ケーキバース丹星 獣のような荒い呼吸が聞こえる。目の前にいる青年──丹恒は星がその姿を驚いたように見ていることに気づくと普段は見せない乱暴な仕草で肩を強く押した。
「でていってくれ」
震える声の懇願だと星は理解したが、動かない。呼吸をするたびに丹恒の表情は険しくなり、ずるりと崩れ落ちると大きく口を開け自分の腕へと噛みついた。ぼた、と血が流れても気にせずにただ星がいなくなる時間を稼ぐ為にされて行為。……星は己が『ケーキ』と呼ばれる存在で、丹恒が『フォーク』なのだと知ったのはつい最近のことだった。降り立った惑星で変な絡まれ方をする、とは思っていたものの振り返ればいつでも丹恒がそれから庇ってくれていた気がする。遠ざけられ、ひた隠しにされていたものがこうして明らかにされたのは丹恒が列車の中で星をあからさまに拒絶するようになったからだ。アーカイブを見る為に資料室へ入る事も拒まれ、食事すら共にすることがなくなった。それがおかしいと当然気づいた星は最初はなのかに、次はパムに、そうして最後姫子とヴェルトに一つずつ答えをもらって、辿り着いた。
星核を宿すこととなったよくわからない存在である自分にもそんなものが割り当てられるのだと不思議な気持ちになりながら星は丹恒と視線を合わせる為に膝を折る。逃げない星に丹恒の表情は絶望したようなものに変わって、腕から外れ血のついた唇がはくはく言葉なく動いた。
丹恒という理性がフォークの本能と戦っている。本当に自分を丸ごと食べ切ってしまうかもしれない存在なのだと思いながらも星はその唇へ自ら指を差し出し、薄く開いたものへ押し込んだ。反射で食いちぎろうとした丹恒の歯が指へ食い込むが少しずつ緩み、そしてぬるりと熱いほどの舌先がその表面を撫でる。
「私、何味?」
ケーキという存在は個体毎に味が異なるらしく話を聞いてからずっと気になっていた質問を投げると丹恒は星の指を引き抜き、血を上らせた顔で怒りを叫ぼうとしてそれを飲み込み顔を覆って俯いた。
「……しらない、なる前にあじわったことがない」
「そうなの。残念」
丹恒の唾液に濡れた指へ口付けるが当然星は自分の甘さなどわからない。
「どうしてこんな馬鹿なことを」
「丹恒もどうしてこんな風になるまで黙ってたの」
普段はあまりまじまじと見る事のないつむじを見ながら星がそう返すと丹恒はそのまま言葉を無くして黙ったままだ。もちろん丹恒が過去から逃げ出すのに星穹列車という存在ほど適したものはない。けれど、最悪降りる事も出来る立場だ。丹恒という男は、いつだって冷静に物事を考え、最善を選ぼうとする。けれど、何も言わずに『ケーキ』の星を『フォーク』の悪意から守り切りこうして限界になっても本能を抑え込もうとしていた。
「丹恒」
ちいさくなっている男の体を包み込む。
「たぶんもうおんなじ気持ちで、運命共同体だよ私たち」
いつか、なら丹恒に全部をあげても良い。けれど辿り着きたいエンディングまでまだまだ先だ。
砂を喰むような味覚を満たす為食べるのは簡単だ。けれどその眩さが目の前から消えて欲しくない。
「一緒に生きよ。大変なのは丹恒だろうけど」
ね、と言うと星の腕から逃げ出すように丹恒の体が起き上がる。まだケーキの誘惑に蕩ける瞳。それでも、間違いなく『丹恒』は勝っていた。だから褒美のように星はちぅ、とその薄い唇に自分のものを重ねて……また距離を取るように肩を強く押されたのだった。