竹タカ「八左ヱ門が懸想していると三郎が言うんだ」
雷蔵にこそっと言われて勘右衛門は「は?」と言ったまま答える事が出来なかった。ぽかりと口をあけて雷蔵を見ることしかできない。
「え、雷蔵。もう一回言って?」
「竹谷八左ヱ門が誰かに恋をしているらしいんだ」
「え、誰に?てか、ハチが?」
「僕が聞きたいよ。三郎はハチを見ていればわかるって言って教えてくれないし」
はーっと溜息をつく雷蔵の横で、唖然としたまま勘右衛門は呆けてしまった。
八左ヱ門と恋はなんとなく結びつかない。委員会では頼れる委員長代理で後輩の面倒見もいい。しっかり者で、同級生からも教師陣からの信頼も厚い。気のいい男で、陽気な人柄だが、恋には疎かった。
言い寄られても気がつかないし、遠まわしに思いを告げられても気がつかない。
奥手なんだか鈍感なのか解らない八左ヱ門が、恋をしている。
「雷蔵…それは…応援してやらないといけない様な気がするんだけどさ…」
「やっぱり?」
「なんか背中押してやらないと、想って終わりそうじゃないか?」
「うん…そうだよねぇ」
二人で重い溜息をついていると、兵助が「どうした?」と声をかけてくる。そう言えば兵助は知っているのだろうか、と何となく聞いてみれば「ああ、なんだ。そのことか」とけろりと返事をする。
「え、兵助、知ってるの?」
「知ってるも何も…毎日来られちゃねぇ…」
呆れた顔で溜息をつく兵助に勘右衛門はがっとしがみつく。
「ま、ま、まさか…っ!兵助が…!」
「違う!」
「いたい!」
ガツンと勘右衛門の頭を殴って兵助はぐったりとする。
「火薬委員のなかにいるんだよ、ハチの好きな人」
「火薬って…兵助以外は皆下級生じゃなかった?」
「あ、でも、最近編入してきた四年生が入ったんだよね?年上だけど忍者のこと全然知らないとかいう…」
「そう。タカ丸さん」
「え、タカ丸さんて、あのきれいな人でしょ!?」
「そう。そのきれいな人にハチは絶賛片思い中」
はぁ、と溜息をつく兵助の横で勘右衛門と雷蔵はあり得ないものを聞いた、と言う顔で固まるしかなかった。
「ぶえっくしゅい」
「あれ、風邪?」
「いいえ、なんか急に鼻がむずむずして。はい、取れましたよ」
「ありがとう!ごめんねぇ、風に飛ばされるなんて思ってなくて…」
木の枝に引っかかっていた紙を掴むと八左ヱ門はひらりと木から降りる。細かな字で書かれた紙を何となく見てみれば火薬委員会の仕事内容がびっしりと書き込まれていた。
「勉強熱心ですねぇ」
「そんなんじゃないよ!僕はまだまだ知らない事が多いし。でも四年生だから兵助くんの手伝いもできるようになりたいし」
「編入したばかりだからそんなに焦らなくても大丈夫ですよ」
「そうかなぁ」
へにゃりと笑うタカ丸に八左ヱ門は、ほへ~と見惚れてつられて笑う。
顔には「可愛いなぁ。一生懸命だなぁ」と書かれているが、タカ丸はそれに気がつかず、八左ヱ門も自分がそんな顔をしているとは気づかず、ほわほわと話し続ける。
その様子を盗み見ていた勘右衛門ががくがくと兵助の肩を揺する。
「なんだろう。あそこの一角だけ非常に甘酸っぱいんだけど!」
「言うな、勘右衛門!俺なんてなぁ、俺なんてなぁ…!毎日火薬壺を整理しながらあの空気に耐えているんだぞ!」
「兵助…!」
がしっと抱き合う五年い組の横で雷蔵が大きな溜息をついた。
「とりあえず三郎に協力させるから、早いところくっつけないとこっちの身が持たないよぉ!」
かくして、五年生の五年生による五年生の為の「八左ヱ門とタカ丸さんをくっつけよう」作戦が開始されるのであった。
オンリーペーパー
夏前にプランターに植え付けた夏野菜が沢山採れた、とメールが来た。
そう言えばトマトやらピーマンの苗を一緒に買いに行ったが、晩夏をすぎて秋になっても野菜が採れるのか、と感心しながらいると続けてメールが来る。
沢山採れたからおすそ分けするから取りにおいで、とあった。野菜は好きだし、久しぶりに竹谷の顔を見たくなったので、「明日の帰りに竹谷君ちに寄るよ」と返事をした。
竹谷は、最初は友人の友人と言うポジションだった。居酒屋で会って、何回か大勢で飲んだ。陽気な人柄で話していても飽きないし、おおらかな人柄に癒された。竹谷もタカ丸の事を妙に気に入ってくれたらしく、少人数で飲みに行ったり、二人で昼ご飯を一緒に食べたりした。大学で畑も作っていると話していたので、なんの大学か聞いてみると獣医学科のある大学に通っていると照れながら話していた。動物のお医者さんになるんだねぇ、と言ったら「頭悪いからどうなる事やら」と笑った。昼間にメールをすると時間がしばらくたってから返信が来る。「ごめん、授業中だった」と一言が添えられているので、本当に真面目なんだなぁと感心する。
陽気で面倒見がよくて頑張り屋の竹谷に、タカ丸が惹かれて惚れるのはそれほど時間はかからなかった。ただ、これは黙っていようと一人で決めた。タカ丸はそれまで自分は女の子が好きだと思っていたし、竹谷もきっと男に好きだと言われても困るだけだろう。
「友達の友達」から「飲み友達と普通の友達」の間へ一応は昇格したらしいのでこのままの立場でもいいかとも思うが、もうちょっと仲のいい友達になりたいなぁという欲もある。別に竹谷とどうこうこうなろうという気はないのだが、ただ竹谷を好きでいたい。好きになってくれればいいなぁという気持ちが、心のどこかにあるけれど、欲を出しすぎたら今のなんとなくいい関係も壊れてしまいそうだ。
「僕はどうなりたいんだろうねぇ…?」
手を伸ばしても竹谷には届かないし、手を伸ばすつもりもない。はぁと溜息をつくと、床に転がしておいた携帯電話がチカチカ光る。メールの着信音が小さく流れて新着メールをタカ丸に知らせた。
「竹谷君かな?」
そうであったらいいと思っていた相手からのメールにタカ丸の頬が緩む。何気ないメールにすら嬉しくなってしまった。
君が好きだと言えたらいいけど、きっと言えないまま君を見て行くんだろうなぁと小さくため息をついた。