イブフキss2 日差しが暖かい休日の午後、来客を知らせるドアベルに従って扉を開けた先に立っていた人物の姿格好を見れば、何の目的でここに来たのかすぐに分かった。
「突然の訪問ですみません。イブ博士のご自宅はこちらでよろしいでしょうか?」
「申し訳ありませんが、イブは留守にしております」
如何にも学者然とした様相のその客に恐らく聞きたいことはこれだろうと検討を付けて返事をすれば、僅かな期待を浮かべていた表情はたちまち絶望へと塗り替えられた。
「それではいつ戻られるかとかは……」
「分かることなら私が1番に知りたい事ですね」
ますます悲壮感を漂わせるその姿に罪悪感すら湧くが、私も知らないものは教えられない。唯一確実にイブさんが帰ってくる日はあるが、その日は私の為だけの1日なのでそれを教えるつもりはないし……。
本当に稀なことではあるが、時々こうしてイブさんの所在を知りたい研究者やフロンティア関係者が家を尋ねて来ることがある。世界のあちこちを飛び回っているイブさんは連絡を取れない事が多く、最後の希望が自宅なのだろう。
しばらくどうにかして連絡を取れないかと粘られたが、何の手段もないと分かると肩を落として帰っていった。その後ろ姿を見送って扉を閉めようとすると、後ろで様子を見ていたウインディがガウと鳴きながら生垣の中に頭を突っ込む。
「うわ!!」
「イブさん?」
声を上げて生垣から頭を出したのは先程まで話題に上がっていた、所在が不確かな私の夫だった。彼は尻尾を振るウインディの頭を撫でて生垣から出てくると、私の事を強く抱きしめた。
「すぐに出ていけなくてごめん。多分俺を探してる研究員ぽかったから、今出たら面倒だと思って隠れてたんだ。万が一、不埒な輩だったらすぐに飛び出す準備してたし、フキさんも弱いわけじゃないから大丈夫だと思ってたけど」
「そうだったの……ううん、多分その時出たら多分イブさんを取られちゃってたし、隠れてて正解だったと思いますよ」
「フキさん好き」
ぐりぐりと頭が押しつけられる。自分も彼の体に腕を回し胸元に頭を寄せると、抱きしめる腕に力が入るのを感じた。頭上から「会いたかった」と囁く声が降って来て顔を上げれば、目尻を下げた透き通った瞳と目が合う。長いまつ毛がゆっくりと瞬いて自然と顔が近づく。重なる唇が少しカサついていて、それすらも愛おしい。
やわく何度か食んだ後に離れていくそれに少し名残惜しい気持ちになるが、視界に映るイブさんが満足げな顔をしていたのでそれだけでなんだか私も満たされてしまった。
「フキさんに話したい事がたくさんあるんだ。今回はちょっと長めに家にいるつもりだから、ゆっくり過ごそう」
そう言ってイブさんは「フウリくんも1日くらい呼ばなきゃ拗ねるかもな」なんて呟きながら私の腰を抱いて玄関の扉を開ける。ああ待ってまだ大切な事を言っていないと、慌てて「イブさんお帰りなさい」と見上げて声を掛ければ、彼はその涼やかな顔立ちに明るい笑顔を作って私が待ち侘びた言葉をくれるのだ。
「ただいまフキさん」