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    四 季

    @fourseasongs

    大神、FF6、FF9、ゼルダの伝説ブレスオブザワイルドが好きな人です。

    boothでブレワイに因んだ柄のブックカバー配布中:https://shiki-mochi.booth.pm/

    今のところほぼブレワイリンゼルしかない支部:https://www.pixiv.net/users/63517830

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    四 季

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    クリア後長編リンゼル『雲霧披きて青天を観る』の続きです(でもリンゼル要素ほとんどない……😂)。
     年末年始にもう少し書き進めたいです💪
     追記:2022/12/30 加筆しました♪

    #リンゼル
    zelink
    #ブレワイ
    brawley
    #ゼルダ姫
    princessZelda

    雲霧披きて青天を観る②「まあ、リンク。
     どうしたのですか、その装いは」
     翌早暁、ゼルダの部屋を訪れたリンクの姿を認めるなり、ゼルダは驚いたように声を上げた。
     ゼルダの驚きも無理はない。今のリンクは、常に愛用している英傑の服の上に、旅の間愛用していたハイリアのフードを身に纏い(ゼルダの前なのでフードを被りはしなかったが)、脚にはハイリア兵のすねあてを履き、背中にはマスターソードのほかに、ハイリアの盾と獣神の弓を背負っている。完全にかつての旅の最終盤、厄災に挑むときのいでたちだ。それに、肩から丈夫な皮でできた旅嚢を担いでいる。
     ゼルダを救出してから後、リンクはマスターソードは常に背中に背負っていたものの、どこかへ出かけるときもこれほどの重装備はしていなかった。それは魔物が減ったということもあるし、基本的に、カカリコ村から日帰りできる場所にしか行かなかったためでもある。
     驚いているゼルダの前でリンクは跪き、部屋の中央に座るゼルダと部屋の境界越しに向かい合う。青と碧、二つの視線が交わり合った。
    「姫様。俺は、旅に出ることにしました」
     リンクの言葉に、ゼルダは目を見開いた。しかし首を垂れるリンクの姿を見つめ、リンクと視線を合わせて語らう時のように、床に膝立ちとなってリンクの言葉の続きを待った。
     揺らぐことなく自身に注がれる、優しく労わるようなゼルダの視線を受けながら、リンクは顔を上げた。
    「まだ姫様の体調は十分ではありません。ですから俺は、姫様の代わりにハイラルのあちこちへ行きます。そして、手紙を書きます」
     ゼルダは目を丸くした。シーカーストーンがあれば、ヘブラの果てからでもゲルドの砂漠の果てからでも戻ってこられる。しかしリンクは、シーカーストーンはもしものときのために、ゼルダに持っていて欲しいのだと言う。
    「ローメイ遺跡で見つけた、古代シーカー族が作ったワープマーカーを持って行きます。
     俺のほうからはどこかへワープすることはできませんが、シーカーストーンから俺の位置が把握できますし、姫様のほうから俺のところへワープすることができるんです」
     いわば発信機ですね、とリンクは付け加え。ゼルダのほうはリンクの位置を把握でき、有事のさいはリンクのところへ助けを求めに行ける。だが、リンクのほうは──。
     白い面に不安を滲ませたゼルダに、リンクが笑いかける。
    「大丈夫。旅が始まったばかりの頃、祠を解放していなかった頃は、すべて自分の足と馬ですべての村や里、祠もシーカータワーも踏破したんです。
     あの頃より装備も食料もずっと充実していますし、危険も少ない」
     リンクはそう言いながら、ゼルダのもとへにじり寄り、ゼルダと視線を合わせた。
     ──彼女は戸惑っている。百年前の世界と今の世界、地続きのようでいて、そうでない感覚に。
     そして、リンク自身も戸惑っていた。
     虫食いだらけの自分の記憶を、人伝に聞いた話や人びとの日記を読んで補完しているものの、それでもなお自身の中で飲み込みきれない、ゼルダ姫──『ゼルダ』という、自分の中で大きすぎる存在に。
    「自分の足で世界を回って、色々なものを見て、姫様にご報告します。
     本当は、姫様と一緒に行きたかったのですが、まだ難しいので、露払いも兼ねて」
     厄災が討伐されたハイラルは、これから平和な時代を迎えるはずだ。ハイラルで姫と勇者と厄災との宿命が繰り返される以上、復興の旗印となるのは、ゆくゆくは女王になるであろうゼルダをおいて他ならない。
     だが、平和な時代における自分の役割は何だろうかと、リンクは考えた。
     元々はゼルダの護衛、近衛騎士だった身だ。引き続き彼女の身を護るのは、他でもない自分しかいないという自負はある。勇者としてそれなりに名の知れた自分であれば、彼女がハイラル各地の族長や有力者との繋がりを維持するパイプ役にもなれるはずだ。
     だが近衛騎士として、勇者としてというだけでなく、リンクは一人の男として、ゼルダの傍にいて、彼女を護り、支え続けたいと思っている。
     インパの言ったように、二人の関係に名前を付けるのだとしたら。
     博識なゼルダでも名づけあぐねている二人の絆。辞書を調べたりするのではなく、遠くの空の下にいる自分のことを想いながら、そっと口ずさんで欲しい。
     ゼルダと一時でも離れたくないと思うものの、リンクの複雑な心中も知らず、縁談まがいの手紙を渡してくれるこの人が、あわよくば少しでも自分を恋しく想う時間を作って欲しいと思いながら、リンクは笑って言った。
    「姫様も、手紙を書いて下さると嬉しいです」
     回生の眠りより以前はもちろん、再会してからもこれほどまでにゼルダとの物理的な距離を詰めることのなかったリンクの顔を間近で見つめながら、ゼルダは呆然としていた。
     そこにいるのは忠実な模範的な騎士であった以前の彼とも、失った記憶と今の自分との齟齬に悩む彼とも違う、どこか吹っ切れた彼の姿だった。
     ゼルダはそんなリンクの姿を見て、静かに笑みを浮かべた。
    「……では、リンク。せめてこれを持って行って頂けますか?」
     ゼルダが筒状のものを両手のてのひらに載せてそっと差し出す。それはいつだったか、リンクがハイラル城から持ち帰った、シーカー族謹製のペンだった。
    「よろしいのですか?」
     リンクが驚いてゼルダに問いかける。これは王族であるゼルダしか持てないような貴重なペンで、何よりゼルダの愛用の代物のはずだ。
     リンクの問いにゼルダが頷く。
    「インク壺で随時補充しなくても文字が書けますから、フィールドワークの時にも重宝しました。
     貴方の旅にも、きっと役立つと思います」
     少し書き癖がついているかもしれませんが、と、ゼルダは少し恥ずかしそうに付け加えた。
     もともとゼルダほど美しい文字を書けるわけではないリンクは、むしろ姫様の癖がついていたほうがうまく書けるかもしれませんと言って笑い、そのペンを受け取った。

     ゼルダの見送りを固辞したリンクは、そのまま愛馬に飛び乗ると、カカリコ村を後にした。村の入り口近くにある松の樹の傍でリンクは一度立ち止まると、村の中心に建つ村長の屋敷を仰ぎ見た。ゼルダがそこから見送ってくれているような気がしたからだ。
     リンクはフードを目深に被ると、馬の踵を返して村から旅立った。

      ※  ※  ※  ※  ※

     朝焼けに染まった雲が、風に流れて少しずつ南へと流れてゆく。風に背中を押されるように、リンクは馬に拍車をかけた。
     主人の旅装からこの旅が長旅になりそうだと判断したのか、リンクの愛馬は平生より浮き立った足取りで、軽やかにハイラルの地を駆けて行く。リンク自身も、徐々に広がる景色に、徐々に心が浮き立っていくのを感じていた。一頭と一人は坂道を下り、あっという間にカカリコ橋を越えると、双子馬宿の見える分かれ道へと辿り着いた。
     双子馬宿は、始まりの台地からハイラルの大地に下り、インパを訪ねてカカリコ村を目指していたリンクが最初に出会った馬宿だ。王から渡されたパラセールで、ハイラル平原の手前に降り立ったリンクは、朽ち果てて魔物の根城となった廃墟の宿場町跡地を通り過ぎ、ひたすら東へと進んだ。道中、数人の旅人や行商人に出会うだけで、王の言葉通り、ハイラルという国は「厄災」に滅ぼされてしまったのだということをまざまざと痛感させられたリンクにとって、人びとの営みが続いている双子馬宿を見つけた時の喜びと安堵は、とても大きなものだった。そんなことを思い出しながら、リンクは馬の手綱を握り直した。
     ハイラル中を見て回ろうという考えから、リンクは行きと帰りで別のルートを通ることにしていた。ちょうどハイラルを反時計回りに回れば、四英傑ゆかりの地を巡りながら、ハイラル中を回ることができる。カカリコ村から最も近いゾーラの里、ゴロンシティ、リトの村、ゲルドの街と巡って行けば良いだろう。
     リンクはまずは分かれ道を左手──東へと曲がった。そしてそのまま道なりに馬を走らせ、ハテノ村の、インパと同じくらいゼルダとの再会を心待ちにしていた人のいるハテノ古代研究所へ向かう。
     分かれ道を曲がるとすぐに、クロチェリー平原が目の前に広がってくる。物言わぬ数多のガーディアンが眠る平原の先には、百年前、ゼルダが守り抜いたハテノ砦がある。百年前はともに越えられなかったこの砦を、いずれゼルダと越えられる日のことを想いながら、リンクは砦をくぐり馬を走らせた。
     厄災討伐の旅の間も何度か顔を合わせた旅人のリーセ、自称トレジャーハンターのべリス、マックストリュフを探してハイラルを旅している姉妹のナツとメグらとすれ違いながら道行けば、昼過ぎにはハテノ村に着いた。
     豪雪地方にあるハテノ村では、冬、高く降り積もる雪に埋もれないよう、家々の煙突が高い造りとなっている。今のような初夏の季節も、ラネール山脈から吹き下ろす風で朝夕は肌寒い。だが、その風がハテノ米を育て、村の風車を回してくれる。決して豊かではないものの、ハテノ村の人びとは誰も気さくで、笑顔も明るい。百年前の厄災による破壊を逃れた数少ない村の佇まいは、訪れた者に安堵をもたらしてくれる。
     久しぶりの訪れとなってしまったが、ここハテノ村には、リンクが買い取った家があり、リンクの旅の拠点となっていた場所でもある。なので、ハテノ村へ着いても、旅に出かけているという気分はリンクにはまだ薄かった。村の門番のような役割を果たしている村民のタデも、リンクの顔を見て「久しぶりだけど、どこか遠くにでも行っていたのか?」と問いかけてきた。
     馬から降りたリンクは、次々に久しぶり、何処へ行っていたのかと問いかけてくる村人達に言葉を濁しながら挨拶しつつ、村外れの丘の上、ハテノ古代研究所へ向かった。リンクの家もハテノ古代研究所も同じハテノ村の中にあるが、何せそれぞれ村外れに建っているので、お互いご近所さんとしての認識は薄い。そのうえ、古代研究所を訪れるとき、リンクは大抵、シーカーストーンのワープ機能を使っていたので、坂を登って古代研究所を訪れるのは久しぶりだった。
     リンクが古代研究所に辿り着くや否や、プルアの助手であるシモンが扉を開けてリンクを出迎えてくれた。姫からの便りを首を長くして待っていた(もちろん、リンクに対してはそんなことはおくびにも出さない)プルアに急かされ、リンクはゼルダからの手紙をプルアに渡した。手紙を受け取ったプルアは物凄い速さで手紙を読み、次に味わうように目線を行きつ戻りつしながら読み、そうしてもう一度──合計三度手紙を読むと、満足そうな微笑みを浮かべた。幼女という見た目に反し、中身は百年以上を生きた老獪なシーカー族であるプルアが手紙を読んでいる間に見せた百面相を、リンクは驚きながらも微笑ましく見守っていた。
     「手紙に書きたいことがたくさんあって、時間が足りない」と言うプルアにとどめられ、ついでにゼルダやインパへのお土産も渡され、結局リンクがハテノ村を出立したのは、翌日の昼頃だった。古代遺物の研究を進める以上に、自分がゼルダに早く会いたいのだろう、プルアはシーカーストーンのワープ機能で、二人以上同時にワープできるよう改良できないか研究を進めると意気込んでいた。プルアから渡された、ゼルダとインパへの大量のお土産を見つめたリンクは、初めからこんなにたくさんお土産を渡されてしまったら、後が大変だと苦笑した。丈夫な油紙に丁寧に包まれたプルアからのゼルダ宛の手紙の束は、新しい論文かと見紛うほどの分厚さだった。
     ハテノ村を発ったリンクは、昨日も通った道を、昨日とは反対側に馬を走らせながら、この先のルートについて考えていた。シーカーストーンのワープ機能もマップ機能も使えないので、以前──シーカーストーンをゼルダに返した状態で出かけるようになった頃──インパから渡されていた、旅人用の古びた紙の地図を広げる。インパによれば、この地図は、手を加える者がおらず、百年前からほとんど修正されていないという。今後の地図作りのためにも好きにせよというインパの言葉に従い、リンクは薬草の生えている場所や珍しい動物に出逢った場所、またあるいは魔物の拠点などを書き加えていくことにした。さっそく、ゼルダから借りたペンが役に立ちそうだ。
     地図を眺めたり、動植物に関する書き込みをしたりしながらのんびり馬を走らせていたためか、双子馬宿に着く頃にはもう夕暮れ時だった。明日、カカリコ村へ向かうという顔馴染みの旅人・ロブリッコに、プルアから預かった手紙とお土産を託し、久々に馬宿の鍋で夕飯を作って一人で食べ、そのまま馬宿のベッドで寝入り、早朝には馬宿を発った。しばらくはこの地方ともお別れだ。リンクは北の方角、カカリコ村のある方向を眺めた。ゼルダの身の周りのことは、パーヤとインパが手厚く行ってくれるだろう。
     龍が割ったとの言い伝えが残る双子山の割れ目を通り抜け、リンクはノッケ川沿いに西へ、西へと馬を走らせた。ハイリア川に架かるモヨリ橋の上では、リンクが始まりの台地を出て初めて出会ったハイリア人のハッシモが、今も変わらず橋の警備をしていた。平和な時代になったようだと喜ぶ彼と挨拶を交わし、リンクは川を渡った。
     東の宿場町跡、ハイラル宿場町跡地を通り過ぎる頃、リンクの視界に始まりの塔が入ってきた。その威容を見上げているうちに、リンクの脳裏に、古びたシャツとズボンを着、ボコブリンから奪った武器を手に、右も左も分からないまま始まりの台地を駆けた記憶がまざまざと蘇ってくる。
     始まりの台地で出会った老人に、何より目覚めたばかりの自分の名を呼ぶ美しい声に導かれ、何も分からないまま、無我夢中で旅をした。ゼルダの美しい声に名を呼ばれた時、全身に力がみなぎり、同時にどうしようもなく心が震えた時の思いを、リンクは旅の間も、そして旅を終えた今でもずっと忘れていない。ボコブリンやリザルフォス相手に手こずりながら、果たして自分にゼルダの救出が成し遂げられるだろうかと不安に思っていた自分が、旅を終えた後も彼女を想い、再びハイラル中を巡ろうとしている今の自分を知ったらどんなふうに思っただろうか。リンクは苦笑を浮かべながら、視線を前へ戻した。
     かつてのハイラル中央の繁栄ぶりをうかがわせる門前宿場町跡を通り過ぎて北上すると、左手にコモロ池が見えてきた。美しい白樺の林に囲まれたコモロ池はしかし、リンクにとってほろ苦い思い出の残る場所だ。リンクは美しい湖畔を歩く「姫」の、苦しげな表情を思い出す。
    (──あの時俺は、姫様に何と答えたのだろう)
     リンクはぼんやりと考える。
     コモロ池でも、雨宿りした西ハテールの道祖神の前でも、「姫」が泣き崩れたあの森の中の道でも、かつてのリンクは彼女の問いに、言葉に、何と答えていたのか。リンクがぼんやり思い出すのは、当時感じていた強い戸惑いや悲しみの想いと、あとは姫の言葉と表情ばかりで、自分が何を言い、その後どう振る舞ったのかが思い出されてこない。恐らくはそれが、リンクが「百年前の自分にとって、ゼルダがどういう存在だったのか分からない」最大の理由だろう。
     リンクはそんなふうに考えながら、草笛の丘の西側を通り抜け、メーベ草原を通り、ハイリア川に架かるレボナ橋を渡った。橋を渡れば、間もなく湿原の馬宿に着く。
     久々に遠乗りして疲労を覚えたリンクは、ここで早めの休息をとることにした。幸いまだ日は高い。愛馬も久しぶりの遠出なので、少しずつ慣らしたほうが良いだろう。それに、この先ゾーラの里まで人里はない。ゾーラの里へ行くまでにはレボナ橋の手前まで戻り、そこから北上してゴングル山の西側を通るルートもあるが、リンクは百年前、まだコポンガ村があった頃に通った、千の中州を突っ切るルートにした。
     休憩を終えたリンクは、湿原の馬宿から東へと馬を走らせた。千の中州、廃墟となったままのコポンガ村跡を通り、ダルブル橋を渡ってゾーラの里へ行くルートを走っていると、ヴァ・ルッタを止めるためにゾーラの里へ赴いたときとは別の懐かしさが身体中にみなぎった。それは、リンクが取り戻せないだろうと思っていた記憶の断片だった。
     滝登りもできず、シーカーストーンも使えない百年前にゾーラの里へ行くとき、リンクはこのルートを通ってゾーラの里へ行った。幼い頃にも何度か行っているはずだが、今、不意に思い出したのは、ヴァ・ルッタの動作確認のためゾーラの里へ赴く姫に同道した時の記憶だ。
     高低差のある山に囲まれたゾーラの里へ行くには、幾重にも曲がりくねった坂道を上らなければならない。川を泳いで自分たちを見送りに来てくれたミファーに手を振りながら、百年前もこの道を馬で通った。数を増すリザルフォスの放つ雷の矢から姫を護り、ところどころ橋のある場所で、大きくなったシドがしてくれたように、ミファーもリンクとゼルダに頑張って、と言ってくれて、リンクとゼルダも手を振ってそれに応えた。
     それは、少し前に神獣解放のためゾーラの里を訪れた時には、思い出せなかった記憶だ。急に込み上げてきた切なさと懐かしさをもどかしく抱えながら、リンクは馬を走らせた。

      ※  ※  ※  ※  ※  ※

     ゾーラの里へ着いたのは夕暮れ時だったが、里のみなが諸手を挙げてリンクを歓迎してくれた。とはいえ今回は、ゼルダ姫の使者としての訪問である。シドも一族の王子らしい、ハイラル王家の使者に対する礼儀正しい態度をとってから、いつものようにリンクの両手を握り、熱い握手をしてくれた。
     里は以前訪れた時と変わらぬ美しさだった。王も壮健な様子で、ゼルダ姫の使者であるリンクを丁重に迎えてくれた。
     濡れないよう防水加工の施された紙に書かれた文字を王と王子が確認すると、二人はそれぞれがゼルダに対する手紙をしたためてくれた。水辺の多いゾーラでは、それほど紙が普及していないにもかかわらず、それと見てすぐ分かる上品な紙に、王と王子、それぞれが美しい筆致で手紙をしたためてくれた。
     王も王子も、ぜひゼルダに会いたいという気持ちをリンクに伝えてくれた。とくにドレファン王は、自らもかつて一人の娘がいた王として、愛する娘を遺して逝かなければならなかったハイラル王の心中を察し、一人で百年の時を耐えたハイラルの姫のことを気にかけている様子だった。幼い頃にゼルダと会ったことがあると、リンクも知らない驚きの事実をさらりと述べたシドも、ぜひミファーのこと、これからのハイラルのことについて、ゼルダと語らいたいと言った。
     リンクは二人に、ミファーの加護が旅の間も、そして厄災との戦いにおいても、非常に心強かったことを伝えた。リンクの言葉に二人は顔を綻ばせたが、ドレファン王はその後、ふと少し寂しげな表情を見せた。
    「癒しの力は、ゾーラの姫にのみ伝わる類い稀な力。だが、百年前が平和な時代であったなら、あれほどまでに皆が憧れはしなかった。
     ゼルダ殿の力もまた然り」
     しみじみと語る王の視線の先には、生前の姿をよく表した広場のミファーの像が、そしてゾーラの里を見守るように坐すヴァ・ルッタの姿がある。
     王は続けた。
    「ミファーが生まれた時のことを、儂は今でも、昨日のことのように憶えているゾヨ。
     それに、ゼルダ殿が生まれた時のこともな。
     産月より早くお生まれになってな。当時のハイラル王と王妃の成婚からそれなりに時間も経っておったから、ハイリア人だけでなく、ゲルドもゴロンもリトも、そして我がゾーラも、大層気を揉んだ。
     そして無事にお生まれになったゼルダ殿のお健やかな姿を見て、皆が我が事のように喜んでおった。ハイラルの誰もが待ち望んでいた『ゼルダ姫』の生誕をな。
     だが結局、それが大きな重責となって、ゼルダ殿にのしかかってしまったゾヨ」
     リンクは黙って王の話に耳を傾けた。
     たくさんの後悔。伝えられなかった言葉。厄災が封印された後も、世界は続いていく。百年前から、百年後へと。
    「癒しの力がなくても、槍の名手でなくても、ワシにとってミファーは大切な娘であり、シドにとっては大切な姉だったゾヨ。
     愛する娘にそれを伝えられずに逝ったハイラル王の無念はいかばかりか……」
     うなだれた王にかける言葉を見つけられないまま、リンクはその場を辞去した。

     翌早暁、宿屋「サカナのねや」のウォーターベッドで存分に疲れを癒したリンクは、名残を惜しむゾーラの里びとに別れを告げ、昨日通った道を引き返す。夜半から降っていた霧雨は昼にはやんで、見上げれば空には虹が架かっていた。
     リンクがダルブル橋を渡ったところで夕暮れ時となり、そこでこの旅初めての野宿となった。カカリコ村で使っていた、清潔でよく日干しされた布団に慣れてしまうと、草枕の旅はつらいとしみじみ思いながら、リンクは焚火の側で携帯してきたキノコの串焼きをかじった。
     翌朝、支度を終えて薪の火を始末したリンクは再び馬に乗り、ダルブル橋からすぐ西側の三叉路で、今度は北東の道へ進む。この三叉路にはいないが、イーガ団が化けた旅人は、なぜか三叉路にいることが多かった。道が分からず尋ねようとすると正体を現し襲ってくるので、分かれ道を見るとその時のことを思い出して、今でも何となく気が引き締まる。リンクは被っていたフードをさらに深く被り直し、手綱を握り直した。
     道なりに馬を走らせると、間もなく石畳で舗装された道となり、アッカレ砦が近づいてくる。今回は砦には立ち寄らず、百年前のリンクも使用したであろうアッカレ練兵場跡を通り、西ミナッカレ橋、ミナッカレ橋、東ミナッカレ橋という三つ子の橋を渡ってゲポラ峠を下り、イチカラ村へ顔を出した。移住者も増え、村の運営は順調なようだ。ハイラル中の部族総出となったエノキダとパウダの結婚式を甘酸っぱい気持ちで思い出しながら、リンクは早々に村を後にした。
     マーリン湾に浮かぶマキューズ半島を右手に見ながら北へと馬を走らせて、ヒガッカレ馬宿は通り過ぎ、アッカレ古代研究所へ向かう。研究所に行くたびに手こずらされた朽ちたガーディアンが、今では停止したまま静かに佇んでいた。
     アッカレ古代研究所のロベリー夫妻は、リンクの久々の訪問を喜んでくれた。ロベリーもゼルダからの手紙を大いに喜んだが、同じ女性としてゼルダへの気遣いを見せてくれたのはむしろ妻のジェリンで、ロベリーが是非にと勧めた古代シーカー文明の論文──リンクが見てもちんぷんかんぷんである──だけでなく、ゼルダが好きそうなアッカレ地方の植物についてまとめた本や、アッカレ地方の美しい紅葉のしおりなどをお土産にしてくれた。
     研究所で一泊し、ロベリー夫妻と再会を約束したリンクは、今度は南へと馬を走らせた。力の泉でのほろ苦い記憶を思い出しながらシャトー峠にさしかかれば、辺りは黄色や赤に色づいた照葉樹林となっている。アッカレ地方の人びとは、口ではアッカレ地方には何もないと言うけれども、この地方の秋の景色の美しさは折り紙つきだ。今度力の泉を訪れるときは、美しい紅葉の景色でゼルダの記憶を上書きしたいとリンクが考えているうちに、ミナッカレ馬宿へ辿り着いていた。
     秋の気候のアッカレ地方では、空模様も変わりやすい。リンクがミナッカレ馬宿に着いた時、ちょうど曇天が空を覆い、雨が降り出したところだった。雨だけなら良かったのだが、徐々に暗雲が立ち込めて雷鳴が轟き始めたので、リンクは慌てて金属製の武器をポーチにしまった。魔物と戦っては武器を消耗し、常に予備の武器を複数持っていなければならなかった旅の間と違い、今は最低限の武器しか持っていない。やむ気配のない雨脚と雷にリンクは諦め、馬宿で一泊することにした。
     翌朝の馬宿は、また美しい秋の景色に戻っていた。馬宿を出発してしばらく道なりに走って行くと、再び舗装された道に出る。アッカレ大橋だ。かつてのアッカレ砦の堅牢さを物語るアッカレ大橋を渡って馬を走らせれば、昼過ぎには山麓の馬宿に着いた。
     次の目的地はゴロンシティだが、これが難関だ。耐火の鎧を着なければならないこともあるが、何より紙の手紙だと燃えてしまう。燃えず薬を使えばという案も出たが、それだと継続的に薬を使用しなければならなくなる。仕方がないのでシーカー族の技術を借り、燃えない紙が作られた。素材も仕組みもリンクにはさっぱり分からなかったが、あの厳しい剣の試練を終えているリンクにしてみれば、シーカー族に不可能はないのではないかと本気で思ってしまう。
     山麓の馬宿で一泊し、翌朝、愛馬とともに馬宿を発ったリンクだが、ゴロンシティまでは馬で行けないので、まだ気温が上がりきらない登山口で愛馬と別れた。馬も慣れたもので、最寄りの山麓の馬宿のほうへ一人で引き返して行った。
     相変わらず盛況な南の採掘場を抜け、ゴロンシティに辿り着いたリンクは、ブルドーやユン坊との久々の再会を喜んだ。二人に手紙を渡してから、そういえば返事の手紙はと嫌な予感を覚えながら受け取ったものは、ダルケルの日記に用いられていたのと同じ、燃えない金属製の手紙だった。加工されて板状になっているとはいえ、渡された手紙はそれなりに重い。お土産にゴロンの香辛料まで渡された。さすがにこの手紙は、どこかの馬宿に早めに預けてカカリコ村に送ってもらうよう頼もうと思うリンクである。
     その夜、リンクはブルドーの家で、ブルドーとユン坊から極上ロース肉を大盤振る舞いされるという、手厚いもてなしを受けた。ダルケルの子孫のユン坊に対し、ダルケルと血の繋がりはないというブルドーだが、二人揃っているのを見ていると、どうしてもダルケルに思いを馳せてしまう。ブルドーは、リンクの食べっぷりを見て、より一層リンクのことを気に入ったようだった。
     結局、リンクは二人に勧められるまま、ゴロンシティで一泊した。翌朝、二人に見送られてデスマウンテン登山道を下りながら、リンクは二人の手厚いもてなしは嬉しかったものの、一般的なハイリア人はリンクのように岩を食べることはできないということを二人に伝えるのを忘れていた、ということを思い出した。ダルケルの日記を読んだ二人が、ゼルダがリンクと同じ食べ物を好き、つまり極上ロース岩を好きだと思われては困るのだが……。ちなみにリンクも、決して極上ロース岩が好きなわけではない。
     まあ、誤解はおいおい解いていけばいいか、と軽く考えたリンクは、前日通った来た道から外れ、少し遠回りして、かつてウツシエの記憶が残っていた辺りへ向かった。ここなら耐火の装備も必要ない。さすがに暑苦しくなってきた石兜を脱いで、見るともなしに眼下の景色を眺める。
     見晴台からはハイラル大森林と、その中に咲き誇るただ一本の巨大な桜の樹が見えた。森林の向こうには、今は廃墟となったハイラル城も見える。中央ハイラルに近づくと、どうしてもゼルダのことが思い出されて、リンクは郷愁の念に駆られた。
     リンクは近くにいるコログに挨拶をして──アデヤ村跡近くの道祖神といいバーチ平原といいここといい、ウツシエの記憶が残っていた辺りにコログが隠れていることが多い気がするが、もしかして百年前も見られていたのだろうかと思いつつ、リンクはパラセールで山麓へと向かって滑空した。少し寄り道になってしまうが、温泉の湖であるキュサツ湖へ向かう。山麓の馬宿に行く前に、温泉に入って旅の疲れを洗い流したかったのだ。
     一人旅のときはそれほど気にならなかったが、カカリコ村での暮らしに慣れてしまった今となっては、道中の埃や汚れを落としたくてたまらなかった。何せ昨日は、対火装備を身につけたまま眠ったのだ。衣服を脱ぎ捨て、温泉でしばしくつろぐ。しばらくは行水だなと後ろ髪を引かれながら、リンクはデスマウンテン登山口へ戻り、山麓の馬宿へと向かった。馬宿で自分の帰りを待っていた愛馬を駆って走り出す。
     川沿いの心地好い道を走って行けば、じきに森の馬宿だ。一帯を象徴する、迷いの森の桜の樹──デクの樹サマが近づいてきている。森の馬宿で再び愛馬と別れ、リンクは迷いの森に向かった。松明の炎の揺らめきを頼りに道を進めば、やがてコログの森に着く。
     リンクの姿を見るや、コログ達が喜んで駆け寄って来てリンクの周りを取り囲んだ。かつてマスターソードが突き立てられていた台座まで来ると、デクの樹サマがリンクを優しい眼差しで見下ろしていた。
     デクの樹サマにゼルダが同行していないことをリンクが謝罪すると、次は二人で来るようにと、デクの樹サマはまるで孫を待つ祖父のような温かな口調で言ったのだった。
     コログ達の勧めもあって、リンクはコログの森で一泊した。石鎧を着ながらの就寝や馬宿での宿泊、それに野宿が続いていたリンクにとって、可愛らしい葉っぱでできた布団は、身体がとろけそうなほど心地よかった。
     早朝にはコログの村を出て森の馬宿に着く。ここからようやくハイラルを西へ、西へと横切って行くことになるが、リンクは森の馬宿で休息をとることにしていた。各部族に書簡を届けるという意味で立ち寄る必要はないが、森の馬宿より東はハイラル平原──中央ハイラルに当たるからだ。
     次のマリッタ馬宿までそれなりの距離があることに加え、心と身体の休息期間が必要だ。
     リンクは愛馬の手綱を握り、森の馬宿へ向けて愛馬を走らせた。

      ※  ※  ※  ※  ※  ※

     不測の事態も起こり得るので予定はそれほど詰めていないが、時間調整と、ゼルダからの手紙を待つ関係で、いくつかの馬宿には必ず寄ることを、リンクは事前にゼルダに伝えていた。森の馬宿はそのうちの一つだった。
     カカリコ村を出てから何だかんだで一週間以上経っている。ゼルダはワープマーカーでリンクの位置を把握してくれてはいるのだろうが、手紙の配達が間に合っているかどうか。森の馬宿に着いて受付にいるキッシュに尋ねると、果たしてゼルダからのリンク宛の手紙が届いていた。
     ゼルダからの手紙を、人の多い馬宿の天幕の中で読む気にはなれなくて、リンクは馬宿の外にある木製のテラスの椅子に腰かけながら封蝋を割り、震える手で手紙を開いた。手紙を読むだけなのに、厄災討伐の時と同じくらい緊張している自分に、リンクは苦笑した。
     押し花の添えられた手紙は、紙自体からほのかに良い香りが漂う。思わず香りを嗅いでしまい、リンクはそんな行動をする自分に内心引いた。そして、それがゼルダの香りだと認識するや生じた、素直すぎる自分の身体の反応──動悸が速くなる、身体が火照る、それから他いくつか──に再度引いた。
     百年前は律することができていたはずだが、百年後の今となっては自分で律することができなくなってしまったその衝動に途方に暮れながらも、リンクは手紙に目を通していく。近くを流れるハイリア川から吹き上がる冷たい夜風が、火照った身体を鎮めるように撫でていった。
     夜風に冷やされ少し平常心を取り戻したリンクは、生真面目な彼女らしい、きっちり一つ一つ丁寧に綴られた文字を目で追った。そこには、最近ゼルダの周辺で起きた出来事について、各地に散ったシーカー族からもたらされる情報の報告、身の回りの世話をしてくれるインパやパーヤ、カカリコ村の人びとへの感謝、そしてリンクの旅の無事を願う想いが、簡潔だがいたわりのこもった言葉で綴られていた。
    (──会いたいなあ)
     不覚にも、本音をことばにして心の中に出してしまった。
     まだたったの一週間余り。それに、厄災討伐の旅をしていたときとは違って、手紙という時間差はあるにせよ、リンクの想いはゼルダに届き、それについてのゼルダからの返答もある。
     にもかかわらず。
    (でも、あの頃は、一週間に一度は、姫様が声をかけて下さった……)
     とはいえそれは、ブラッディムーンについての警告で、姫がリンクにかけた言葉は、最初のとき以外すべて同じ内容だったが。
     リンクは皓々と夜空に輝く月を見上げた。厄災を封印した今となっては、赤き月はもちろんもう昇ることはないし、ブラッディムーンの訪れを告げるゼルダの警告も聞こえることはない。だがかつて一人旅をしていたとき、赤々と揺れる薪の炎を見つめながら、夜明けを待ち遠しく感じていたことを思い出す。心が暗闇に塗りつぶされそうになったとき、夜の闇を照らし出す月を見上げながら、自分の名を呼ぶ声を思い出していたときのことを──。
     月明かりの下、リンクは取り出したペンを手に取り、何も書かれていない真っ白な紙と向かい合った。普段手に持っている剣より遥かに軽いはずなのに、ペンを持つリンクの手は微かに震えた。「親愛なるゼルダ(Dear Zelda,)」──何とかそう書き出したものの、続ける文章が思いつかなかった。
    (何て書いたらいいんだ? 無難に「お元気ですか?」だろうか。でも、まだ一週間くらいしか経っていないのに、そんなに気にするなと思われるかもしれない。いやでも、書き出しの挨拶としては別におかしくないよな。
     それから、その後は……「私は元気です」かな。……いや、でも普段口では「俺」って言っているのに、自分のことを「私」なんて書いたら、堅苦しいと思われるかもしれない。…………。
     ええと……各地で聞いた魔物の被害について……。いや、これだとただの報告書になってしまう。
     手紙というものは、自分の感情や思っていることを書くものなんだろうし)
     字が上手い・上手くない以前に、手紙に書く内容がまとまらず、リンクは頭を抱えた。
     とりあえず、貯水湖の水量や天候が落ち着いているゾーラの里の様子、ゼルダにぜひ会いたいと言うドレファン王とシド王子のこと、同じく噴火の様子がなく落ち着いたゴロンシティの様子に、ハイリア人のお姫様に会ってみたいと言うユン坊のことなどを書く。道中立ち寄った馬宿の様子からも、くまなく確認したわけではないが、街道の魔物は減っているようで、旅人も安心して旅ができているようであること、馬宿協会が協力して交易や通信手段をもっと発達させられないか話し合いが始まっているようだったので、そのことを手紙に書いていく。
     実は、リンクがこれからハイラル平原を突っ切ってハイラル西部に向かうのだと森の馬宿の従業員たちに告げたところ、隣の馬宿に荷を届けて欲しいと配達を頼まれてしまったのだ。まあ、荷を届けて欲しいという「隣の馬宿」が、少し前までハイラルで最も危険な場所だったハイラル平原を西へ突っ切った先にあるマリッタ馬宿なのだから致し方ない。そもそも平原周辺の各馬宿の配置が最も危険なハイラル平原を避けるような配置になっているため、ハイラル西部と東部の往来が遠回り──一旦南下して、平原を迂回をしなければならず不便なことは、旅の間リンクも感じていたことだった。
     ただ、この先も馬宿から荷物を頼まれるとなると、本来この旅で立ち寄る予定ではなかった高原の馬宿、レイクサイド馬宿に寄る必要も出てくるかもしれない。リンクはインパにもらった地図を広げ、記憶を頼りに馬宿の位置を地図に書き込んでいく。
     当初の予定では、森の馬宿の次はタバンタ大橋馬宿、次いでリトの馬宿、リトの村へ着いたところで折り返して平原外れの馬宿、ゲルドキャニオン馬宿、ゲルドの街に寄り、後はそのまま真っ直ぐ帰って来るつもりだったのだが、森の馬宿の次がマリッタ馬宿になるなら、その次は雪原の馬宿となるし、高原の馬宿やレイクサイド馬宿に寄るなら、いっそ足を伸ばしてウオトリー村まで行ってしまった方が良い。
     もしかしたら予定とはだいぶ違う行程になるかもしれないとゼルダへの手紙に記しつつ、リンクは自分の近況について考えた。風呂と洗濯に少々難儀していること以外には、とくに問題はない。久しぶりの旅だが、食糧の調達や薬の原料となる薬草の調達については全く問題ないし、愛馬も久々の遠駆けに喜んでいるようだ。まあ、愛馬はしばらく一緒に過ごしていたゼルダの白い愛馬が隣にいないことが不満そうではあるが、連れがいなくて寂しいのはリンクも同じだった。
     喜びも悲しみも分かち合える人ができた今となっては、雨の日にしか姿を現さない蝶の姿も、雨上がりの空にかかる二重の虹も、一筋の光を引いてハイラルの地に落ちてくる流れ星も、一人で見ているのでは何だか物足りない。この先一人旅を続ける中で、またそういったものが増えてゆくのだろう。リンクはため息をついた。
     もしも今、自分の心をありのままに手紙にしたためるとすれば、それは、貴女を思い出している、貴女に逢いたい。貴女にも自分と同じように思っていて欲しい──そんなことばかりだ。
    (書けるか、そんなこと!)
     リンクはテーブルの上に突っ伏した。乾き切っていないインクがリンクの顔や袖を汚した。
    (書くのは難しい。本当に、言葉にするのは難しい)
     自分でも持て余すようなこの想いを、どうすれば良いのだろうか。
     リンクは手に握っているペンを見つめた。
     インク切れが起こりにくいペンだが、だからといって書きたい言葉がこんこんと湧いて出てきて、文字をすらすら書けるわけではない。
     ゼルダがくれたペンのインクが切れる前に戻ろうと、漠然と考えてはいるものの、それほど急ぐ旅でもない。ゼルダのことを想うと心が彼女のいるほうへ引き寄せられたが、それでも厄災討伐の旅を続けていた頃よりはずっと気楽だ。ゼルダもリンクとの再会を待ち望みながら、指折り日を数えて自分のことを待ってくれているのだと思えば──。
     リンクは椅子に座ったまま空を見上げた。満天の星空だ。
    『星の光は、何千年、何万年も前の光が、地上に届いてきているのですよ』
     頭の中で知っている星を線で繋いで絵を描くうちに、リンクは以前、ゼルダがそんなふうに教えてくれたのを思い出した。
     手紙は時間差で届く。相手に想いを伝える日記にも似ている。日記は基本的には、未来の自分に伝えるためのものだが……。
     リンクは満天の夜空を見上げた。天の光は星。星の光は、遥か彼方の過去の光が地上へ届いているのだという。
     姫から届く手紙。それはまるで、星のようだ。
    (何処にいても心に想うのは、貴女のことばかりだ)
     けぶる雨の中で雨宿りをしている時も、星を見つめながら一人野宿をしている時も。かつての旅の間も、今の旅のこのさなかでも。
     伝えたいことはたくさんあるのに、言葉にならない。かつての旅の間、伝えられなかったたくさんの言葉と想いにどれだけ後悔したかしれないのに。そんなところだけは、百年前から変わらないなんて──。
     リンクは頭を抱えながら、まっさらな紙と対峙した。
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    四 季

    DONEリンクが姫様に自分の家を譲ったことに対する自分なりの考えを二次創作にしようという試み。(改題前:『ホームカミング』)
    帰郷「本当に、良いのですか?」
     ゼルダの問いかけに、リンクははっきり頷き、「はい」と言葉少なに肯定の意を示した。
     リンクのその、言葉少ないながらもゼルダの拒絶を認めない、よく言えば毅然とした、悪く言えば頑ななその態度が、百年と少し前の、まだゼルダの騎士だった頃の彼の姿を思い起こさせるので、ゼルダは小さくため息を吐いた。

     ハイラルを救った姫巫女と勇者である二人がそうして真面目な表情で顔を突き合わせているのは、往時の面影もないほど崩れ、朽ち果ててしまったハイラルの城でも、王家ゆかりの地でもなく、ハイラルの東の果てのハイリア人の村・ハテノ村にある、ごくありふれた民家の中だった。
     家の裏手にあるエボニ山の頂で、いつからか育った桜の樹の花の蕾がほころび始め、吹き下ろす風に混じる匂いや、ラネール山を白く染め上げる万年雪の積もり具合から春の兆しを感じたハテノ村の人びとが、芽吹の季節に向けて農作業を始める、ちょうどそんな頃のことだった。ゼルダの知らないうちに旅支度を整えたリンクが、突然、ゼルダにハテノ村の家を譲り、しばらく旅に出かける──そう告げたのは。
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