【過去よりも今を君と】ヒュンポプ外はどんよりと曇り、しとしとと雨が降り始めた。
風もなく静かに降る雨は、静かで。いつもの外の喧騒などどこへ行ってしまったのかと言うくらいに
昼間だというのに街は静まり返っていた。
同じ日に休みという稀な今日の日に、家の中でポップとヒュンケルは同じ部屋にいて、お互いに何を話すでもなく、ただ静かに寄り添って、休みを満喫していた。
「雨降ってきたみたいだな」
「そのようだな」
「今日は外に出なくて正解だったなぁ」
ソファに座るヒュンケルの足元にポップは座り込み、ヒュンケルの足を背もたれにしながら城から持ち帰っていた魔導書を読んでいる。
視線は本から離さずにポップは呟けば、ヒュンケルは視線を窓に向けて、雨によって霞む外の様子を見ていた。
そしてまた視線をポップに戻せば、ポップがちょうど本を読み終えたのか、パタンと閉じる音がした。
手を上げ、背筋を伸ばすようにすれば、パキパキとした音がしたポップの身体に、ヒュンケルは笑ってしまう。
「随分身体がなまっているのではないか?」
「しょうがねぇだろ、城にいる間は事務が多いんだよ」
「なら、一緒にトレーニングでも?」
「断る」
一言でバッサリと断られたヒュンケルは苦笑しながらも、「そうか」と呟き、そっとポップの頭を撫でた。
足元に身体があるため、丁度いい高さにあるポップの頭を優しく撫でれば、くすぐったそうにはしながらも、嫌では無いのかポップは何も言わなかった。
むしろ、グリグリと足に頭を押し付けてくる。
まるで甘えているようで、可愛い、とヒュンケルは思う。
「なんかさ、雨の日って…」
「どうした?」
「ん、いや、なんでもねぇ」
言いかけて途中で、言葉を濁すポップに、ヒュンケルは珍しいとは思いながらも、先を問いかけることはしなかった。
きっと、彼の中では答えなど求めては居ないのだろう。もしかしたら自己完結しているのかもしれない。
あくまでも他人を傷つけることをしない人だから。
今話そうとした事が見当違いの話であってもだ。
そう思えば、ポップのその優しさを感じることができた。
「俺は、雨が嫌いだった」
「そうなのか?」
その言葉に、意外そうに見上げるポップを、ヒュンケルは頷く事で肯定する。
「雨の中にいると、否が応でも独りなのだと、実感したからな」
「……そ、か」
「ああ…、誰も味方など居ない闇の中にいるようだった」
「……」
ヒュンケルの言葉を黙って聞くポップは、ヒュンケルの過去を思い出す。
かつて人間でありながら、魔王軍配下であったヒュンケルは、養父を殺され、アバンを仇だと思いながら生きてきた。憎しみの中でただ独り、ただ仇を打つためだけに。
その苦しみなど、ポップにとっては計り知れるものでは無いと思っている。憎しみの中で生きる、その苦しみは分かるはずもないのだ。
だけれど、今は。今は違う。
「今は、どうなんだよ」
「……今は」
いつの間にか立ち上がっていたポップがヒュンケルに問いかける。
それは、怒るものでもなく悲しみのものでもなく、ただの問い。
じい、と見つめるポップに、ヒュンケルは、そっと手を伸ばす。伸ばされた手はポップの手を掴み、引き寄せ抱き締めた。
「今は、幸せだな」
「幸せ?」
「ああ……この上ない幸せを感じている」
「極端過ぎねぇか?」
抱き締められたポップは、ヒュンケルを、納得が行くような行かないような、そんな顔で見上げる。そんなポップの不満そうに尖らせた唇に、ヒュンケルは口付けを落とした。
途端にびくりと震えるポップに、ヒュンケルは笑みを浮かべる。
「雨が降っていても、ポップ、お前が迎えに来てくれるだろう?」
「まあ、そうだな」
「だから、今は独りではないとそう思える」
そのヒュンケルの言葉に、ポップは少し顔を赤くしながら、俯いた。
嬉しいやら恥ずかしいやらで、ポップは頭がいっぱいだった為だ。
まさか、そんな大事な理由の大部分が自分であるなどとは誰も思わないだろう。ポップもそうだったからだ。
ぶるぶると羞恥で震えながら、ポップは理解する。
ああ、こいつにはオレがいないとだめなのだと。
そう考えれば、後は早かった。
「…っ、ばか」
「ポップ?」
「そんな事が嬉しいならこの先いくらでも付き合ってやるさ!嫌んなるほどな!」
小さく呟いたかと思えば、身体を離して、ビシ!と指をさしながらポップは、ヒュンケルに向かって言い放つ。
いきなりのポップの宣言に、ヒュンケルは目を真ん丸に見開いていた。
そのヒュンケルの顔を見て、ポップは「昔と違って、人並みな表情するようになったよな」と思う。
他の人が見れば、驚くような顔も、ポップの前では良くするようになってきたから。
そうしていたら、ヒュンケルが、ふ、と笑みを浮かべて、ポップの指に触れる。
「では、嫌になるほど付き合ってくれ」
「仕方ねぇからな」
「ああ、ありがとう」
ヒュンケルはふわり、と甘く蕩けるような笑みをポップに向け、掴んだ指に口付けると、ちろ、とその指を舐めた。
とたんに、びゃっと猫のように跳ね上がるポップを見て、ヒュンケルはく、と声を殺して笑う。
「ヒ、ヒュンケル、てめぇ…!」
「…っ、すまない…、可愛いな、と」
「可愛い、とか…っ、言うな!!」
真っ赤になるポップに、ヒュンケルは顔を近づけて囁く。
「愛おしいものを可愛い、と言って何が悪いんだ?」
「~~っ」
「オレの、ポップ…、愛している」
そのまま抱き寄せて、ソファにポップを押し倒すと、ヒュンケルは、潤む瞳に口付けを落とした。
それは、とある雨の日の風景だった。