誰も知らない。「伊月さぁ、誰かと付き合ったりしねえの?」
大学のカフェテラス。昼食を共にしていた友人からの取り止めのない一言に暁人は思わず顔を上げた。
「…なんで?」
質問に質問で返すのはアレだな、と思いつつもそう返すしかなく。パスタをフォークで巻き取る手を止めてしまった以上、その話をそこで遮ることは出来なくなってしまった。
「聞かれんだよ女子達に。『伊月くん彼女いないの?』とか『合コン呼んでよ』とかしょっちゅう。…いや、まぁ伊月もそんな事まだ考えられないだろうなって思ったから適当に流しといたけど…お前のこと良く思ってるヤツ結構居るんだぜ?今じゃなくても少し先に、って話」
「あぁ…そういうこと」
この友人は唐突なところもあるけれどとても良い人物だと暁人は分かっている。そうやって周囲からの防波堤にもなってくれていたり、自身を気にかけてくれていることにも感謝すら覚えてしまう。
──けれども。
「そうだなぁ。……うん、やっぱり僕はそういうのは当分無いかな」
「えっマジで」
「マジだよ」
好きな人が居るんだ、と。
彼にだけ聞こえるようにそう言うと、彼の顔はあっという間に晴れやかになっていく。
「なぁんだ!そういう事なら早く言ってくれよ〜!」
「ちょっ…声デカいって」
何のために小さな声で打ち明けたのかわからなくなるだろ、と暁人は小さく溜息を吐く。で?どんな人?と嬉しそうに尋ねてくる友人の反応は至極普通の反応なんだろう。
「ここの大学の人じゃないよ。まぁ、普段会えない人だからさ…僕の一方的片想いってヤツ。頼むから言いふらすなよ?」
「マジか…青春じゃん…言いふらしたりしないって!もし上手くいったらまた教えてくれよ!」
「──うん」
テーブルを乗り越えて暁人の肩を叩く友人に暁人は苦笑いをする。
あぁ嘘をついてしまったな、と。
上手くいく訳もない、叶うはずもない。だって彼はもうこの世界の何処にも居ないのだ。
これは呪い。孤独になった自分にずっとかけ続ける『恋』という名の。
あの優しい声を忘れてしまえば。あの夜を忘れられたらこの呪いは解けるのだろうか。
……それならもう一生、このままでいいや。
報われないぬるま湯のように心地良いこの想いに心も体も蝕ませながら、暁人は今日も笑い食べて眠り淡々と生きていく。
果たしてこれが幸福な生であるのかどうかは
────誰も知らない。
.