明かり凛月が寝る時に電気を消すのは幼い頃からの習慣だった。眩しい太陽みたいでこわい、と昔はぐずったものだったから。
だから、いつもだったら、すぐにでも電気を消して寝床に入るところなのに。
今、凛月がそれを出来ないのは
目の前にいる先客のせい。
(兄者……俺のベッドで眠ってる……)
ちょっと、と怒り気味に言って布団から追い出したいところである。しかし、いつも無理やり起こされるのを嫌がってる身としては、道理に適わないかな、と思いつつそっと近くに寄った。
滅多に見れない、兄者の寝顔。普段は凛月が眠ったのを確認してから零は眠るし、お腹を空かして起きた凛月に朝食を出すために、零は凛月より早く起きる。しかも凛月のためにすべての電気を消すのだから、いくら吸血鬼で夜目が効くとはいえ、ここまではっきりとは見えない。
(ほんと…悔しいくらい、綺麗だよねぇ……)
長い睫毛が影をつくって、呼吸の度にふるりと揺れた。鼻筋の通った鼻に、微かに開いた薄い唇。透き通った白い肌は陶器のようで。
ああ、まるで、そう。まるで多くの人間を魅了して離さなかった、かの医学のヴィーナスでさえ気後れしそうな、艶かしい美しさ。
(綺麗)
改めて、すてきだな、と。美しいな、と。
吸い寄せられるように。
凛月は零にキスをした。
「…?!」
(い、今…俺)
兄者に、キス、した。
なにをしているんだろう。普段自分からキスなんて仕掛けないのに。ましてやこうやって寝ている相手を狙うように、キスをするなんて。
(何してるんだろ……)
妖だ。こんなの。
凛月は零から身を引いた。このままでは、惹かれて、すべて吸い寄せられてしまいそうだった。
「っ……」
手首を掴まれた。
「凛月」
つうっと、いやな冷や汗が背をなぞる。
「お、起きてたわけ」
「それは、あれだけ寝込みに襲われてはのう……?」
「ち、ちがっ……」
「違わないじゃろう?」
恥ずかしくて顔がどんどん赤くなって、瞳に涙が膜を張る。
「あ、あぅ……」
そんな凛月を見て、真剣な顔をしていた零は、突然ふはっと笑いだした。
「そんなに困った顔をしないでおくれ、凛月や……どこまでもお主は可愛いのう。つい、こうやって揶揄ってしまいたくなるんじゃよ」
「ば、ばか」
「ふふっ」
振りかざされた拳を易々とかわされる。掴んだ片手を、零はぐいっと引き寄せた。
「わっ!」
「明るいから、凛月の顔がよ〜く見えるな」
「もうっ、揶揄わないでったら!」
「ほんと、可愛い」
覚えてろよ、凛月は心の内に悪態をつく。できる得る限りに睨みをきかせた瞳だって、零にはなんの効果だってありはしなかった。
夜の帳が下りる中、消されなかった電気が重なり合う2人の形を影にとった。