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    ruki

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    ruki

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    わたしが絵を描かない理由 美術室へ向かう凛の足取りは重かった。

     凛の入学した中学校では部活動への参加が義務付けられていて、余程の理由がない限り例外は認められていない。
     二か月前に入学したばかりの凛にも当然その義務は課せられ、彼女は美術部へ入部した。
     絵なんて小学校の授業以外で描いたことなかった。それなのに美術部を選んだのは、“仲良しグループ”の友人たちがみな揃ってそこを選んだからだ。

     美術室の扉の前で足を止める。中からは女子の談笑する声が廊下まで聞こえていた。
     扉へと手をかけると凛の心臓はバクバクと鼓動を速め、手には汗がにじみ、膝が震え始める。

     ――大丈夫。大丈夫だって。

     自らをなだめるよう深呼吸して、一気に扉を引く。

     ガラッ。

     話し声がピタリと止んだ。
     五対の瞳が一斉に凛の姿を捉え、数秒の後に逸らされる。止まっていたはずの話し声も、何事もなかったかのように元へ戻った。
     六人掛けの大きな作業机には“仲良しグループ”の五人が座って、それぞれ思い思いの絵をスケッチブックに描いている。一つだけ空いた椅子には誰かのバッグが置かれ、空席ではないことを静かに主張していた。
     凛は拳をギュッと握って空いている作業机へ向かって歩き出す。談笑する彼女らの横を通るのだと思うと手が震えるが、それに気付かれぬようまた手に力を込め、遠くを見るように意識しながら顔を上げる。

     ――弱さを見せちゃダメだ。

     たった数メートルの距離が永遠のように感じた。
     六人掛けの大きな作業机に一人で座る。無意識の内に抑えていた呼吸がようやく普通に戻り、ふぅ、と小さく息を吐く。
     美術室の中には五人組の彼女らと凛の姿しかない。上級生や顧問の教師は来ておらず、活動内容の指示も出ていないようだった。
     凛もバッグの中から筆箱とスケッチブックを取り出す。指示がないからといって何もしないわけにはいかない。スケッチブックの使っていないページを開き、真っ白な紙を見つめながら何を描くか考える。絵を描いた経験がほとんどない凛にとって、何を描くか考えるだけでも大変な作業だった。

     ふと、白紙のページに影が差す。
     影の主を追うように顔を上げれば、いつの間にか凛の隣に英子が立っていた。
     凛の幼馴染で、仲良しグループのリーダー的存在。一番の親友――――だった。一か月ほど前までは。
    「ねぇ凛、みんなで凛にお手紙書いたの」
     スケッチブックの上に可愛く折り畳まれたメモ用紙がバラバラと落とされる。『凛へ』『凛ちゃん♡』『Dear 凛』――カラフルなペンで書かれたそれらは一見、女子中学生が授業中に友人へ回す秘密の手紙そのものだ。
     中身は、おそらくまるで違うものだろうけど。
    「ちゃんと読んで、お返事書いてね。待ってるから」
     落とされた手紙を見ていた凛の視界の端に英子の口元が映る。口角が上がっていて笑顔のように見えるが、英子と付き合いの長い凛にとってはそれが笑顔でないことはわかっていた。視界に入らずとも英子がどんな目で凛を見ているのか想像がつく。何も言えない凛をあざ笑うように見下した、英子の瞳が。

     言いたいことを言って満足したのか、英子は他の子の元へと戻っていった。
     凛の前には手紙だけが残され、不自然な静けさと嫌でも感じる視線がそれらを早く読むように急かしている。

     無作為に、とりあえず目に映った手紙を一通手に取って、開く。どうせどれを開いても内容は大して変わらないはずだから。
     カサリ。
     流行りの丸文字が見えた。
    『凛ってまじウザイ』
     次の手紙を開く。
    『自分がカワイイとか思ってんの?』
     もう一通。
    『消えて』
     英子たちがクスクスと笑っているのが聞こえる。
     顔を見られたくない。表情になんか出したくない。
     口元にグッと力を入れて、涙が零れないよう強く目を閉じた。




    END
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    tang_soliloquy

    DONE二年二月十四日の七マリ。時期外れですがバレンタインネタ。
    以前アンケを取った『CP創作お題をアンケで決める』で1位だった『熱があるのに』をクリアするのにこれしか思い浮かばなかった。
    七ツ森くんに逆チョコ用意して欲しいのは私だけではないはず……。あと七ツ森くんあの食生活とか睡眠時間とかでも滅多に体調崩さない、さりげなく健康優良児なイメージがあります(熱出し慣れてないタイプ)。
    「……ん?」
     目覚まし時計を止めてあくびをしようとして、ふと喉に覚えた違和感。「あー」と声を出してみても咳払いをしてもそれは消えず、洗顔と歯磨きを済ませて水を飲んで、やっといつもの声に近くなった。
    (湿度は……ヤバいな、四十パーセント切ってる)
     部屋の片隅に置いてある温室計に目をやると、室内はカラカラ。寝ている間に乾燥で喉をやられたのだろうと頷きながら加湿器をつけた実は、普段使いの化粧水に手を伸ばしかけて止め、その隣のボトルに――スペシャルケアのラインナップに指先をかける。
    (こんだけ乾燥してるし、ちゃんと保湿しとかないと……って、気合い入れたい言い訳なんですけど)
     今日は二月十四日。少し――いや、だいぶ期待している、特別な日だ。ほんの一週間ほど前にも実の誕生日という特別な日があったのだが、それはそれ、これはこれ。バレンタインをこんなに心待ちにするだなんて、去年までの自分に言っても信じてもらえないだろう。
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