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    副官とピイナ補佐官の小説③

    ・前作の続き

    影になり日向になり -第三章-「よくこんなものを手に入れたな……」
    目の前の図面を見ながら、ドラコルルはほくそ笑んだ。
    クーデターを決行するにあたり、官邸への攻撃をどうするのか、残すところはその具体的な日時や方法を考えるだけとなっていた。国民への示しとして、大統領は必ず生きて捕えなければならない。そう考えると、官邸への攻撃は大統領が死亡しないこと、かつ逃亡経路を絶つことを第一にしたものとなる。
    残念ながら、軍人である自分やギルモアが官邸で自由に行動できる場所には限りがあった。官邸の内部構造や正確な間取りが把握できていない状態では、とてもではないが攻撃を加えることはできない。なんとかして、あの建物の細部まで知ることはできないかと、ドラコルルは思考をめぐらせていた。そして今、夢にまで見たものが自分の目の前にあるのだ。
    「電気系統配線図。こんなもの、どうやって手に入れた?」
    「大したことはしていません。官邸の電気系統の保守点検を担当している企業とは、"懇意"にしています。少し"お願い"すれば、あっさり渡してくれましたよ」
    「次長。お前はやることがえげつないな。しっかりと謝礼はしたのか?」
    「もちろんです。それなりに金は払いました。『奥さんと愛人さんのために使ってください』と念押しして」
    男の言葉に、ドラコルルは笑みを浮かべながら、図面に目を落とした。
    「こうして見ると、中央の階段のすぐ上が避難ロケットの発射場所か。つまりここを攻撃すれば、大統領は宇宙へ逃げることはできない」
    「ですが……」
    男が口を開いた。
    「あまりに大規模な攻撃だと、発射塔自体が崩れてしまいます。そうすると、官邸全体が崩れ落ち、大統領は生き埋めです」
    「中央というのが厄介だな。だが、軽すぎる砲撃では逃げられてしまう」
    「ええ。そこで注目するのが……」
    男は図面に描かれた、北側の1階部分を指差した。
    「こちらが官邸の電力制御室です。ここを狙えば、全ての電力が落ちる」
    「つまり、ロケットを発射するためのシステムも落ちるということか。……次長、見事だ」
    ドラコルルはニヤリと笑った。
    「攻撃のおおよその目処はついた。まず、第一の砲撃で電力制御室を狙う。その後、出入り口を全て封鎖した上で突入だ。副官、記録したか?」
    「はい、ただいま」
    副官は記録簿から顔を上げると、ドラコルルに向き直った。
    「第一陣の隊員には俺の方から指示を出しておきます。ですが、第二陣は本当に無人機で良いのでしょうか? 今のお話だと、できるだけ被害を最小限に抑えたいように聞こえましたが」
    「無人機が発射する熱光線は、当日はいちばん殺傷能力の低いものにする。官邸から逃げ出した人間の足止めくらいはできるだろう。当たりどころが悪ければ知らんが」
    「少なくともお前よりは、信用できると思うぞ」
    男が口を開いた。
    「聞いたぞ。補佐官と話したはいいものの、その会話をすっかり録音し忘れてたんだってな。おまけに盗聴器ごと隊服まで官邸に忘れるとは、うっかりにもほどがある」
    「大した会話はしていません。とてもじゃないが、俺たちがクーデターを起こすなんて微塵も考えていないですよ。カステラまでくれる始末です」
    「よく言う。俺がいなけりゃお前は今頃すっ裸だ」
    男は副官の青い軍服を見つめた。
    「これで他の連中と区別がつきやすくなっただろう? あいかわらずの短足は隠せないがね」
    「ええ。気に入っています。次長、ありがとうございました」
    「よく似合っているぞ、副官」
    ドラコルルも口を開いた。
    「次長、あまり副官を責めるな。本当に盗聴する価値もない会談だったようだ。給湯室の一件を聞いたか?」
    ドラコルルは、ニヤニヤしながら告げた。
    「補佐官に下着姿を見られたようだ。いやはや、そのときの補佐官の顔を私も見たかった」
    「今だから笑えますけど、あのときは本当に気が気じゃなかったんですよ。大急ぎでエレベーターを降りたら、トイレの個室もいっぱいで……」
    そのとき、副官はあることに気がついた。

    ──エレベーター……?

    「……長官」
    副官が静かに口を開いた。
    「その図面、俺にも見せていただけますか?」
    副官は机上に広げられていた図面を手に取った。
    「どうかしたのか?」
    神妙な面持ちで、食い入るように図面を見つめる副官の姿に、ドラコルルは声をかけた。

    「……ない」

    ぼそりと副官がつぶやいた。
    「……長官。この図面、信用するのはまだ早いと思います」
    「はぁ!?」
    副官の言葉に、男が口を開いた。
    「どこかに間違いがあるとでも? そんなはずはない。電気主任技術者が使う、信頼できる図面だぞ」
    「恐らくはそうです。……"電力の保守点検だけ"ならば全く問題ないのでしょう」
    「どういうことだ?」
    ドラコルルが口を開いた。
    「補佐官と会ったあの日、俺は受付係からスーツを借りて、大急ぎでエレベーターに乗りました。そして応接室がある4階を押したんです」
    副官は続けた。
    「本当に何も考えずに、"上の階"を押しました。でも……」
    副官の言葉に、ドラコルルも目を見開いた。
    「長官も官邸でご覧になったことがあるはずです。……押したことはないでしょうが」
    副官はさらに続けた。

    「あのエレベーターには"地下"へ行くボタンがある。でも、この図面には"地下"がない」











    「くそが……!!」
    官邸の廊下を歩きながら、ドラコルルは舌打ちをした。
    少し考えれば分かることだった。なぜゲンブが、廃坑となった小惑星をいつまでも持ち続けているのか。鉱物資源を採掘し尽くし、しかも発信機の故障で場所も定かでなくなった小衛星など、無価値もいいところだ。そんな負の遺産に税金を払い続けるほどお人好しなのだと、ずっとそう思っていた。金に関して、とことんクリーンな政治家なのだと、世間の評価に自分がのまれてしまっていた。

    ──採掘船はどこだ……!!

    先ほどからドラコルルは、そればかりを考えていた。
    小衛星に取り付けていた発信機が役に立たなくなっても、ゲンブには全く問題なかったのだ。かつてピリカ本土と小衛星を往復していた採掘船には、小衛星の場所を示すデータがまだ残っているのだろう。たとえ無価値と思われようが、負の遺産として相続されようが、しかるべきときのためにゲンブはずっとあの廃坑を持ち続けるつもりだ。

    採掘船は恐らく官邸の地下にある。よくよく調べてみると、かつてあの官邸の基礎工事を担当したのは、ゲンブの親族が経営する会社だった。穴掘りで財を成してきた一族だ。有事の際のシェルターも兼ねているに違いない。

    親族が基礎工事を受注することに便宜を図ったとして、マスコミを使い、ゲンブを窮地に追いやることも考えた。だがピリカにおいて、あの会社がもつ技術に対抗できる企業は他にない。しかも受注額は、ボランティア同然の破格の安さだった。高い技術力を破格の安さで提供した事実は、さらにゲンブの株を上げることになりかねない。調べれば調べるほど、ゲンブの人柄と金への執心の無さが、ドラコルルを苛立たせた。

    ──もし、地下空間が外部へつながっていたら──

    ドラコルルは、さらに苛立ちを募らせた。
    避難ロケットが使えない事態を想定して、あの官邸の下に外へ逃げるための地下通路でもあってみろ、たまったものではない。

    いや、地下通路はなくとも、非常用の自家発電装置を備えていたらどうだ? そうなれば電力制御室への攻撃など、全くの無意味だ。

    いや待て、そもそもエレベーターのボタンはフェイクで、地下空間など本当は存在しないのではないか? 現に今日、自分があのボタンを押してもエレベーターは全く動かなかった。

    いや、あのボタンが特定の階からの直通専用だったならばどうだ? たとえば自分たちが立ち入ることのできない、大統領の私邸部分からならアクセス可能だとか……

    さまざまな可能性が、ぐるぐると頭をめぐる。とにかく今はなんとかして、この官邸の地下に何があるのかを知りたい。ドラコルルはそう思いながら、床をコツコツと鳴らした。
    もし本当に地下空間があるならば、エレベーターが使えない事態を想定して、この床のどこかに、地下空間へ通じる秘密の入り口があるはずだ。極めて地道な作業だが、今はそんなことを言っている暇はない。官邸への訪問を利用して、こうして床を鳴らし、わずかな音の変化を頼りに、地下空間の存在を確かめなければならない。
    しかし、ピシアの長官であっても、官邸を訪れる機会は多くはない。あるとすれば毎月の定例会議か、大統領に呼び出しをくらったときくらいだ。……今日は、そのどちらでもないのだが。

    ──私は保護者か!!

    廊下をコツコツと鳴らしながら、ドラコルルは自分にツッコミを入れた。
    今、自分が官邸にいるのは、忘れた隊服を取りに来た副官に同行したという設定だ。どうしても、官邸を訪れる理由がこれしか思いつかなかった。恥をしのんで受付係に申し出るも、受付係は「面倒見のよろしいことで」と言いながら、笑いをこらえていた。忘れ物を取りに行く部下に上官が付き添うなど、冷酷なピシアの長官にあるまじき行為だ。そう思いながら、ドラコルルが顔をしかめたそのとき。
    「長官」
    副官の声が廊下に響いた。目をやると、副官がピイナと共に、こちらへ歩いてくる様子が見えた。
    「お待たせして申し訳ありません。ついつい補佐官と話し込んでしまって……」
    副官はドラコルルに頭を下げた。副官の右手を見ると、その手のひらは大きく広げられている。

    ──How was it
    ──地下空間への入り口は見つかりましたか?

    副官の暗号に気がついたドラコルルは、右手親指を下へ向けた。

    ──No.
    ──だめだ。見つからん。

    「すみません。私が引き止めてしまったんです。彼とお話ししていると楽しくて……」
    ピイナが、ドラコルルに声をかけた。
    「わざわざお越しいただいたのに、申し訳ありませんでした。すぐにお渡しできればよかったのですが、クリーニングに出してしまったんです。こちらから一言、お声がけするべきでした」
    「いや。俺たちもここに来る前に、電話の一本でもよこすべきでした。クリーニング代はお支払いします。また、来てもいいですか?」
    「ええ、どうぞ。楽しみにしています」
    ピイナは副官に笑顔を向けた。そんなピイナの姿に、ドラコルルは妙な違和感をもった。
    先日のレストランでは、この娘は自分にこんな笑顔を見せなかった。だが今は、副官に目をやりながら、その美しい顔をほころばせている。『副官と話すと楽しい』ということだが、本当にそれだけだろうか? 
    それに、副官の様子も気になる。今日、自分は地下空間を見つけることができなかった。そんな自分を気にかけ、クリーニング代の支払いにかこつけて、再度この官邸に訪れることをピイナに約束させた点はさすがだ。だが、それにしても、副官が妙に嬉しそうなのは気のせいだろうか?
    「私の副官がたいへん失礼をいたしました。クリーニングにまで出していただいたとは恐縮です」
    ドラコルルは、ピイナに顔を向けた。
    「いえ。新しい軍服もよくお似合いですよ」
    ピイナは再度、副官を見ながら微笑んだ。
    「スーツも素敵でしたけれど、今度の青い軍服も、まるであのときのカクテルのようです。あ、そうだ。これ……」
    ピイナは自分のポケットから何かを取り出すと、ドラコルルに見えるように、それを手のひらにのせた。
    「失礼ながら、あの隊服をクリーニングに出す前にポケットを調べてみたんです。……ピシアのものでしょう?」
    ピイナの手にあるものを見た瞬間、副官はギョッと悲鳴をあげた。小さな手のひらには、盗聴器がのせらせている。
    「あ、あの、補佐官。こ、これには深い訳がありまして……」
    「ええ、分かっています。諜報機関らしくていいではありませんか」
    あわあわと慌ててピイナに弁解しようとする副官をよそに、ピイナはにこやかに答えた。
    「盗聴器でしょう? 電源が入っていたらびっくりしますけど、切られていて安心しました。私との会話がお目当てではなかったのですね」
    ピイナの言葉に、副官はポカンと口を開けた。
    「あまりにも補佐官として、情けない相談をしてしまったので、お聞きになられていたらと思うと恥ずかしくて……。でも、安心しました。盗聴器というのは、どんなときにお使いになるのですか?」
    ドラコルルに盗聴器を手渡しながら、ピイナは尋ねた。ドラコルルは神妙な面持ちで、ピイナを見つめている。

    「……そうですな……」

    ドラコルルが口を開いた。
    「……たとえば、他国の要人が宿泊するホテルに、盗聴器を設置することはあります。友好を気取っていても、裏では何を考えているか分かりませんから。怪しい動きや会話があれば、すぐに将軍や大統領にお知らせするというわけです」
    「なるほど……」
    ピイナは目を瞬かせた。
    「本当にピリカのことを考えてくださっているのですね。頭が下がります」
    「いえ。ところでピイナ補佐官」
    ドラコルルは、廊下の先のエレベーターを指差した。
    「あそこのエレベーターなんですが、地下へ行くボタンがありますね? 興味本意でお聞きしたいのだが、この官邸の地下はどうなっているのです?」
    「え?」
    ピイナもエレベーターを見つめた。
    「押したのですか? あのボタンを」
    「ええ。本当に興味本意です。いくら押しても反応がないもので、ついつい気になってしまいましてね」
    「当たり前ですよ。あれは、私邸部分からの直通専用なんです」
    ピイナはドラコルルに視線を戻した。
    「この官邸の地下は、非常時に大統領やその親族が逃げ込めるよう、シェルターになっているんです。数日分の水や食料も、備蓄品として準備されているのですよ」
    「ほう。それは心強いですな。では、自家発電装置もあったりするのですか?」
    「ええ。ですが、そんな大規模なものではありません。一階の電力制御室が機能しなくなったときのみ作動する、応急処置的なものです。あの電力では、シェルターへ避難するためのエレベーターしか動かすことはできません」
    「ですが、そのエレベーターが壊れてしまっていたらどうするのです? 電力があっても、動力部分が壊れていてはどうしようもないでしょう?」
    「そういう事態を想定して、あのエレベーターは天井と床が開くようになっています。完全に動かなくなっても、そこを通り抜けてエレベーター内部の縦穴を下れば、地下へ辿り着けるのですよ」
    「……なるほど」
    ドラコルルは、ニヤリと笑った。
    「いや、実によいお話を聞くことができました。備えあれば憂いなし。非常時も安心ですな」
    「非常事態なんて、あってほしくはありませんけどね。……ドラコルル長官」
    ピイナはしばらく間を置くと、ドラコルルを静かに見つめて告げた。

    「信じています。もし私やパピに何かあったら、そのときはよろしくお願いします」














    夕方、本部への道を歩きながら、ドラコルルはほくそ笑んだ。

    ──まさか、あそこまでベラベラと喋るとは……

    煩わしい手間が省けたというものだ。
    ピイナの話を要約すると、あの官邸の地下には、大統領の私邸からしかアクセスできないシェルターがある。小規模な自家発電装置を備え、非常時にはエレベーターを動かすことしかできない。エレベーターが壊れていれば、エレベーター内部の空間が地下シェルターへの抜け道となる。

    ──いくら賢かろうが、所詮は子ども。あんな連中に国を任せていては、先が思いやられるというものだ。

    「長官」
    自身を呼ぶ声に、ドラコルルは顔を上げた。
    「盗聴器の件は、本当に申し訳ありませんでした。その……、電源を入れていたら、どうなっていたことやら……」
    「心配するな、副官。見るに、彼女はかなりお前を信頼しているようだ。あんな笑顔を見れるとは思わなかった」
    「へへ。可愛いですよね」
    にへらと笑う副官に、ピクリとドラコルルの口元が揺れた。官邸で、ピイナと話す副官に感じた違和感の正体はこれだ。
    「副官」
    ドラコルルが副官に声をかけた。
    「お前、まさかとは思うが、ピイナに情が移ったのではあるまいな?」
    「ッな……!?」
    ドラコルルの言葉に、副官は慌てて立ち止まった。触角はぴくぴくと揺れている。
    「とんでもない! いくら俺でも、あんなガキに恋をするなんてありえないですよ!! ただちょっと妹みたいな感じで、可愛いな〜と思ったくらいで!!」
    「それならば良い。どちらにしろ、3日後にはその可愛いピイナの笑顔も見れなくなる」
    ドラコルルが告げた。
    「今日のピイナの話で、官邸の構造は全て把握できた。当初の予定通り、まずは一階の電力制御室を狙う。突入後は、エレベーターと出入り口の封鎖だ。パピとピイナの逃げ道を完全にふさぐ」
    「み、3日後ですか!?」
    副官が口を開いた。
    「少し早急すぎやしませんかね? ……その、俺、まだ隊服を補佐官から受け取っていないので……」
    「あんな隊服、もう着ることもないだろう? それとも何か? 最後にピイナと話したいとでも?」
    「ち、違います! ……わ、分かりました。3日後に決行!! 部下たちにも伝えますね!」
    冷や汗を流しながら、自身の命令に従う副官を見つめながら、ドラコルルは先ほどピイナが言っていた言葉を思い出した。


    『ドラコルル長官。信じています』


    ──信じているだと? なぜあのタイミングでそんな言葉を?

    ピイナの言葉に違和感を抱きながら、ドラコルルは本部への道を急いだ。



    つづく
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