだと思って、この悪ガキに問いかける。
「久しぶりの喧嘩がそんなに楽しかったのか。」
「それもあるけど。」
遠くでサイレンの音がするから、もうじき警察が到着するだろう。三ツ谷が手を重ねて指を絡ませてくる。
「大寿くんがオレのこと家族って思って、すぐ電話かけてくれたのがめちゃくちゃ嬉しかった。」
そう言って本当に嬉しそうに笑うものだから。三ツ谷の口元に滲む血を親指で拭って、その唇にキスを贈った。