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    副官とピイナ補佐官の小説②

    ・前作のつづき
    ・副官はピシアNo.2ではない

    影になり日向になり -第二章-「よう。治安大臣の反応はどうだった?」
    レストランの一件から数日後、副官の姿はピシアの本部にあった。本部といっても、今はまだ専用の建物があるわけではない。正式にピシアが組織として承認されるまでは、軍の敷地内の諜報室が仮住まいだ。
    「長官の話では、ずいぶんとご立腹だったそうだが。惜しいな。俺も見たかった」
    男はそう言うと、副官の肩を叩いた。副官は男の声に立ち止まると、サッと男に向き直った。
    「おはようございます、次長。先日はご演技、お見事でした」
    副官は男に頭を下げた。
    「完全に店の人間でしたよ。グラスをテーブルに置く所作も実に綺麗でした」
    「あれだけの動作でも、丸一日練習したんだ。しかし、人間ってのは本当に信用ならないねぇ」
    男が口を開いた。
    「あんな格式高い店でも、都心の一等地に店を持たせてやると言えば、簡単に協力しやがる。俺だったら絶対に行かないね」
    「店の移転と引き換えに、接客で知り得た個人情報を全て我々に提供するなんて、とんでもない店ですよ」
    「これでまた情報源が増えた。お偉方をゆする材料も裏取りもばっちりだ。金は溜まっていく一方だな」
    男はそう言うと、副官の隊服に目をやった。
    「やっぱりお前は、そっちの方が似合ってる。この前のスーツ姿はコントかと思ったぞ。胸はパツパツ、ウエストはダボダボ。マッチョにスーツは似合わない」
    「……自覚していますよ。既製品だと、どうしてもああなってしまうんです」
    「全く、何でお前がドラコルル長官の副官なんだか」
    男は意地の悪い笑みを副官に向けた。
    「副官職は長官のサポート役だ。一緒に行動することも多い。見てくれのいいドラコルル長官と比べられて、みじめになったりしないのか?」
    「俺はそこは気にしません。仕事でヘマをして、長官の足手まといになる方がずっと嫌です」
    「ふん。すっかり落ち着きやがって、面白くないね」
    にへらと笑う副官に、男は口を尖らせた。
    「そんな落ち着いた副官殿に朗報だ。ピシアの設立にあたって、お前の隊服も新しくなる。明日には支給されるさ。もう、そのダサい腕章もつけなくていい」
    男はそう言うと、副官の右腕につけられた腕章を指差した。
    「困っていただろう? 他の連中と同じ緑の隊服だと、なかなか副官だと気付いてもらえない。そんな腕章、誰も見ていないってことさ。俺が長官に進言してやったぞ」
    「それは……、ありがとうございます。新しい隊服は、長官や次長と同じタイプのものですか?」
    「とんでもない。所詮、お前は副官だ。機能性重視の、実戦に特化したタイプさ。俺らと一緒にするなよ」
    「はは……。そうですよね……」
    副官は力無く笑った。
    慣れてはいるが、この男のいちいち癪に障る言い方が苦手だった。ピシアのNo.2として選ばれたこの男は、ドラコルルと付き合いの長い自分のことを、なぜか良く思っていないらしい。仕事の不手際を指摘されるだけならともかく、厄介なのは、自身の容姿にまで言及してくることだった。短足だの、鼻が低いだの、努力でどうしようもないことを事あるごとに罵られ、何度も心を抉られてきた。はじめこそは言い返していたが、そんな自分の反応まで面白がる始末で、いつの間にか、相手にしないことで自分の心を守るようになっていた。次長という高い地位を得ているため、表向きは部下として従順に振る舞ってはいる。しかし、自分がドラコルルに抱くような信頼や尊敬の念を、この男にはどうしても感じることができなかった。現に今も、『早くよそへ行ってくれ』と、そればかり副官は考えていた。
    「お前、今日の予定は? またドラコルル長官と一緒なのか?」
    男が口を開いた。
    「いえ。今日は午後に官邸に呼ばれていて、そちらに行く予定です。なぜか長官ではなく、俺が呼ばれたんですよ。例の新人補佐官に」
    「あの小娘が? お前、何かしたのか?」
    「何もしてませんよ。だから長官も不審がって、こうして……」
    副官は、ポケットから盗聴器を取り出した。
    「会話を全て録音してこいと言われました。計画の実行に向けて、何かしら役に立つ情報が出てくるかもしれません」
    「いっそのこと、落としちまえよ。ま、お前の顔じゃあ無理か」
    そう言い、男は笑った。






    「……へ!?」
    官邸のエントランスに立ち尽くしながら、副官はポカンと口を開けた。
    「ですから、その格好ではお通しすることはできません。補佐官とて、スーツでいらしているのです。場をわきまえてください」
    受付係の男は、語気を強めた。
    「いや、前に来たときはこの服で通してもらいましたよ!? なんで今日はダメなんですか!」
    「それはドラコルル室長とご一緒だったからです。今回はあなたお一人でしょう? そんな戦闘服で補佐官と会談だなんて、有事でもないのに失礼です」
    毅然と答える男に、副官はたじろいだ。腕時計を見ると、ピイナが指定した時間まで10分をきっている。今、本部に戻って着替え、またここに帰ってきたとしても、大幅な遅刻になる。副官が遅刻するなど、長官であるドラコルルの面目まで丸潰れだ。
    青ざめた顔で、どうすることもできずに立ち尽くす副官を見かねて、受付の男はため息をついた。
    「……これを」
    受付の男は副官に何かを手渡した。
    「大統領のご厚意です。あなたのような方が来られたら、手渡すように言われています。クリーニングして返してください」
    見ると、男の手には黒のスーツとワイシャツが握られている。

    ──助かった! ありがとうパピ大統領!!

    副官はスーツを受け取ると、急いでエレベーターへ向かった。



    チンという音とともに、目的の階に到着した副官は、急ぎ足で廊下を歩きながら、着替える場所を探していた。

    ──くそッ! トイレの個室もいっぱいだ。なんでこんなときにッ……

    苛立ちながら、しばらく廊下を歩いていると『給湯室』と書かれたプレートが見えた。ドアを開け、中の様子を伺うと、二畳ほどのキッチンには幸いにして人はいない。副官は中に入り、扉を閉めると大急ぎで隊服を脱ぎ始めた。

    ──よかった! あと5分遅れていたら遅刻だった

    そう思いながら、ズボンを脱いだそのとき。

    _ガチャリ

    ふいに扉が開く音がした。見ると、給湯室の入り口にはピイナ補佐官が立っている。

    「……」
    「……」

    ピイナと副官の目が、がっちりとかち合った。

    「……きゃぁぁぁッ!?」
    「……うわぁぁぁっ!?」

    2人の悲鳴が、給湯室の中に響き渡った。

    ──まずい! 俺、今パンツ一丁……

    副官は焦った。
    この状況は非常にまずい。女の、それも未成年の新人補佐官に裸を見られてしまったのだ。しかもここは更衣室でもなんでもない、ただの給湯室だ。補佐官からしたら、ドアを開けたらいきなり裸の男が現れて、驚くのも当然だ。下手をしたらセクハラで訴えられるかもしれない。……いや待て、パンツは履いている。大事なところは隠している。それを証明しさえすれば。
    「ほ、補佐官! だ、大丈夫ですよ。ほら……」
    副官は自身のパンツを指差した。
    「安心してください。履いてますよ」
    「いや! 履いててもいや!!」
    ピイナは大きな音を立てて扉を閉めると、悲鳴をあげて去っていった。




    「……」
    気まずい雰囲気の中、副官は目の前のソファに目をやった。ソファには小さな体の補佐官がちょこんと座り、顔を赤くしながら視線を下に向けている。失礼がないよう、隊服からスーツに着替えたとはいえ、給湯室であんな一件があっては、とてもではないが目を見て話すことなどできない。もう15分以上、お互い黙ったまま、こうして応接室で向き合っている。
    「あー……。ピイナ補佐官?」
    あまりにも辛い沈黙に耐えかね、副官は口を開いた。相手はまだ仕事に就いたばかりの新人補佐官だ。ここは大人の男として、フォローするしかあるまい。
    「先ほどは申し訳ありませんでした。いきなり裸の男が現れりゃ、そりゃびっくりしますよね」
    「いえ……」
    ピイナもゆっくりと口を開いた。
    「私も突然のことで、取り乱してしまってごめんなさい。受付からも連絡は来ていたんです。スーツに着替えている途中だったのですね」
    「いや。まさか給湯室で誰かが着替えてるなんて、普通は思わないですよ。100パーセント、俺が悪い。本当に申し訳ない」
    「いえ……。次からはスーツでなくて、もっと気楽な服装でお越しいただいてかまいませんから。よかったら、これ……」
    ピイナはソファテーブルに置かれていた菓子を、副官に差し出した。
    「今日はいきなり呼びだされて驚かれたでしょう? 大した用事ではないの。ただ、先日のあなたの態度がとても素晴らしくて治安大臣も誉めていたから、少し勉強させてもらおうと思って……」
    「先日?」
    副官は、ピイナの言葉を繰り返した。
    「少し前にレストランでお会いしたでしょう? ドラコルル室長が、治安大臣をひどく怒らせたあの日よ」
    「……ああ」
    副官はようやく合点がいった。上に向けていた目線をピイナに戻す。
    「とても失礼なことをしたとは思いますよ。でも、そんな失礼なことをした人間の部下を、なんでまた呼び寄せたんです?」
    「さっきも言ったでしょう? あなたの態度が素晴らしかったって」
    ピイナは副官を見つめた。
    「ドラコルル室長と治安大臣がしゃべっている間、あなたはずっと扉のそばに立っていて、その存在を消していた。私ときたら……」
    ピイナは目を伏せた。
    「ずっとそわそわしていて、落ち着きがなかったわ。2人とも口には出さなかったけれど、少なからず気になったと思うの。こんなじゃ、とてもじゃないけど大統領補佐官なんて務まらないわ。パピにはこれからも、たくさんの会談が予定されているのに」
    ピイナはさらに下を向いた。
    「会談のたびに、パピや相手の言葉で私がそわそわしていてはダメだと思うの。どうしたら、あなたのように振る舞えるのか。それを教えてほしくて、今日はあなたを呼んだのよ」
    ピイナはそこまで話すと、青く澄んだ目を副官に向けた。


    ──この娘、正気なのか?

    ピイナの瞳を見た瞬間、副官は内心、ひどく居心地の悪さを感じた。
    仮にも自分は、悪魔と呼ばれるドラコルル長官の副官だ。現にこの娘は、先日のドラコルルとゲンブのやり取りを目の前で見ており、ドラコルルの底意地の悪さをはっきりと感じたはずだ。そんな悪魔のような男の、最も近くにいる人間に教えを乞うなど、にわかには信じることができなかった。

    ──若さとは恐ろしい……

    副官の心に、わずかな恐怖が芽生えた。
    こんな純粋な心の持ち主を相手に、自分たちはクーデターを企て、政権を奪おうとしているのだ。ピイナの持つ、若さゆえの純粋さが、自身の心に若干の迷いを生じさせていることを副官は感じ取った。邪念を振り払うかのように首をふり、平静を装いながら口を開く。
    「そうでしたか。補佐官に褒めていただけるとは光栄です」
    努めて冷静な口調で、副官はピイナに向き直った。
    「でも、存在を消すことは、上官にとって良い面もありますが、悪い面もあるんです。とくにパピ大統領はまだ子どもなので、全面的に補佐官の存在を出された方がよいと思いますよ」
    「え? それはどういうこと?」
    ピイナの問いに、副官は笑顔で答えた。
    「和やかな会談なら、まだいい。でも相手と主義・主張が違って、喧嘩になりかねない会談だったらどうします?」
    副官は続けた。
    「上官が一人でそれに立ち向かうのは孤独です。いくら強い言葉で、相手を打ち負かそうとしてもね。だから、我々がサポートする必要がある」
    副官はさらに続けた。
    「"自分はあなたの味方ですよ"。それを上官に伝えるんです。アドバイスじゃなく、味方がここにいるという安心感だけでいい。俺がよく使うのは暗号です」
    副官はそう言うと、ソファテーブルの上に指をのせた。
    「俺も諜報部の一員なので、フェイクをまぜてお教えします。例えば……」
    副官は指で一回、テーブルをはじいた。
    「今のは"Nice"。『その言い方いいですね』という意味です」
    副官はさらに指を増やすと、今度はテーブルを二回はじいた。
    「これは"Bad"。『その言い方じゃあ相手は納得しませんよ』という意味です。そして最後に……」
    副官はひじを太ももの上にのせ、頬杖をつくポーズを見せた。
    「これは、『そろそろトイレ休憩にしませんか?』」
    「……ぶっ!!」
    副官の言葉に、ピイナは思わず吹き出してしまった。口に手をあて、クスクスと笑うピイナを見ながら、副官も微笑んだ。
    「暗号って面白いでしょう? 今のは全てフェイクですが、俺は上官に合わせて、いくつもレパートリーを持っています。補佐官もパピ大統領と何か決めてはどうですか?」
    「ええ、ありがとう。目からウロコの話だわ。とても面白かった」
    「大事なのは上官が何を求めているのか、見抜くことです。手助けが必要なさそうならば、空気になればいい。でも、孤独を感じているようなら、全力で味方になる。俺はいつもそうしています」
    「あなたの上官は幸せね」
    ピイナは青い瞳を副官に向けた。
    「今日の午前、ピシアが正式に承認されたわ。夕方の会見で、組織の概要は伝える予定よ。ドラコルル室長……いえ、ドラコルル長官のお名前もそのときにお出しするわ」
    「承知しました。俺の方からも長官に伝えておきます」
    「ありがとう。あの、あなたは……?」
    ピイナは副官を見つめた。
    「俺はドラコルル長官の副官です。副官と呼んでもらえれば、それでいい」
    「そう……。副官、今日はありがとう。その……、給湯室では本当にごめんなさい」
    ピイナは副官に頭を下げた。
    「あなたにお茶を淹れようと思ったの。でも結局、何もお出しすることができなかった。よかったらこれ、ドラコルル長官と食べてください」
    ピイナはそう言うと、ソファテーブルに置かれたままになっていた菓子を、副官に手渡した。
    「初めてドラコルル長官にお会いしたとき、私もよい感情を持つことはできなかった。でも、あなたの上官だもの。きっと分かり合えるわ」
    ピイナは副官に微笑んだ。







    官邸からの帰り道、副官はピイナから渡された菓子の箱を見つめた。 
    「カステラか。長官の好きなもの、よく分かって……お?」
    カステラの箱を傾けたそのとき、小さな紙がはらりと落ちた。おそらく包装用紙の隙間に挟まっていたものだ。足元に落ちた紙を拾い上げ目をやると、小さな文字でこう書かれていた。


    ドラコルル長官へ
    先日はカクテルをありがとうございました


    「いい子だな……」
    紙を見ながら、副官はつぶやいた。
    諜報部に身を置いているせいか、他人の行動の裏を読んでしまう癖がいつの間にかついていた。しかし、今日のピイナとの会談では全くそれを感じず、むしろ心地よさまで感じてしまった。
    「へ、のん気なもんだ。盗聴されてるとも知らずに……」
    副官はポケットに手をやった。が、そのとき副官はようやく気がついた。

    ──盗聴器がない! そうだ、俺、給湯室で着替えて……

    とんだ失態だった。隊服のポケットに盗聴器を入れたまま、スーツに装いを変えたため、すっかり忘れていた。しかも間抜けなことに、その隊服自体を今度は応接室に忘れてきてしまったのだ。今の自分は、完全にサラリーマンの格好だ。
    「あー……。やっちまった……」
    副官はしょんぼりと肩を落とした。
    幸い、明日からは新しい隊服が支給されると次長は言っていた。他の隊員とほとんど区別がつかない緑の隊服に未練はないが、それでも自分のおっちょこちょいぶりに嫌気がさす。
    「まぁ、また取りに行けばいいか……」
    わざわざ官邸へ戻る気力も起きず、副官はぼんやりとその場に立ち尽くした。
    ピシアが公認の組織となった以上、ドラコルルに付き従って、今まで以上に官邸を訪れることも増えるはずだ。ピイナ補佐官と顔を合わせる機会もあるだろう。そのときに謝って返してもらえばよい。

    『あなたの上官は幸せね』

    先ほどピイナが言っていた言葉を、副官は思い出した。

    ──ドラコルル長官が幸せか。こんなおっちょこちょいな副官なのに。

    あの娘は優しすぎる。ドラコルルは叱責するだろうが、ピイナはきっと笑いながら隊服を返してくれるだろう。
    ピイナの笑顔を思い浮かべながら、副官は本部への道をゆっくりと歩き始めた。




    つづく
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