川遊び「清光!みて、こんな所に小川があるよ」
暑い暑い晴天の日。本丸から離れた山の中で安定はキラキラと光る小川を見つけた。川の深さはそれほどないようで、思い切っていちばん深いところまで飛び込んでみると安定の膝下あたりを冷たい清流が流れる。顕現されてからもう何年も経つが未だに本丸の周りは知らないところが沢山ある。新しい発見をした楽しさからか袴の裾が濡れるのも構わず、安定はざぶざぶと足を動かし跳ねる水を楽しんでいた。一方清光はと言うと近くの木陰に入り、頬ずえをつきながらその様子を眺めていた。
「清光もおいでよ」
「えー、俺はいいよ。濡れるの嫌いだし」
「冷たくて気持ちいいのに勿体ない」
「ここでも充分涼しい、日焼けするから俺はいいよ」
周りの岩にぶつかった水が細やかに宙に飛び、心無しかあたりの温度を下げている。川のせせらぎの音と共にこの小川の近くは確かに夏の暑さを少し和らげてくれる。一向に川に入って涼むよりも日焼けしたくない態度が少し気に入らないのか安定は懲りずに清光を誘う。
「ねぇ、清光みてよ!小さい魚がいるよ」
「へぇー」
「めだかかな?それとも違う魚かな?清光なんだと思う?」
「なんでもよくない?」
「今大きな魚が足の近くを通ったよ。沢山とったら今日の夕飯のおかずにできるかな?」
「そんなに取れないって」
目を輝かせながら川の中に入ろうと何度も誘ってみるがそれでも清光は川に入ろうとしない。不貞腐れながら「もー、絶対川に入ったほうが気持ちいいのに」とボヤいても清光は知らないフリ。日焼けしたくない他にも刀によって差はあれど本能的に水に入るのを避けるのだろう。(お風呂は別として)だって彼等は刀なのだから。でも。
木陰で少し暑そうに額の汗を拭いながら爪を弄っている似たもの同士の刀を見ていいことを閃いたとばかりに安定は口角を上げた。ずいずいと清光の方に近づいてくる
「清光」
「ん?」
清光が顔を向けるや否や顔面に水が飛んできた。咄嗟のことで避ける余裕もなく思いっきり頭から被れば水の冷たさに「冷た!」と思わず声を上げた。目を開けるとニコニコとイタズラが成功した子供のように笑う相刀がいた。両手を広げて挑発しするかのように目の前の間抜けな顔した刀に言う。
「悔しかったらやり返してご覧よ」
「やりやがったな?コノヤロウ」
売られた喧嘩は買わない手はない。売ってきた相手が安定なら尚のこと。清光は川辺に近づき素早く水を掬うと安定に向かって投げた。当然幾ら刀剣男士とはいえ水の中では機動力にかける。袴の裾だけではなく着物の紺色を深く濡らした。そこからは水の掛け合い合戦になったのは容易く想像出来るだろう。向こうが投げたらやり返す。頭に被ったら顔に。肩にかかったら胴体に。手だけでなく足も使って水を掛け合った。単純だが、これがなかなか楽しい。2振りとも髪も着物も深く濡らしても構わず遊んでいた。辺りに楽しげな声が響く。
だがここは川の中。不意に安定が足を滑らせた。
「危ない!!」
咄嗟の事だった。清光が手を伸ばしたものの安定を受け止めきれず一緒になって川の中へなだれ込んだ。ドボーンっと大きな水しぶきを上げて辺り一面を濡らした。
「あいたたた」
「もー、 気を付けなよ」
「ごめんごめん。はしゃぎすぎたみたい」
安定は尻もちをつき、清光は膝を着く体制で川の中に入っていった。もうすっかり2振りとも元の着物の色が分からなくなるほど全身ずぶ濡れだ。そんな様子をみて転んだ本人はケラケラと笑い出す。
「ふふ」
「何?突然」
「いやだって、清光ずぶ濡れだから」
「誰のせいでこうなったと思ってんの?」
「でも、気持ちよかっただろ?」
指摘されてはっとした清光は
気づいたらすっかり川の深いところまでに入って遊んでいたようだ。
「そうね」
素直に認めて立ち上がると安定に向かって手を出す。日が傾き始め、濡れた体にぬるい風が吹き抜けた。
「そろそろ帰ろ」
「そうだね」