始まる前の、 彼がなぜ、その素顔を隠そうとしているのか、俺は何も知らない。
色のついたゴーグル、その顔のほとんどを覆ってしまっているマスク、それさえあれば「オクタン」であると分かる。彼のアイコニックであり、オクタビオ・シルバを隠す仮面。マスクは食事やドリンクを飲む時に外しているが、ゴーグルを外すことは少ない。外したとしても、同じカラーのサングラスに替えてしまうだけだ。そのため素顔を見たことのある人は、レジェンドの中ですら僅かだ。その下にある瞳は澄んだエメラルドグリーンで、思いのほか穏やかな様相だと聞いた。普段の彼からは想像がつかないほどに。
ある時、同じ部隊で出撃したゲームで、彼が頭部に被弾した。そのようなことはもちろんよくあることだが、今回、その銃弾は見事に彼のゴーグルを破壊し、その双眸を顕にした。被弾の衝撃などもあっただろうが、彼は顔を手のひらで覆い、なかなか周りを見られない様子だった。
「しっかりしろ、」
ダウンした彼を蘇生しながら、俺は無意識にその瞳を探した。
「悪ィな、サンキュー」
軽く応える声色とは裏腹に、彼は頭を振って視点が定まらないようなおぼつかない視線を遠くに送った。横から盗み見るその色は鮮やかで、だがそれを周りから侵食するように瞼は疲労感に包まれ、おちくぼんだ眼窩と目の下の隈がこと更に強調されている。
「あーあ、壊れちまった」
彼の言葉に我に返り、慌てて視線を逸らす。
「……なンだよ、そんなにひでぇ面してたか?」
凝視していたことがバレてしまったが、気まずい気持ちよりも好奇心が勝つ。もう一度他所に視線を移してから、また彼の目を見た。
「笑えてない? なんか上手くいかねぇんだよな」
はは、と乾いた笑い声を漏らすが、確かにその瞳は声に乗らず、静かに光を返すだけだ。
「最近とくに嫌なんだ、これ、見られンの」
困った、というように俯き、片手で顔を撫ぜ、紙をくしゃくしゃに丸めるようにその皮膚を擦る。そのまま頭を抱え、こちらを見ることはない。
「黙っといてくれよ、頼む。……つーか、いつまで見てンだよ、やめろ」
彼に言葉で言われるほど、俺はその花眸に見入っていた。粗雑な彼によほど似つかわしくないその瞳の美しさに。そしてその瞳が帯びている愁いに。深い瞳孔の奥にある秘密を、暴いてしまいたいと思うほどに。