決して大きくはないアトリエ。だけど三ツ谷は気にいっていた。部屋の真ん中、机の上。広がるデザイン案に、天窓からの光が差し込む。春の麗らかな陽気は穏やかで、はらはらと桃色が空を彩る。
「へえ、いいじゃん」
「当然だろ」
「じゃ、さっさと本題移るか〜」
セフレである灰谷が仕事を依頼してきたのは、前回会った時のことだった。ベッドの上、火照った身体が冷めきらぬうちに、「三ツ谷ってウェディングドレス作れんの?」と言われたのだった。
『へぇ、結婚すんのか』たぶん、そう返した。今となってはあまり覚えていない。そのときになって、初めて気がついた。セフレのはずの灰谷のことを、三ツ谷はいつしか好きになっていた。
恋心の自覚は、失恋と同時だった。
ウェディングドレスにも種類がある。名の通りお姫様のような、ふんわりとしたスカートのプリンセスドレス。これまた名の通り人魚のようなシルエットのマーメイドドレス。あげていけばキリがない。
「・・・・・・希望は?」
「スッキリした形のヤツ」
「じゃあAラインか、マーメイドか。スレンダーあたりでもアリか?」
答えながら三ツ谷は、灰谷の彼女を想像してみた。スッキリした形のドレスが似合うなら、すらっとした美人なのだろう。祝福の鐘が鳴り響く中、並んで歩くふたりはきっとお似合いだ。なんて、傷口に塩を塗りたくる。
「・・・・・・、他は?」
「んー、三ツ谷の好きにしてい〜よ♡」
と、言われても。どんな感情があろうが、依頼された以上これは仕事だ。むしろ好きなヤツの晴れ舞台、その隣に並ぶ彼女には最高のドレスを仕立てたいとさえ思う。
「相手どんな子なんだよ」
そのくせ聞いたのは半分、私情が入っていたかもしれない。三ツ谷の言葉に、灰谷は微笑んだ。たぶん、本当に相手のことを大切に思っているのだろう。信じられないくらい、柔く優しい眼差しだった。
「飯がうまい」
「はあ?」
「オレ、ソイツの作ったやつしか食えねーの」
三ツ谷は思わず素っ頓狂な声をあげた。『だったら、』なんて一瞬思ってしまった。三ツ谷が手料理を振る舞えば、おいしいって食べてたのに。いつの間にそんな相手ができたのだろう――、そりゃそうか。所詮セフレにわざわざそんなこと言うわけない。
そもそも回答が思い描いていたものと違った。もっと見た目の雰囲気、例えば黒髪ロングだとか、例えば猫っぽい感じとか。そういうことを言われると思っていたのに、まさか。惚気なんか聞きたくなかった。
「そういうことじゃねぇよ・・・・・・、もういい。その子の写真ねぇの?」
三ツ谷が呆れて溜め息をつきながら聞けば、灰谷は目を瞬いた。そうして、またあの微笑みをうかべた。柔く優しい、眼差し。その行く先は、
「ハハッ、鏡見ろよばーか♡」
たっぷり間をおいて数秒後。アトリエを駆け巡ったけたたましい悲鳴は、後日そこのオーナーから苦情が寄せられることになる。結婚祝いとともに。