影になり日向になり -第四章-「……」
暗い廊下に横たわりながら、ピイナはぼんやりと目を覚ました。ゆっくりと体を起こし、辺りを見回す。灯りが落ちた廊下には、自分以外に人の姿はないようだ。
──パピは小衛星帯を抜けたかしら……
突然の出来事だった。
何かが爆発したような、大きな音が聞こえたかと思うと室内の一切の灯りが消えた。すぐに自家発電に切り替わったのだろう。非常ブザーの音と共に、避難ロケットへの通路の灯りが点灯し、急いでその場所へ逃げ込んだ。壁が破壊される凄まじい轟音に耳を塞ぎ、せめてパピだけでもと、ロケットの発射ボタンを押した。
ピシアの狙いは、自分たちの身柄の確保だ。いち早くそれを察したゲンブは、兵隊が突入する前に地下への避難を試みた。自分もそれに続いたが、次第に廊下の灯りは消え、辺りは文字通り真っ暗になった。そんな状況の中で、何かに足を取られてつまずき、ついにはゲンブとはぐれてしまった。
──おじさんなら大丈夫。きっと地下にたどり着いているわ……
地面に倒れたときに、打った膝が痛む。ピイナは壁を背にして座り込んだ。
3日前、ピシアの長官はずいぶんと苛立った様子で、官邸の廊下を歩いていた。彼は自分と副官の顔を見たとき、手首をひねらせ親指を下に向ける動作をした。それがどうしても引っかかってしまった。
人を疑うことは悪いことなのだろう。だが、ドラコルルに感じた違和感は拭えず、突然のことにドラコルルがどんな反応をするのかを確かめてみたくなった。だから彼の目の前で、盗聴器を取り出した。
"嘘つき"と称されるドラコルルが、『興味本意』とくり返すことに、さらに違和感を覚えた。だからエレベーターに関して、嘘の情報を教えた。
地下にある自家発電装置は、エレベーターに電力は供給しない。その代わり、避難ロケットの発射システムへ直に電力を送りつづけ、搭乗者の避難が完了すると同時に、発電装置としての役割を終えるようになっている。
そしてもう一つ、地下空間にはかつてピリカ星本土と小衛星帯を往復していた採掘船が保管されている。採掘船に残っているデータを利用して、ゲンブは件の廃坑を目指すだろう。そして力を蓄え、いつかこの国を取り戻すのだ。あのドラコルルをまんまと出し抜いた事実に、ピイナは静かに笑った。
暗闇に慣れてきた目をこすり、ピイナは周囲を見渡した。見慣れた廊下であっても、光が無ければその姿は全く違って見える。まるでお化け屋敷のようだなと、ピイナは壁に手をついてゆっくりと立ち上がった。
──音がしない。砲撃は止んだようね……
ならば、次は何が起こるのか。恐らくは兵隊たちの突入だ。きっとすでに、出入り口もふさがれているに違いない。今の自分は逃げる手段を完全に失い、官邸という大きな箱の中に、たった一人で取り残されてしまったのだ。
このまま兵隊の突入を待ち、大人しく身柄を拘束されるしかないのだろうか? いや、せめて最後に行くところがある。
ピイナは足を引きずりながら、ゆっくりと歩き始めた。
真っ暗な廊下を20メートルほど歩き、ようやく目的の場所に到着した。上に目をやると、『補佐官執務室』と書かれたプレートがうっすらと見える。パピが史上最年少の大統領ならば、自身は史上最年少の大統領補佐官だ。それは自分の誇りだった。どうせ捕まるならば、その誇りをピシアに見せつけてやりたい。自分は逃げも隠れもしない。大統領補佐官として堂々とここにいるのだと、兵隊たちに見せつけてやるのだ。
-……コツ……コツ……
執務室の扉に手をかけたそのとき、人の歩くような音がピイナの耳に届いた。その音は次第に大きくなり、だんだんとこちらへ近づいてくる。
──ピシアの兵隊が。ついに来たんだわ……!
ピイナは音がする方向を睨みつけた。暗い廊下の先に人影は見えない。だが先ほどよりも、廊下に響く靴音は大きい。自分以外の誰かが、間違いなくこの廊下の先にいる。
「……ピイナ補佐官?」
男性の声とともに、靴音が止まった。声の大きさからして、数メートル先にその人物は立ち止まったようだ。ピイナは目を凝らした。
「……副官?」
暗がりの中、青い軍服に身を包んだ大きな男の姿が見えた。男は銃を構えている。
「……残っているのはあんただけか。パピもゲンブも脱出したんだな」
「……副官」
ピイナは、男を睨みつけた。
「これがあなたたちの狙いだったのね。おじさんの廃坑に目をつけて、宇宙から国民を監視するつもりだったの?」
ピイナの問いかけに、副官は黙ったまま何も答えなかった。
「おかしいと思ったわ。あのドラコルル長官が、忘れ物をした部下に付き添うんだもの。もしやとは思ったけれど、案の定。嘘を教えて正解だった」
ピイナはさらに続けた。
「この官邸の地下にはシェルターなんてない。あるのは非常時に、ロケットに電力を供給する大型の発電装置と、おじさんの採掘船だけよ。地下については図面を作ることすら許していないの。もくろみが外れて残念だったわね」
ピイナの言葉に、ようやく副官が口を開いた。
「……ああ。見事だよ補佐官。あのドラコルル長官を出し抜くんだから」
ピイナは、さらに副官を睨みつけた。
「子どもだと思って舐めていた報いだな。パピを乗せたロケットが、飛び立ったときの長官の顔は忘れられない。あの人でも、あっけにとられるんだなと思った。……今はずいぶんお怒りだが……」
副官はさらに続けた。
「あの人は恐ろしい人だ。ここであんたを拘束して、あの人の前に引きずり出すことは簡単だが……。……きっと、ただじゃ済まない」
副官の言葉に、ピイナは息をのんだ。ピンと空気が張りつめる。
重苦しい沈黙が、しばらく続いた。先ほどまで静かだった廊下に、ピシアの兵隊たちの声が響き始める。時おり聞こえる破壊音は、ドアを蹴破る音だろう。
「……もし俺が」
沈黙を破ったのは、副官だった。
「もし俺が、ドラコルル長官の副官として、今この瞬間もずっとそばに控えていたら、結果は違ったんだろうな……」
「え?」
副官の言葉に、ピイナは声をあげた。目の前の男が何を言っているのか、よく分からない。
「俺がここに来る必要はなかったんだ。全て部下たちに任せて、俺はいつものように長官の隣に立っていればそれでよかった。……でも心配で心配で、いても立ってもいられなかった。この3日間、全く眠れなかった……」
ピイナは目を凝らした。いつの間にか、副官の体からは銃が下ろされている。
「ロケットが飛び立つのを見たとき、正直ホッとしたんだ。ああ、あんたも宇宙へ逃げたんだなと。でも長官の一言で、ここへ来るしかなくなった」
副官は静かに告げた。
「『あのパピが国を捨てるはずがない。ピイナが逃したのだろう。ただちに突入し、ピイナを捕えろ。必ず生きて私の前に連れてこい』」
ピイナは目を見開いた。副官の口調は穏やかだが、その口から出る言葉の一つ一つに、ドラコルルの怒りが込められている。
「俺は申し出たよ。補佐官は必ず俺が捕まえると。補佐官の嘘を見抜けなかったのは、一緒にいた自分にも責任があるからと。……だから俺は今、ここにいる」
副官は、ゆっくりと息を吐いた。
「部下たちにはまず、エレベーターをこじ開けて、地下を目指すよう指示を出した。俺は一人、上を目指した。あんたがどこにいるのか、だいたい見当はついていたから」
「……え」
副官の言葉に、ピイナは違和感を覚えた。副官はさらに続けた。
「俺に教えを乞うくらい、仕事熱心なあんたのことだ。きっと執務室にいて、俺たちを待っているんだろうなと思った。ここには何度か来ていたから、こんな暗闇でも平気だった……」
「……副官」
ピイナが静かに口を開いた。
「あなた、一体何を言っているの?」
ピイナの問いかけに、副官は目を伏せた。
「意味が分からない。私を捕まえに来たんでしょう? なのに、部下には地下を目指させて、自分だけがここに来るなんて……」
「……俺が」
副官が口を開いた。
「俺があんたを逃がすためにここに来たと言ったら、あんたは俺を信じるか?」
時間としては、わずかだったに違いない。ピシアの兵隊たちは、確かにすぐそばまで来ているはずなのに、副官の言葉を聞いたその瞬間だけは、彼らの声もドアを蹴破る音も、全く聞こえなかった。
少し前、レストランで初めてドラコルルに会ったときのことを思い出す。青いカクテルを店員に運ばせた彼は、ひたすら自己のペースで話を続け、昔の映画に出てきそうなキザな台詞で、自分のことを口説いてきた。笑みを浮かべる顔に背筋が凍り、あのときは本当に時が止まったように錯覚した。まさか、また同じような感覚を体験するとは思わなかった。
「……副官……?」
少しの沈黙を経て、ピイナはやっと言葉を絞り出した。彼の名を呼ぶことが精一杯だった。
「……信じられないよな……」
副官の哀しげな声が、ピイナの耳に届いた。
「官邸を攻撃しておいて、何言ってんだって話だ。さっきまで、あんたに銃を向けておいて、どの口が言うんだか……」
ピイナはもう一度、副官の体に目を向けた。あいかわらず銃は下ろされている。
「……気持ち悪いよな。いい年した大人が。こんな不細工な男が。あんたみたいな綺麗な女の子に、こんな感情を抱くんだから……」
ピイナは目を見開いた。目の前の男は、一体何を言っているのだろう。
「気持ち悪いと思ってくれてかまわない。最低だと罵ってくれてもかまわない。どうせ叶わない想いだ。だが……」
副官は顔を上げた。
「俺はあんたを助けたい。……この気持ちだけは、どうか、分かってほしい」
ピシアの兵隊たちの声が、さらに大きく廊下に響きはじめる。恐らくすぐ下の階にまで、彼らが到達したのだろう。
「……本気なの?」
ピイナが口を開いた。
「本気で私を逃がすつもりなの? そんなことをしたら、あなた一体、どんな目にあうか……」
「分かってる。バレたら殺されるかもしれない」
副官が告げた。
「もっとも長官の近くにいる人間が、故意にその命令に背くんだ。信用もクソもない。だから、一回だけだ」
副官は続けた。
「一回だけあんたを逃がしたら、俺はあんたを忘れる。もう絶対に関わらない。明日からはまた、ドラコルル長官の忠実な部下だ。それならばいいだろう?」
副官は笑った。
「こんな気持ち悪い男が、もうまとわりつくこともない。反乱を起こした最低ヤローの一人だと思っておけばいい。おまけに、逃がしてやるって言ってるんだ。こんな都合のいい話はないと思うぞ。……信じるか信じないかは、あんた次第だが」
そこまで話し、副官はピイナを見つめた。
逃がしたからといって、自分はあなたを利用するつもりはない。恩を着せて、何かをするわけでもない。都合のいい男でかまわない。
ただ、あなたのことを助けたい。
今の自分がピイナに与えることのできる、最大限の愛情だった。
「……どうやって」
「ん?」
「どうやって私を逃がすの? こんなにピシアの兵隊がウロウロしてるような場所から、逃げられるはずがないじゃない」
「補佐官。3日前に会ったときのことを覚えているか?」
副官が答えた。
「俺と長官が、隊服を取りに来た日のことだ。あんたが気を利かせてクリーニングに出したもんだから、俺は受け取ることができなかった。でもあんたはこう言ったんだ」
副官は、笑顔で告げた。
「『3日後に仕上がる予定だから取りに来てください』と。今日がその3日後だ」
「あ!」
ピイナは声をあげた。
「あるんだろう? 俺の隊服が。それを着れば、あんたは完全にピシア兵だ。他の連中に紛れて、外に出ればいい。ただし銃はないけどな」
「あの隊服ならここに……」
ピイナは目の前の扉を開けた。
「補佐官執務室に運んでもらうよう、受付に頼んでおいたの。届いていればいいのだけれど……」
電力制御室が破壊されているため、廊下は暗い。しかし、執務室には窓がある。扉を開けたと同時に、カーテン越しに差し込む明るい光に、ピイナの目は輝いた。執務机に目をやると、そこには人の頭ほどの丸いこんもりとした形のビニール袋が置かれている。
「あった! 副官、見て! あったわ!」
ピイナは執務机に駆け寄ると、大急ぎでビニール袋を手に取った。中を見ると、先日副官が忘れていった上着やズボン、ヘルメットなど一式全てがそろっている。
「よかった! でも靴が……」
ピイナは、自分の足元に目を落とした。
「さすがに、この靴だとバレるわよね……」
「補佐官。防災靴はあるか?」
執務室の扉の傍らに立ちながら、副官が声をかけた。
「俺たちですら、最初の配属日に配られるんだ。公務に関わる人間なら、絶対に支給されると思うんだが」
「あ!」
ピイナはさらに目を輝かせた。
「あるわ! あれなら、あなたたちが履いているのとほとんど同じ」
ピイナはそう言うと、クローゼットへ駆け出した。ごそごそと中をあさり、長靴仕様の防災靴を取り出す。
「これで完全にピシア兵。副官、ありが……」
ピイナが副官に礼を言おうと振り向いたそのとき。
ピイナはハッとした。
副官の顔を見ると、その頬は何かで濡れている。先ほどまでは暗がりで見えなかったが、今いる執務室は、窓から光がさしている。ヘルメットに装着された黒い保護シールドによって、副官の目は見えない。しかし今、副官の頬を伝っているのは、紛れもなく涙だ。
「副官……」
ピイナは副官に声をかけた。先ほどまでの嬉しそうな表情から、ピイナの声色が変わったことを察し、副官は慌てて顔に手をあてた。
「悪い……」
銃を持った方の腕で、副官は涙を拭った。
「3日前、ここからの帰り道で長官が言っていたんだ。もうあんたの笑顔も見れなくなるって。でも……」
副官は涙を拭い終えると、嬉しそうに笑った。
「最後にまた、あんたの笑顔を見れた。本当によかった」
緑の隊服に身を包んだピイナは、副官の体の陰に身を屈めながら、緊張した面持ちで廊下の先を見つめた。
「いいか。これから俺は、部下たちをここへ呼び寄せる。たくさんの兵がここに集まるから、あんたはその中に紛れ込む。そして隙を見て、出入り口から逃げてくれ」
副官はそう言うと、銃を構えなおした。
「外に出てからも、気をつけた方がいい。暗闇と違って、そんなダボダボの隊服、すぐに怪しまれる。あと……」
「大丈夫よ。副官」
ピイナは、副官に声をかけた。
「ドラコルル長官には、絶対に近づかない。極力、声も出さないようにするわ」
「それでいい。ピシアにも一応女はいるが、なんせ数が少ないから目立つ。とにかく周りに溶け込むことを最優先に行動してくれ」
「分かったわ。……あの、副官……」
ピイナは、小さな声で副官を呼んだ。
「……本当にありがとう。どうやって感謝の気持ちを伝えればいいのか……」
「感謝の気持ちなんていらない。変に期待させるようなことはしないでくれ」
副官は、ピイナに目も合わせずに答えた。
「さっきも言ったように、俺は今日限りであんたのことは忘れる。もし次に会ったら、俺は容赦なくあんたに銃口を突きつけてやるから、感謝なんかしない方がいい」
「副官……」
ピイナは哀しげに目を伏せた。
「……やっぱりあなたは、ドラコルル長官の副官ね。そういうところがそっくりだわ」
ピイナの言葉に、副官は振り返った。
「レストランでもそうだったわ。あの人は私の話なんてほとんど聞かずに、自分の言いたいことだけをしゃべって、勝手に自分を納得させて」
ピイナは、ため息をついた。
「女はね、相手の話を聞くよりも、自分の話を聞いて欲しいと思っているの。あなたたち、女慣れしていないでしょう?」
図星と言わんばかりに、副官の体はギクリと固まった。ピイナはかまわず続けた。
「さっきのあなたもそうだったわ。自分の気持ちだけを優先させて、勝手に失恋して、自分を納得させて。私の気持ちなんて、聞こうともしない。私が『嬉しかった』って言っても、どうせ信じないんでしょう?」
「……え?」
ピイナの言葉の真意が分からず、副官はその顔に目をやった。
「気持ち悪いなんて思わないわ。すごく嬉しかった。ずっと『そうだったらいいのに』って思ってた」
副官はさらに意味が分からなくなった。この娘は何を言っている?
「あなたと話していると、本当に楽しかった。だから、クリーニング代も含めて、また来ると言ってくれたのが嬉しくて。すごく楽しみにしてたのよ」
ピイナは顔を上げた。
「あなただけじゃない。私も同じ気持ちだった。だから……」
ピイナは再度、目を伏せた。
「……私も今日限りで、あなたのことは忘れるわ。せいぜいドラコルル長官の忠実な部下でいればいい。この先、不幸な末路をたどっても、絶対に同情なんてしない」
ピイナの言葉に、副官は目を見開いた。
叶わない想いだと分かっていた。こんなドジで、おっちょこちょいで、お世辞にも器量がいいとは言えない自分を誰かが受け入れてくれるなど、ありえないと思っていた。しかし今、目の前の少女は確かに『自分も同じ気持ち』だと言った。自分もあなたのことが好きだと。
しかし、運命のいたずらだろうか。決してお互いが結ばれることはないことを、この少女はよく分かっている。自分はピシアの副官、この少女は大統領の補佐官だ。当然のことながら、主義・思想が違いすぎる。だから自分と同じように、この少女も今日限りでその想いを断ち切ろうとしているのだ。
「補佐官」
副官は静かに微笑むと、優しくピイナに語りかけた。
「ありがとう。あんたを好きになってよかった」
副官の言葉に、ピイナも優しく微笑んだ。
そのとき、廊下の先から大勢の足音が聞こえた。先ほどよりも大きなその音は、いよいよ自分たちがいる階へ、兵隊たちがたどり着いたことを意味していた。
「来たぞ。補佐官、うまく逃げろよ」
ピイナが物陰に隠れたことを確認した副官は、大声で部下たちに向かって叫んだ。
「おうい、お前ら!!」
「副官!」
副官の姿に気がついた部下たちが、ぞくぞくと集まってくる。ピイナもその中に加わると、他の兵と同じように、副官に向かって敬礼をした。
「地下の様子はどうだった?」
「は。おっしゃる通り、治安大臣が乗ったと思われる採掘船の軌跡を発見いたしました」
「よくやった。ゲンブはきっと小衛星帯を目指す。長官にもお伝えしろ。この階は完全にもぬけの殻だったが」
「補佐官の姿は?」
「見つからない。もしかしたら、まだ上にいるかもしれない。すぐに階段を登れ!」
「は!」
兵隊たちが階段を目指し、走り出す。ピイナもそれに続くように、階段へ向かって走り出した。
外に出た瞬間、ピイナは目の前の光景に驚愕した。
砲撃はすでに止んでいるが、放送局、裁判所など街のあちこちからは火の手が上がっている。官邸だけではなく、街全体が攻撃対象だったのだ。
──ひどい……! よくもこんなことを……!!
街の惨状に、ふらつきそうになった体をなんとか持ちこたえる。とにかく今は逃げなければと、足を踏み出したそのとき。
「おい」
ふいに誰かに呼び止められ、ピイナは声の方へ振り向いた。そして、目を見開いた。
──ドラコルル長官……!!
ピイナの体は凍りついた。目の前には、紺色の軍服に身を包んだ長身の男が立っている。
「お前、なんだその服は? それに銃はどうした?」
固まるピイナに、目の前の男が詰め寄る。しかし、ピイナは違和感を持った。
──ドラコルル長官……じゃない……?
確かに服装はよく似ている。しかし、ドラコルルの軍服に縫い取られているラインは赤だったはずだ。今、目の前にいる男の軍服のラインは白色で、ドラコルルとは違う。そういえば声も違うような……。
「答えろ。銃はどうした?」
威圧感のある風貌に押され、ピイナは声色を変えて答えた。
「は。実は官邸の中は真っ暗でして、どこかに落としてしまったようで……」
「その声、女か。副官並みにドジなやつだ。それに隊服くらい、自分の体型に合ったものを選べ。身だしなみは大事だろう?」
男はそう言うと、数十メートル先の装甲車を指差した。
「あの中にある銃を使え。さっさと取ってこい」
「……は!!」
ピイナは男に敬礼すると、大急ぎで装甲車へ向かった。
部下が装甲車へ向かうのを確認し、男は再び官邸を見つめた。
「内部は真っ暗か。まぁ、それを想定して、B連隊には暗視可能なヘルメットを持たせているわけなんだが……」
そう独りごちたとき、男はハッとした。
──そういえば、なんであいつは暗視モードにしなかったんだ?
男は再度、装甲車の方に目を向けた。しかし、先ほどの部下の姿はもうない。
「銃くらい暗視モードですぐに見つかるだろうに。それに……」
男はボソリとつぶやいた。
「B連隊に、女の隊員なんていたっけか?」
つづく