病めるときも健やかなるときも……なんちゃって!寮を出たときにはまだ東にいた日が、いつの間にか傾いていた。空は青とオレンジの混ざりきらないなんとも言えない幻想的な色に変わっている。
サクサクと子気味良い砂浜特有の音を耳にしながら、上機嫌の先輩の隣を歩く。
「ね、今日のカフェ、当たりじゃなかった?
パイ、見た目からして サックサクそうだったじゃん?」
先ほど食べたチェリーパイはアイスが乗っていたにもかかわらず、先輩の言うようにサクサクだった。
「すっげー美味かったよ
チェリーたっぷりだったし。
さすが先輩がリサーチしてくれた店だなって思った。」
マジカルシフト大会の一件の時もそうだったが、本当にこの人の情報収集能力はすごいと思う。
情報というものは生きていく上でかなり重要な役割を担う。純粋にすごいよなと尊敬する。
悔しいから口に出して伝えなんてしないけど。伝えなくても伝わってしまっている気もするし。
「よかったぁ、 マジカメのいいねもいい感じだし♪
ありがとね、エースちゃん」
慣れた手つきでスマホをポケットにしまい込んだ先輩にお礼を告げられた。
何に対してのお礼? パイはご馳走になったわけだし、一応恋人関係なわけだし。
「別にー?
オレは美味しい思いできたし、そもそもデートなんだから"ありがと"とか変じゃね?」
ふと隣を歩いていたはずの先輩が視線から消えた。
「? 先輩?」
振り返ると俯き気味に立ち止まっている。何か落し物でもしたのだろうか。
「どうしたの?」
両の手が彼の手に捕まった。
それはまるで 『これから大切な話をするからよく聞いてね』と母親から幼少期に諭されたときにそっくりで。とても優しく。しかし、逃がしてはくれないようなそんな強さで。
何事かと視線を上げたら、いつも愛想を振りまいているのとは、幾分と違う。
エースの心の臓を射抜くかのように真っ直ぐと熱のこもったリーフグリーンがこちらを向いていた。
「…エースちゃん、ずっと隣にいて欲しい」
先ほどまでの楽しそうなものとは違う、いくらか下がったトーン。真剣そのものという声。
「……は 急に何?」
「オレが卒業しても一緒にいて
今日みたいにオレの前で笑って欲しい…」
手に力が込められる。力を込めた手を見つめている先輩の表情はオレには見えない。
「あのさ、
オレずっと言ってんじゃん」
捕まった状態の手を指と指とを絡めるように握り直す。
転校を繰り返し、別れを幾度となく繰り返してきたケイト先輩。その胸の痛みは完全には理解なんて出来ないけれど。
「けーくんから離れてなんてやらないって」
自分の言葉に恥ずかしさが込み上げてくる。
「早く顔上げなよ
帰ろ?遅くなったら首はねられるって」
繋いだ右手を離し、先程まで向いていた帰路方向に向かおうと右足で砂を蹴る。
まだここにいよう、踵を返すことなど許さないと咎めるように繋いだままの手が引かれた。
「…エース、愛してる」
最中を彷彿とさせるような、その呼び方で左の手の甲にキスするのはズルい。そんなのまるで永遠を誓うような…
「ん!?
恥ずかしいって!ばか!!」
「ごめんごめん」
謝罪を口にしながら先輩はオレのことを優しく包み込む。
ぽかぽかと可愛らしい音がつきそうな強さで先輩の胸元を叩く。愛してるのはオレもだってば、ばーか。
「でも、本気だから」
その言葉を聞き、叩いていた手を止める。先輩の着ているシャツの胸元を掴み引き寄せ、垂れた両目を見開いている先輩の少し開いた薄い唇。そこに噛み付くようなキスをひとつ。
「望むところじゃん」
嫌いだとか別れるだとか言われても絶対に手放してなんてやらないから。
覚悟してろよ、けーくん!