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    花太郎

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    花太郎

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    人の『好きな人』が見えるようになってしまった侑が、北さんから自分に向けられる好意を知ってしまう話その1。侑北です。
    ※この続きに治角名要素あります!

    #侑北
    urgeNorth

    神様が微笑んだ 銀に可愛い彼女が出来た。
     背がちっちゃくて、ふわふわしてて、可愛らしい感じの女子だった。俺やサムの元カノにはいないタイプやなと思ったし、俺も俺でふわ甘女子は好みじゃない。だったらどういう女が好みかと聞かれたら、それはそれで分からない。
     銀に彼女が出来た日、俺は付き合っていた彼女に振られた。振られたなんて腹が立つので、振られてやったことにしておきたい。あの喧しブタ、「バレーばっかでつまらへん」「やのに初戦で負けたんやろ?」なんてほざきやがったのだから。あんな女のどこが良くて付き合っていたのだろう。過去の自分に問いたい。乳はデカいけど腹も出とったし、ほんまもんの喧しブタやん、と心の中で愚痴を吐く。
     けれども、イライラしてしょうがなかった気持ちは、銀の穏やかな表情を見ていたら不思議と落ち着いていった。なんや、自分もそこまで好きやなかったんやな、と悟りはじめるくらいには。
     銀の表情は俺がこれまでしたことあらへんな、と思えるほどに柔らかくてあたたかくて、見ているこっちが照れてしまいそうなほどに光に満ちていた。どうやらこの友人は、ほんまもんの恋を知ってしまったらしい。付き合った人数なら自分の方が余裕で勝るものの、その領域にはいまだ近づけていない。近づきたい、とは思わなかった。恋愛なんて二の次で、バレーボールがあればそれでじゅうぶんだからだ。

     その日は体育館の点検日とやらで、久々に部活が休みだった。いつの間にやら訪れていた放課後の時間。サムと角名と銀との四人で、冬季限定のフラペチーノとやらを飲みに出かけたけれど、生憎の『社員研修のため店休日』と書かれた看板にがっかりし、どうする? なんて言い合っていたところに銀の提案が降ってきた。
     「あんな、俺、縁結びの神社に行ったら叶ってん」なんてロマンチックなことを言い出すもんだから、ハァ!? と心の声は大きな声となって現れて空中を彷徨った。
    「これでも侑のこと慰めようとしてくれてるんだよ」
     角名の言葉を聞いて少し反省して、銀を見るとピンクのオーラがふよふよと漂っていて。初めての彼女やもん、仕方あらへんな銀は、と思うことにした。同時に、あれ、俺もしかして今日振られたこと、意外と気にしとる? と、一瞬きゅうっと胸が痛んだけれど、喧しブタの顔を思い出したら苛立ちの方が大きかった。うん、やっぱそんなに好きじゃなかった。多分。
    「侑の次の恋のために、みんなでそこ行ってみぃへん?」
    「これから行くの?」
    「おん」
     銀の提案に、治と角名はオッケーと頷く。みんなに慰められている気がして少し苛ついたけれど、自分を想ってくれているんだと思うようにした。いや、思えるようになった。こんな風に考え方を改められるようになったのは、つい最近のことだ。たぶん、自分が次期主将になったあの日から。

     数日前、春高で烏野に負けて帰った翌日に、俺は主将に任命された。北さんから渡されたバトンに重みを感じつつも、嬉しさのようなものも込み上げてきた。キャプテンナンバーのついたゼッケンは、手に取ると重くて沈み込むようだった。同時にかけられた元主将からの言葉は『任せたで』のひと言で。それでもその人の瞳に宿った光が、俺なら大丈夫、とやさしく伝えてくれているようだった。
     北さんのようにちゃんとやらなアカン。不思議とそう身構えた自分は、以前よりも身勝手じゃなくなった気がしている。いや、意識してそうしている。簡単には変えられないのが難しいところで、今俺は初めての主将業務に苦戦している真っ最中だ。北さんが模範であり、目標。そう思っているからこそ、今は背筋に棒が一本入ったような緊張感に包まれている。いつまで続くか分からないけれど。
     春高から帰ってからはもう北さんの痕跡を追うのにいっぱいいっぱいで、彼女のことなんて放ったらかしだった。当の本人は受験勉強が忙しいらしく、引き継ぎもまだろくに出来ていない。北さんが部内にいないからこそ、その背中を追いかけることに更に夢中になっている。
     そんなことをぼんやりと考えていたら、角名に「侑、落ち込んでる?」と聞かれる始末。「んなことあらへん! あんな喧しブタ!」
    「ツム、乳デカイ女最高や言うてたよな」
    「幻聴やそれ!」
     大きく叫んだ俺の声は、冬の空に吸い込まれて儚く消えていった。

     銀の言う神社は、フラペチーノの店からバスで五停ほど進んだところにあった。参道は急勾配の坂道になっており、顔を上げれば一月の薄い青空がちらりと見える。時折冷たい向かい風が顔を覆っては、行く手を阻んでいるように感じた。まるでお前には恋愛なんて無理やで、と言われているみたいだ。
     参道は結構な急坂だけれど、現役バレーボール部員には何てことはない。ひょい、ひょい、と階段を駆け上がっていくうちに、さっきまでの青空が次第に曇りはじめているのを感じた。今にも雨が降りそうなぬるい風と湿度に眩暈がする。この場所に歓迎されていないのかもしれない。まあ、俺は神様なんて信じてへんのやけど。それでもまあ、来たからにはお賽銭を投げ入れて、パンパンと手を合わせる。
     恋愛のことなんてよう分からへん。俺にはバレーボールがあればそれでいいから、恋愛なんてする必要もない。バレーボールと恋愛は結びついていないし。けれども好きな人が出来てからの銀は、練習にいっそう力が入っているようだった。そういうWin-Winの関係になれるのならば、恋愛も捨てたもんじゃないのかもしれない。まあ、俺には無理やけど。
     それでも、そのうち。俺のこと本気で好きになってくれる人と巡り会えるんかな。そんで俺も、誰かのことを本気で好きになれたり、一生懸命になったりすんのかな。そういう奇跡があるのなら、見てみたい気もするな。
     神様なんて信じないけれど。
     丁寧に二礼ニ拍手一礼を済ませて、参道の脇にそれる。正しい参拝方法を教えてくれたのは、北さんだった。部のみんなで初詣に来た時のことだ。あの人は色んなことを知っていて、色んな知識を教えてくれる。そうして俺のバレーボールの世界を広げてくれた。
     なんや俺、さっきから北さんのことばっかやんな。当たり前だ。北さんは俺らの大将なんやから。
     その時だった。
     ピカッと光る何かが曇天の空を駆けると同時に、バーン! と大きな音が鼓膜を突いた。耳が割れるかと思った。何が起きたのか分からず呆然と立ち尽くしていると、そばにあった御神樹がめらめらと燃えているのが目に入った。
    「雷や」
     そうつぶやいたのはサムで、どうしてだか自分の両手はびりびりと痺れている。目の前にある木に雷が落ちたのだと、数秒で理解できた。
    「うわ、侑呪われてんじゃないの?」
    「俺、目の前に雷落ちるの初めて見たわ」
     角名と銀も驚いているようで、サムにいたっては口をぽかんと開けて情けない顔をしていた。そんな顔じゃ恋愛の神様に愛想尽かされてまうで。そう声をかけようと思ったけれど、声が出ない。どうやら俺も相当ビビりだったようだ。
    「ま、雷に打たれるほどの衝撃的な運命の出会いが待っとる、っちゅう話かもやしな!?」
     すかさず入った銀のフォローに、誰も何も答えない。遠くで消防車の音が聞こえて、それが段々と近づいてくるのだけは把握した。
     うわ、今自分に落ちたかと思ったわ。まだ指痺れとる。
     神様なんて信じない。けれども、明日の練習ではトス上げられるごと、この手の痺れが治っとりますように。そう願って神社を後にした。
     帰り際に降り始めた大粒の雨に打たれながら。



     朝には雨はすっかり上がっていて、眩しいくらいの光がカーテンの隙間から射し込んでいた。ぼんやりとした視界が次第にはっきりしてきて、伸ばした手のひらをぼうっと見つめる。痺れはもうなかった。
    『神社に行く時に雨が降ると縁起がいいらしいで! 北さんが言うとった』
     帰りにそう話しはじめたのは銀で、『でも降り始めたん帰りやんな』と空気を読まない返事をしてしまったのは俺だ。銀は俺のためにわざわざ神社まで連れ出してくれたというのに。申し訳ないことを言ったな、と思う。俺の言うはっきりした言葉は、北さんの正論パンチとは違う。ただの自分の気分に左右された、身勝手な意見だ。努力はしてるつもりではいる。けれども、目指すべきひとの背中はあまりにも大きく、そして遠い。
     俺、北さんみたいにちゃんと主将やれるんかな。任命されたあの日から毎日襲ってくる不安を、頭をぶんぶんと振って書き消す。のそのそと二段ベッドの階段を下りると、片割れはすでに布団にはいなかった。
     寝ぼけ眼のまま一階へ降りて、洗面所で顔を洗う。ろくに鏡も見ずに口をゆすいで、スウェットのままリビングに顔を出した。ダイニングテーブルの上には、既に朝食が並べられている。
    眠たい目をこすってトーストにジャムを塗り、あんぐりと頬張った。はっと前を向くと、向かいの席で目玉焼きを乗せたトーストを食べているサムと目が合った。
    「おまっ……! 自分だけ目玉焼きってずるいねん!」
    「はぁ!? これは俺が自分で焼いたんや! 悔しいならツムも自分で作ってみぃ!」
    「なんやあんたら朝からやかましいねん!」
     俺がふた言めを発する前に、オカンの大声が飛んでくる。キッチンの方を見ると、オカンが鬼の形相で弁当を詰めているところだった。
     ぽろり、と口の端からトーストがこぼれる。まだ夢の中にいんのかな、と思った。目を疑った。オカンの背後、背中から首にかけてのちょうど後ろ辺りに、オトンの顔が浮かび上がっていたのだから。それはまるで、霊のように半透明でぼんやりとしている。いや、幽霊なんて見たことあらへんけど。
    「なぁ、オカン。オトンって生きとるよな?」
    「何言うてんねん! さっき仕事行きはったよ!」
     生き霊……? うーん……、それも違う気がする。霊のようなオトンの顔は確かにそこにあって、ふよふよと浮遊している。オトンの身に何かあるんじゃないかと思って、そのあとは気が気じゃなかった。
    「ツム、先行くで」
     驚いている暇もなく、時計は出発時刻を指している。サムの声に慌ててトーストを口に押し込んで、ガタリと席を立った。
    「ちょ、待っ! 俺ももう行くわ! ご馳走さま!」
     ご馳走さま、に続けるように「行ってきます!」を叫ぶ。「お前まだ寝間着やんか」とサムに言われて、慌てて部屋に戻って制服に着替えた。もう一度、オカンに聞こえるように「行ってきます!」と叫ぶ。
     挨拶をちゃんとするようになった。これも、主将になったからだ。あの人が、北さんがちゃんと挨拶するひとだということを知っていたからだ。ただ真似をすればいいわけじゃないことは分かっている。それでもあの人の行動が、信念のようなものが、あの人を型どっていると思ったから。俺はそれに近づくために、彼を模倣する。

     挨拶をして外へ出ると、冬の冷たい風が頬を撫でた。ぶるりと一瞬身体を震わせて、待てずに先に行ってしまった兄弟を追いかける。バス停に近づくにつれて、人の姿が増えていくのが分かった。そこで本日二度目の『夢かいな?』に出会うこととなる。
     道行く人々の背後に、霊のように誰かの顔が浮かび上がっているのだ。全員の後ろに霊がいるわけではない。きょろきょろと観察してみると、女性のうしろには男性、男性のうしろには女性がいるようだった。ここでサムに追いついて、はっと彼の顔を見る。サムの後ろに誰もいないことに安堵して、ふうっと溜息をついた。吐いた息が白い煙となって空へと昇っていく。ここに来て、初めてコートを忘れてきたことに気がついた。寒いわ。
     一月の空は、高くて薄くて澄んでいて、なんだかせつないブルーだった。

     稲荷崎高校に着いて校門をくぐると、にこにこした顔の銀が歩いていた。そりゃあ、にこにこするよな。彼女出来て二日目やもんな。
    「侑、治、おはよ!」
    「「はよ~」」
     サムと声がうっかり重なって、ふたりしてうげ、と顔を見合わせる。銀はハハッと笑うと「今日角名休みやて。カゼひいてもうたって」と続けた。
    「昨日雨に降られたからかいな」
    「振られたのはお前やけどな」
     俺の言葉に重ねるように、サムが痛いところをついてくる。なんやねん、と言いながらはっと顔を上げると、銀の背後に『昨日出来たばかりの彼女』の姿が浮かんでいることに気がついた。それはやはり霊のように半透明で、はっきりとしていない。けれどもしっかりとそこに存在していて、俺を戸惑わせるには十分すぎた。
     なんやねん、これ。ほんま。夢かいな。
    「銀ちゃん! おはよう」
     混乱する暇もなく飛び込んできたのは、例の彼女の声だった。ゆるふわパーマの髪の毛は、早起きして巻いたのだろうか。可愛らしい顔をしたその子が銀の元へと駆け寄ってくる。
    「ほな、俺ら先に行くわ。ジャマしたらアカンし。なぁツム」
    「おお、ごめんな。またあとで」
    「おい、ツム? 行くで?」
     まじまじと、人の恋人の顔(の背後)を見つめることになるとは思わなかった。けれども今、俺は銀の彼女から目を離せないでいる。なぜなら、彼女の背後には銀の霊のようなものが浮かび上がっていたのだから。
     そこではっ、とひとつの仮説が浮かび上がってきた。校内をきょろきょろと見回し、歩いているカップルたちを片っ端から見る。半ギレになったサムに引きずられながら、俺は観察を続けた。
    「おい、ツム! 振られたばっかやからって、カップルばっか見すぎや!」
    「ちゃうねん」
    「何がちゃうやねん!」
     そうか。そうなんや。
     どうやら人の背後に浮かんでいる霊のようなものは、その人の想い人らしい。つまり、恋する相手の顔が浮かんでいるのだろう。仮説に過ぎないけれども。
     下駄箱に靴を突っ込み、上履きに履きかえる。廊下に視線を移すと、昨日俺を振った喧しブタの姿がそこにあった。
    「……何?」
     はっと目が合い、ぎろりと睨まれる。彼女の背後には、俺の姿はなかった。当たり前だ。振られたのだから。ついでに隣にいる友達にまでぎろりと睨まれて、女子コワッ! と身を屈める。そのままサムにバイバイして教室に入ると、クラスメイトの恋愛事情が筒抜けで俺は身体がかあっと熱くなるのを感じた。なんやこれ、ほんま。何が起こってん。
     席につき、昨日の出来事をぐるぐると思い返す。変なことになったのは今朝からだ。昨日までは普通だった。昨日、何をした? そうだ、神社に行ったんや。それから雷が落ちて……。

    ーーもしかして、あの神社に行ったせい?

     分からない。分からないけれど、それしか心当たりはなかった。とりあえず、二~三日様子を見てみよう。それで変わらなければ、もっかいあの神社に行ってみよう。そう思った。
     はーい、ホームルーム始めるぞ! と入ってきた担任の背後には、美人で人気の女教師の顔が浮かんでいて、ほほーんと口元が緩んでしまう。女教師は他にお相手がいるらしいので、どうやら片思いでも両思いでも、想い人、つまり『好きな人の顔』が浮かんでいるらしかった。

     その日、一日かけて観察したけれど、俺の顔を背後に浮かべる女はひとりもいなかった。サムの顔を浮かべる女は多数いたのがなんだか悔しい。なんやねん、キャーキャー言うとったやん、みんな。
     ふと、自分の背後には何か浮かんでいるのだろうかと思い、鏡を見たけれど。予想通り、そこには何も浮かんでいなかった。



     放課後が訪れた頃には、どっと疲れが溜まっていた。けれども、これから部活の時間が待っていると思うとワクワクする気持ちが増してくるので、どうやら俺はアホっちゅうほどバレーボールを愛しているらしい。俺の背後に写るものがあるならバレーボールやな、なんて思ってしまう自分がいる。
     部室でささっと練習着に着替え、メモ用のノートとボールペンを片手に部屋を飛び出す。これも、北さんを見倣ってのこと。彼はいつも仲間たちのプレーを見ては、細かくノートに何かを書いていた。まずは形だけでもと始めたこのノートも、数日で半分も書いて埋めてしまった。
     体育館に入る直前、最近見かけなかったその姿が目に入った。きちんと正している制服姿、丸みをおびた頭、白い肌。後ろ姿だけで、すぐにそのひとが来ていると分かった。
    「北さん……!」
    「侑」
    「お疲れ様です。来てはったんですね。三年はもう仮卒期間じゃないんすか?」
    「おん。俺は国公立受けるから、自主登校なんや」
    「へぇ、そんなんあるんですね」
     久々に元主将に会うと、ぐっと気が引き締まるのを感じた。同時にこの人に教えてほしいことがたくさんありすぎて、何から聞いたらいいのか分からなくなる。質問は置いておいて、まずはこの人に会えて嬉しいと思った。
    「侑、今日ちょっと時間ええか」
    「引き継ぎっすか?」
    「おん。俺もバタバタしてたけど、今日なら時間取れそうやから」
     久々に交わす言葉、そのやさしい声色を聞いて、ああ、この人ももう引退してもうたんやな、とせつなくなる。それがなんだか寂しくて、胸の奥がきゅっと痛んだ。
     ふと、彼の顔を見る。そこで息を飲んだ。

    --ちょ、待……っ! え!? なんで!?

     人生において、こんなに驚いたのは後にも先にもないと思う。少し前まで俺らが怖い怖いと思っていた先輩は、とびっきりやさしくて柔らかい表情をしていて。

    --嘘やろ!? なんで……!?

     例えるならそう、昨日見た銀の笑顔みたいな。だれかを愛しているひとの、穏やかなそれだった。

    「侑……?」
     北さん、嘘やろ。なんで。なんでなん。
     夢だと思って頬をつねってみるけれど、一向に醒める気配はない。
     もう一度、姿勢を正して彼ーー、その背後を見つめる。其処には、よく知りすぎている自分の顔が浮かんでいた。

    「あ、北さんや! お疲れ様です!」
     北の存在に気づいた同級生と後輩が、体育館の入り口に駆け寄ってくる。俺はもう何も言えなくなって、ただぱくぱくと口を動かしていた。
    「聞いて下さいよ。ツムのやつ、こんな主将ぶってるけど昨日彼女に振られてんですよ」
     サムが俺のことをからかうように、そう言う。そんな、北さんに恋愛の話なんかふったこともないくせに、なんで今そんな話すんねん。あとでサムのプリン食ってやるわ。なんて考えながら前を向けば、北さんはほんのりと頬を染めていて。
    「そ……、なんや……」
     乙女のように小さく呟いて、下を向いてしまった。え、何この反応。もしかして、ガチなやつ? 嘘やろ、北さん。ほんまに?
    「北さんおらんと寂しいみたいで、メモ帳とか真似しはって。北さんみたいな主将になるんやー! とか叫んでますよ」
     サムが続ける。お前ええかげんにせえよ、普段北さんとそんな話さんやん。
    「なんや、……嬉しいなぁ」
     今度は耳まで赤く染まっていて、もうだめだ、と思った。こっちが沸騰してしまいそうになる。

     一月下旬、季節は冬、天候は昨日の雨が嘘のような晴れ。風は少し冷たくて、けれども身体は熱くてしょうがない。
     この日俺は、北さんから自分に向けられる好意を知ってしまった。知りすぎてしまった。そんな夕方の出来事だった。
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